番外編
第1回クソリプ選手権①
「うわぁ、またこんな……」
つい声に出してしまった。
耳ざといオーランドさんが反応する。
「どうしたんすか蒼ちゃん先輩」
「あ、すみません……またアレなリプライがついていて」
最近はじめた、ポケニュー編集部のありのままの姿をSNSに投稿する企画、通称『好感度アップ大作戦(笑)』。
中村さんやオーランドさんのイケメンオーラのおかげでおおむね好評ではあるが、やはり否定する人も一定数いる。
『こんな写真上げている暇があるならもっと為になる記事を上げろ給料泥棒』
本日届いたのは、こんなご意見。
女優の結婚記者会見を編集部のテレビで並んで見ている様子、その投稿に対する声だ。
「わーお、また強烈なクソリプがきましたねぇ」
「クソリプって……」
中村さんは苦笑しつつ、なだめる。
「言い方は良くないけど、このリプにも一理あるよね。一応ニュースサイトって立場なのにこのポップな感じ、嫌な人は嫌だろうし」
「そもそも玉木さんも全然乗り気じゃなかったっすもんね」
話を振られると、玉木さんはディスプレイを見つめ作業しながら答える。
「もっとユーザーからの反発があると予想していたからな。そうなったらすぐにやめられたのに、地味に良い反応が多いから続けるしかない」
「ぶっちゃけましたね」
「とりあえず上へのご機嫌取りのためだけに、面倒くせぇけどしばらくは続けようと思っている」
「めちゃくちゃぶっちゃけましたね」
傍若無人に振る舞っているようで、実はいろいろな方向へ気を遣っているらしい我らが編集長である。
「何にせよ、そういうリプはどんな投稿をしても飛んでくるんだから、いちいち気にするな。身が持たないぞ」
「そうっすよ。クソリプに傷ついていたらこの時代、生きていけないっすよ」
「世知辛いですねぇ……」
いつの間にか現れて、いつの間にか社会に浸透していたSNSという存在。
ただもちろん、悪影響しかないわけでない。
「一方でSNSの普及は、ネットニュース業界にとっては強烈な追い風だったんだよね」
中村さんがしみじみと語る。
「記事を拡散させるのもそうだし、有名人による何かしらの騒動があったとき、当事者の反応、関係者の反応と同じくらい、SNSの反応って注目されるからね」
「まさに一億総評論家時代だな」
「伸びるんすよねぇ、SNSの反応記事って。みんなどの意見が多数派なのか、気になるってことなんでしょうね」
SNSの功罪。
その功のひとつは、誰もが世界へと意見を発信できるようになったという点。
そしてだからこそ、誰でも容易に誰かを傷つけられるようになったという罪もある。
中村さんがポツリと呟く。
「正直、僕はまだSNSを心底楽しんで使えている気はしないなぁ。疲れちゃって」
「私もですよ。いまだに仲間内だけフォローしあって、基本は非公開にしています」
「あ、蒼ちゃん先輩やってるんすか? アカ教えてくださいよ」
「イヤでーす」
「えーーなんでーーー」
駄々をコネだすオーランドさんと、頑なに断る私。
その様子を見て玉木さんが意地悪な笑顔で一言。
「SNSのアカを隠す理由なんてひとつだろ。蒼井おまえ、そんなに俺たちの悪口を書いてるのか」
「もはや否定もしたくないですね、はい」
「俺たちって……書かれるとしても玉木さんだけでしょ」
「えっ」
もちろん職場の悪口なんて投稿していないけれど、そこまでプライベートを晒す必要もない。一社会人として、SNSでの距離感は慎重に考えなければ。
「そもそも、私のSNSなんて面白くないですから」
「えー、SNSって面白いとかじゃなくないすかー? 芸人さんじゃないんだからー」
「そう言うオーランドは、普段どんな投稿してるんだ?」
中村さんがうまく話を逸らしてくれた。
オーランドさんは素直に答える。
「これといって特別なことは……あ、でも有名人とかにクソリプは送ってるっすよ」
「えっ!」
意外な回答に、私と中村さん、玉木さんまで顔を上げてオーランドさんを見る。
「クソリプって……本当に?」
「はい。といっても傷つけるような内容ではないっすよ。フォロワーの多い有名人の投稿に対して、『ちょうど良い』クソリプを送ると、他のユーザーからいいねが結構つくんすよ。それが面白くて」
ちょうどいいクソリプ。
また聞き慣れない表現が出てきた。
私たちが首を傾げていると、オーランドさんはその一例を見せてくれた。
御年75歳、元プロレスラーの投稿。
『店員にファ○チキを頼んでも「無い」と言われ、ポイントカード出したらなんか「ポンだポンだ」言ってた。最近のコンビニは良く分からん』
それに対する、オーランドさんのリプ。
『そこ○ーソンじゃないですか?』
このリプに、30ほどのいいねがついていた。
「なるほど、こういうことか」と我々もようやく理解した。
確かに、『ちょうどいいクソリプ』。
言い得て妙だ。
「他にもありますよ。これとか」
とある天然女性タレントの投稿。
『どこかで聞いた洋楽の曲名がわからない〜誰か教えて〜!ティティティーティンティン、ティッティッ、チェーーーーーみたいなヤツ!』
オーランドさんのリプ。
『それたぶんジェイ・ルースのsacrificeじゃないですか?』
それ対し、タレントが「これだ!ありがとう!」と返したこともあり、100以上のいいねがついていた。
「分かったオーランドさんがすごいですね、これ……」
「ていうか2つとも、元の投稿がアホすぎるな」
「だからこそ、そういう投稿に的確なツッコミを入れたりすると、いいねがつくんすよ! 元レスラーのヤツとか、記事なってますからね!」
オーランドさんが表示したのはポケニューの記事。それを見て、私も玉木さんも中村さんも目を丸くする。
そのタイトルがこちら。
『元レスラーの長川剛、コンビニで勘違い? 「そこ○ーソンじゃないですか?」などツッコミの声』
実際にオーランドさんのリプがSNSの反応として、記事の中で紹介されていた。
「す、すごい……」
「おまえこんなことやってたのか」
「どういう特技なんだよ」
ストレートに褒められている訳ではないが、オーランドさんは「えへへ」と素直に照れていた。
「でもこれ、あながち無駄な趣味とは言えないかもな」
玉木さんは、オーランドさんのアカをまじまじと見ながら呟いた。
「どんなリプがユーザーにハマるか。それを的確に理解できていないと、これだけのいいねはつかないだろ。そしてそれは、ポケニュー運用にとって必要なスキルでもある」
「確かに。オーランドは芸能系の記事をヒットさせるのがうまいし、案外こういうところでの経験が役に立っているのかも」
「実益を兼ねた趣味だったんですか、これ……」
なぜかクソリプが評価される流れになってきた。
そこで、オーランドさんは高らかに、こんな提案をしだした。
「それじゃ、僕らで勝負してみませんか!?」
「勝負って……?」
「題して、第1回クソリプ選手権!」
オーランドさんの口から発せられた謎の大会名。
私と玉木さんと中村さんは無言でもって疑問を呈する。
「つまり、有名人にリプを送って、一番いいねを獲得した人が優勝ってことです!」
「あぁ、そういうことか」
「いやでも私、アカ非公開ですし……」
「捨てアカ作って参戦すればいいじゃないですか」
「えぇ……」
なんとまあ有名人にとってはハタ迷惑な大会だろう。と、思ったが別に悪口を送る訳でもないから、迷惑行為ではないのか。ただ倫理的にどうなんだ。
ただし中村さんは意外な反応を見せる。
「それじゃあ敗者たちは明日、優勝者にお昼を奢るっていうのはどう?」
「良いっすねそれ!」
「中村さん、乗り気ですね……」
「え、だって楽しそうじゃん」
こうしてほぼ強制的に、私と中村さんとオーランドさんの参加は決定した。
ただ、もう1人は……。
「玉木さんもやります?」
「あ?あー」
玉木さんはいつの間にか席に戻り仕事を再開していた。オーランドさんの問いには、どうでも良さそうに返答。
「興味なさそうですね」
「じゃあ僕らでやろうか」
そうして、第1回クソリプ選手権の開催は決定したのだった。
「……ていうか、リプ選手権でいいんじゃないですか?」
「だってクソリプ選手権の方が語呂が良いじゃないですか」
「…………」
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