第1回クソリプ選手権②
突発的に始まった、第1回クソリプ選手権。
詳しいルールはこうだ。
ランダムに決めた有名人3人の、本日午後6時以降の最初の投稿へリプを送り、3リプのいいねの合計値で競う。最も多くのいいねを獲得した人が優勝だ。
対象となる有名人は、芸人のミランダ加藤、女性タレントの山王ぽぽこ、IT企業社長の立花正樹。
いずれもフォロワー数は20万人以上であり、およそ3時間に1回は投稿しているSNS巧者だ。
私は家にいながらも、午後6時を過ぎた途端にソワソワしてしまっていた。
あくまで遊びだが、ポケニュー運用に役立つと言われればイヤでもやる気になってしまう。中村さんとオーランドさんに勝てれば、自分に自信が持てる。
そして何より、明日のランチを奢ってもらえるのは大きい!
会社のほど近くにある百貨店の洋食店。そこの特選和牛ハンバーグ定食。実に2500円。いつもなら手が届かない値段だが、奢ってもらえるなら別だ。
「絶対に、勝つ……!」
午後6時20分、ついに開戦。
最初の投稿は、ミランダ加藤。いじられキャラとしてバラエティで活躍している関西出身の芸人だ。
その投稿が、こちら。
『今ファミレスに入ったら、店員が俺を意味深な笑顔で見』
「……ん?」
記念すべき最初の投稿は、こんな不自然な内容だった。
どうやら書いている途中で誤って送信してしまったらしい。
この場合、クソリプ選手権はどうなるのか。
投稿を削除する可能性もあるので、私はひとまず様子を見ることにした。
1分後、ミランダ加藤はさらに投稿。
『アカン途中で送ってもうた!恥ずかしいから見んとって!』
そうは言いつつ投稿を削除する気はないらしい。ならば私たちの戦いの場は、中途半端に途切れた前回の投稿となる。
「考えろ、考えろ……どうすればいいねが沢山つくんだ……」
と、そんなことを考えている時点で、もう遅かった。
見覚えのあるアカウントが、ミランダ加藤にリプを送る。クソリプ選手権のきっかけになったオーランドさんのアカだ。
『書いてる途中で店員さんに殺されたんですか?』
「あぁ〜ちょうど良い〜〜!」
私は思わず唸ってしまった。
いじられキャラの彼には多少失礼なくらいの方が良いと踏んでの投稿だろう。良い具合に無礼である。
するとミランダ加藤は、まるで正解だ言わんとばかりに、オーランドさんのリプへさらに返信。
『殺されてへんわ!恥ずかしいから見んなゆーたやろ!』
この反応もあってか、オーランドさんは30以上のいいねを獲得。最高のスタートを切っていた。
ちなみに私はというと考え過ぎた挙句、『誰にでもミスはあります!気にしないで!』などとクソつまらないマジレスを送ってしまい、いいねゼロ。最悪の滑り出しである。
「そういえば、中村さんのアカはどれなんだろう」
オーランドさんは本アカで挑戦しているが、中村さんは捨てアカを作ると言っていた。
ミランダ加藤の投稿にはもう20件ほどのリプがついているので、もはやどれが中村さんのアカなのか、見当もつかない。
するとその時だ。
2人目の有名人が動いた。
女性タレントの山王ぽぽこ。大御所にもタメ口で話す、いわゆるおバカ系タレント。歯に衣着せぬ物言いから、時に物議を醸すこともある。
そんな彼女の投稿が、こちら。
『今テレビでサッカーやってるけど、ちょっと蹴られただけであんなに痛がるのダサくない? ラグビーの人たちは全然止まらないのに。サッカー選手って軟弱なの?笑』
これまた炎上しても仕方のない投稿だ。
しかしこの内容なら真面目なリプでもいいねが稼げそうだ。私にはもってこいの課題である。
と、思っていたのも束の間。
とある1件のリプが、波乱を呼ぶ。
『ラグビーと違いサッカーは繊細なボールコントロールが必要なスポーツであり、小さな怪我でもプレーに影響が出ます。なのでプロ意識の高い選手ほど足へのダメージに神経質になります。そもそもサッカーにはマリーシアと言ってファールをもらう技術が必要で……』
完全に火がついたサッカーファンによるリプ。
「これ、絶対に中村さんだ……」
そのアカを調べると案の定、私やオーランドさんと同時にミランダ加藤にもリプを送っている。完全に中村さんである。
元フーリガン、中村さん。彼のサッカーへの愛はかつて、上司との深い溝すらも生んでいる。それほどのサッカー狂なのだ。
なので山王ぽぽこの侮辱に熱くなってしまったのだろう。ついにはリプ欄で他のユーザーと口論を初めてしまった。
しかし、おそらくサッカーファンによる同調の意味もあるのだろう、中村さんのリプに対するいいね数は急上昇。オーランドさんと良い勝負になってきた。
狙ったわけではないのだろう。愛が生んだいいね数である。
ちなみに私は悩んだ挙句『ラグビーもルールが複雑なので結構試合止まりますよ』などと、これぞクソリプとばかりの揚げ足取り投稿をしてしまった。
無論いいねはゼロ。敗色濃厚である。
そこでラストチャンス、IT企業社長の立花正樹が満を辞して投稿した。
フォロワー数は300万人以上。今回の選手権ではぶっちぎりの人数だ。それだけリプを見る人数も多いということで、逆転のチャンスは大いにある。
その投稿が、こちら。
『僕の地元が今、猛暑で大変らしい。40℃を超えているところもあるとか。アイスのゴリゴリ君、10万本を無料配布しようかな』
実に大企業の社長らしい投稿だ。
さあどうするか。
ここまではクソ真面目なリプだったせいで、まったくいいねを稼げなかった。ならば視点を変えるべきなのかもしれない。現に中村さんは否定的なリプをしたことで、いいねを稼いだのだから。
ちなみにその中村さんは、いまだに山王ぽぽこの投稿のリプ欄で他のユーザーと口論していた。もはや選手権のことは忘れているようだ。
現在リプ欄は、称賛する声が集まっている。
ならば、私がすべきはやはり、カウンターだ!
『物流が混乱する可能性があります。配布方法などは、どうお考えなのでしょうか』
少し堅苦しくキツい文体となったしまったが、問題提起はできた。ほどよい批判性に富んだリプではないだろうか。
もしも立花さんが返信をくれれば、より注目されるはず。少なくとも、できるだけのことはした。あとは野となれ山となれだ。
「今のうち、シャワーを浴びておこう」
そうして私は30分ほど、スマホから目を離した。
その間に、事が大きく動いているなど知る由もなく。
ふと、洗面所にいながらスマホの振動音が聞こえた。しかも一度でなく、立て続けに何度も。私はハッとする。
「もしかして、いいねの通知!?」
高まる期待。私は慌ててリビングに戻り、スマホを見る。するとその通知は確かに、SNSによるものだった。
が、いいねの通知ではなかった。
「ん……? うわぁぁっ!」
思わず悲鳴を上げてしまう。
スマホに表示されているのは私のリプに対する返信の通知ばかりだ。
そしてその内容は……。
『善意で言ってるのに、そんな言い方……』
『それくらい立花社長も考えた上での提案だろ』
『クソリプ乙でーすw』
ザ・炎上。
私のリプに対し、批判的なリプが大量についていた。いいねも多少ついているが、それ以上に返信がわんさか。
「ひぃぃぃ!」
恐れをなした私はすぐさまアカウントを削除した。
まさかこんなことになるとは……。
火消しをした後も、しばらく動悸は治らなかった。
****
「さすがポケニューの炎上姫! 単なるお遊びでもしっかり炎上しましたね!」
翌日、オーランドさんは私を見るやいなや愉快そうに笑う。
「……元はと言えばオーランドさんがクソリプ選手権なんて始めるから……」
「えー、僕のせいっすかー?」
「災難だったねぇ、蒼井さん。しかもあの投稿、しっかりスクショとられてリプ欄に貼り付けられていたね」
「最悪ですよ、ほんと……」
中村さんとオーランドさんは他人事のように笑っていた。薄情な人たちだ。
私はというと、あの炎上が脳裏に焼き付き、昨日はほぼ寝られなかった。もう二度と有名人にリプなんて送らない。
ちなみに、クソリプ選手権の結果は……。
「いえーい!僕が元祖クソリプ王だー!」
オーランドさんであった。
オーランドさんはミランダ加藤のリプで大きくいいね数を伸ばしただけでなく、その他2人の投稿に対するリプでもそこそこ稼いでいた。
「中村さんも惜しかったっすけどねー。ちゃんと立花社長にもリプ送っていれば」
「ごめん、あの時は酒も飲んでたから、自分を抑えられず……」
結局中村さんは立花社長へのリプを忘れ、山王ぽぽこのリプ欄での口論を深夜まで続けていたらしい。
そのせいで、最終的にはオーランドさんの独走であった。
ちなみに私は、アカ削除したため失格である。
「それじゃ早速今日、ランチ奢ってもらいましょーかね。最近近くにイタリアンのお店ができたんで、そこ行きましょー!」
「いや、そうはいかないな、オーランド」
オーランドさんに冷や水を浴びせるような、落ち着いた声。
何故か玉木さんが割って入ってきた。
「え、急にどうしたんすか玉木さん」
「まあまあとりあえず、これを見ろ」
そう言って玉木さんが私たちに掲げて見せたスマホ。
その画面に映っていたのは……。
「あ! これ私の投稿のスクショ!」
先ほど中村さんが言っていた、私の炎上投稿のスクショ画像。それをわざわざ立花社長宛に送ったリプだ。
「このアカウント、玉木さんだったんですか!?」
「その通り。そして注目すべきは、このリプのいいね数だ」
いいね数はなんと、200。
オーランドさんの記録を大きく更新する数字だ。
きっと立花社長のフォロワーが、私による「炎上からの敗走」を面白がっていいねしたのだろう。地獄のような状況である。
「そんなわけで、元祖クソリプ王は俺だ。飯を奢ってくれるんだろ?」
「ちょっと待ってください!そもそも玉木さん参加するって言ってました!?」
「昨日ちゃんと返事しただろ。『あー』って」
「そんな微妙な返事じゃ、分かりませんし!」
「さては負けたら何も言わないつもりだったな!」
「えーそんなことないけどー?」
その参加方法もさることながら、優勝の決め手となったのが、私の炎上を利用するようなリプである。
「いやー都合よく炎上してくれた誰かさんのおかげだわー」
「最低!この人マジ最低!」
「ハハ、何とでも言うがいい。さあおまえら、ランチの時間だ。行くぞ敗者ども」
こうして第1回クソリプ選手権は、大いに遺恨の残る結果となったのであった。
ステーキハウスにて。
私、中村さん、オーランドさんから冷ややかな目を向けられながらも玉木さんは、とびきりの笑顔で高級ステーキに舌鼓を打つ。
「……玉木さん」
「なんだ?」
「私の炎上で食べる肉は、美味しいですか?」
「あぁ、いい火加減だよ」
この人はいつか、地獄に落ちるだろう。
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