58 ギルド長の実地教育

お久しぶりです、ギルド長。今日は、色々と無理を聞いて下さり有難うございます。デュシェル、こちら、クーディア商業ギルド長のジルダールさん。デュシェルにあげた剣の事でも、お世話になったのよ?」


「そうなんですね、姉上!あ、あのっ、初めまして、デュシェルと申します!今日はお世話になります!姉から戴いた剣は、僕にはまだ大きいので、部屋に飾ってあります!いつか、あの剣にふさわしいと言われるように、今は勉強中です⁉」


 大きな声で、ハキハキと――まるで小学生の標語だが、子供は、それで良いのだと、キャロルは思っている。

 恐らく自分は、そうではなかっただろうが、そこは自分が異質だっただけなので、勘弁して欲しい。


 とりあえず、子供らしい元気さをもって、名字レアールを名乗らせなかった不自然さについては、誤魔化されて欲しいと思っていたが、果たしてそれをどう捉えたのか、クーディア商業ギルド長ロッド・ジルダールは、にこやかにった。


 さすがに、警備隊長は代替わりしているのだが、商業ギルド長職に関しては、そもそもジルダールがトップに立ったのが、20代半ばだったため、未だにギルド長職を務めている。


 長期政権は、腐敗の温床にもなりがちなのだが、ジルダールに限っては、それは皆無だった。そもそもが、前ギルド長の汚職を暴いて、上納を受けていた街の首長まで、まとめて追放したジルダールだ。自分に厳しく他人にも厳しい。後ろ暗くなければそれほど気にはならないが、なかなかに難しい人物なのである。


「挨拶としては、合格点です。君のお姉さんは、君の年齢くらいの頃から、このギルドに出入りをしていた、一種の天才だ。これから、あちらこちらで、何かと比較される事になるでしょう。だが君は、彼女を超える必要はない。君は、彼女に出来なくて、君だけが出来る事を探しなさい。そうすれば、自ずと周りからは、『姉とは違う』と認めて貰えるようになるでしょうね」


「はっ、はい!ありがとうございます‼」


「とりあえず、君のお姉さんがしている事を見て、自分に出来そうな事と出来ないだろう事を、分けていく事から始めると良いね。現実を見極める目を持つ事は、何より重要。周りが『デュシェル君なら出来る筈』と言う事は、基本的に聞き流しなさい。そう言うのは、大抵、裏がある。出来る筈だと言われたら、一度立ち止まる。立ち止まって、自分でちゃんと判断しなさい」


「はい!」


 デュシェルは、尊敬の眼差しで、ジルダールを見上げていた。

 姉を超える必要はない――そう言われたのが、幼心に響いたのかも知れなかった。


 子供を、子供と一括りにしない。「理解出来る子供」と分かれば、相応の扱いをする。

 ジルダールのその姿勢は、キャロルが、この商業ギルドにいた頃から変わっていなかった。


「厳しい事をおっしゃってる筈なのに、あまりに通常運転で、逆にホッとしますね」


「そうかな?最近は、打たれ弱い職員も増えた。つくづく、君を中央に持っていかれたのが痛い。そうすれば、私はここでもう少し楽が出来る筈だった」


「そんなところに、依頼を持ち込んですみません」


 ふと、キャロルが口調を変えれば、心得たとばかりに、ジルダールも片手をあげた。


「ああ、まったくねぇ…。それで?デュシェル君も同席で、しても良い話なのかな?」

「構いません。ギルド長のお言葉を借りるなら――自分で考えて、判断して貰います」

「なるほど。早速の実地訓練とは…はなかなかに、スパルタのようだね」


 ジルダールの揶揄には答えずに、キャロルは上着の内ポケットから、丸めて綴じておいた三枚の紙を取り出して、手渡した。


「原本のありかは、今は伏せさせて下さい。とりあえず、これは『写し』の一部です」


 全体の写しは、ルスランに任せて来たが、とりあえず、ギルド用に3枚、別に写して貰ったのだ。

 キャロルの字は、ジルダールも知っているため、説得力が半減すると思い、自分で書き写す事は控えた。


 受け取ったジルダールは、首から下げていた片眼鏡を手にすると、受け取った書類を一瞥した。


「うん?ジャガイモの取引書類だね。それが…いや?これは……」


「やっぱり、不自然に思いますよね、ギルド長も?」


 ジルダールは、すぐには答えなかった。

 頭の中で、素早く書類の内容を、まとめている。


「この数値が正しければ…この書類の三領地は、備蓄をほとんど吐き出した事になるんじゃないか?しかも、とりたてて有名な産地でもないのに、市場価格よりも割高。それを、他国の公爵家が、帝国金貨一括購入とは……」


 キャロルがジルダールと知り合って、およそ15年だが、相変わらずの切れ者っぷりだと、感心してしまう。

 今回に限って言えば、むしろ安心だとも言える。


「キャロル」

「はいっ」


 ジルダールに名前を呼ばれると、ギルドで助手をしていた頃の癖なのか、つい、身構えてしまうのだが。


「考えられる可能性を出してご覧?そうだね――2つ、あるね。デュシェル君に、カッコいいところをみせようか、


「えぇ…今やりますか、それ…」


「まさか、分からないと言う事はないね?ああ、デュシェル君は良いんだよ。今は、何も分からなくても。君は、私や君のお姉さんが、いつでも、考える姿勢を持っているんだって言う事を知るのが、今日の課題」


「考える…姿勢…」


「そう。よく見ていてご覧。特に、ちょっと声が真面目に聞こえるとか、わざと笑っている…とかね?そう言うのを、区別出来るようになるのも、良いかも知れない」


「は、はい!」


「よろしい。では、?ご意見を、どうぞ」


 ギルドにいた当時も、ジルダールは、まずはキャロルに意見を出させて、考える癖をつけさせようとしていた。

 弟のために、ジルダールは、敢えて同じようにしようと、してくれているのだろう。


 キャロルの中には、既に思うところはあったが、デュシェルに見せるように、少し、小首を傾げて見せた。


「純粋な『戦争』の準備、それと――帝国を通貨危機に陥れる事、ですかね……」


「そうですね。まず戦争の準備と言う点は、合格です。冬の気候が厳しいルフトヴェークなどは、み芋と呼ばれる乾燥ジャガイモは、兵士の保存食として、重宝される。この量の大量購入であれば、さもありなん…ですね。通貨危機に関しては、言いたい事は分かりますが、言葉が足りない。他のギルド職員でも、納得するように、噛み砕いて説明しなさい」


 他のギルド職員でも…と言う事は、ジルダール自体は、キャロルの依頼内容を察したと言う事だ。


 自分を見上げるデュシェルに、ニッコリと笑顔を見せながら、キャロルは口元に手をやって、考える仕種を見せた。

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