第19話 元井川さんは箱推し

 元井川さんがポケニュー編集部の魅力を知ったのは2年前、オーランドさんがポケニューに入ってすぐの頃だったという。


 彼女はポツポツと語り始めた。


「会議とか面談で会議室に向かう時、必ずポケニュー編集部の横を通るの。だから玉木氏とか中村氏の端麗さは前々から知っていた」

「端麗……」

「そこに三田氏というキラキラ無邪気系ボクっ子が加わったことで、最高の三角関係が完成した。絵画のように美しいトライアングルがこの世界に現れたの」

「…………」


 言うまでもないが、これは元井川さんの脳内で繰り広げられていたフィクションである。


「こっそりポケニューの横を通って、至高のトライアングルを観察するのが唯一の楽しみだった。なのに突然……邪魔者が現れたの。みずみずしい新卒女子という、目障りな存在がね!」


 つまりはそれが私。 

 だから私がオーランドさんらと仲良くしているのが許せなかった。彼女の世界では、私の存在は認められなかった。


 不条理が過ぎるというものだ。


「で、でも私以外にも女性社員はいるよ? なのになんで私だけ……」

「あなたはその新卒という立場を利用して、中村さんを教育係に仕立て上げ、独り占めしたでしょう」

「いや私が仕立て上げたわけじゃないけど」

「玉木さんの極上の嫌味も存分に浴びて」

「代われるものなら代わってほしいんだけど」

「何よりオーランドさんと付き合ってるなんて噂まで流して!」

「だからそれも私主導じゃないって! 理不尽にも程があるわ!」


 沼に沈みきったファンは、ここまで思い込みが激しくなってしまうようだ。

 私からしたら迷惑でしかない。


「そんなに私のことが邪魔で、あの3人をじっくり観察したいなら、普通に声をかけて仲良くなれば良かったじゃん。普段からチャットで繋がってるんだし」

「分かってないな! あの3人の世界には私なんて必要ないの!」

「えぇ……」

「私は校閲として、あの3人に憎まれるポジションを選んだの! 私という共通の敵を作ることで、3人の絆を深めようとしたの!」

「えええぇ……」


 だから校閲の中でも人一倍、私たちに厳しく指摘していたのか。特にオーランドさんに対して。


「昨日は本当に余計なことをしてくれたわ……キラキラしてる三田氏を前に、顔がにやけそうになるのを必死で堪えていたのよ。私はヒールでいなければいけないから」


 すさまじい自己犠牲である。

 たとえ嫌われても、守りたい関係性があったのだ。


「本当にもう……あなたが現れた4月から、もう精神のバランスがめちゃくちゃよ。どうしてくれるの……」

「そんなこと言われても……」

「これからもあなたを見かけるたび、ありったけの殺意を投げかけるからね」

「すごいイヤだ、そんなの……」


 とんでもなく理不尽な主張だが、このままでは常に元井川さんの殺意に怯えて生活しなければならない。

 どうにかできないものか。

 元井川さんの精神の安定のため『楽園』に住む私にできること、とは。


「……あっ、そうだ」


 ひとつ、呪いを回避できそうなアイデアが浮かぶ。

 私は改めて、元井川さんへ尋ねた。


「あの3人の『ありのままの姿』を、見られれば良いんだよね?」


 ****


 玉木さんの2人きりでの面談にも、ぼちぼち慣れてきた。

 それはつまり、嫌味に慣れてきたのと同義である。


「まーだ堅いんだよなぁ見出しが。今週もオーランドの隣で国内・芸能カテ運用してたんだろ?」

「はい、すみません」

「オーランドの大胆さが少しはおまえに感染うつって、おまえの堅さが少しはオーランドに感染ればと思って夜番にしたんだがなぁ。大して変わらねえじゃん。強情かよおまえら」

「ウイルスじゃないんで、そう簡単に感染らないかと」


 いつも通りの皮肉な言葉を、いつも通りヘコヘコ頷いて聞き、面談は終了した。

 お互いに席を立とうとした瞬間、玉木さんが思い出したように言う。


「あ、そういえば。好感度アップ大作戦(笑)だけど……」


 SNSにポケニュー編集部の仕事中の様子を投稿する、という企画のことだ。もはや玉木さんの中ではそんな名前で定着しているらしい。


「おまえの撮った写真、地味に反響があるらしいな。上も喜んでたぞ」

「主に中村さんとオーランドさんのおかげでしょうね。中村さんは顔出さなくても清潔感が伝わるようで、オーランドさんなんて後ろ姿でもオーラが隠しきれないみたいで、2人ともファンがつき始めてますよ」


 初めは批判的なリプがわんさかくるだろうと身構えていたが、蓋を開ければ『楽園』の住民の2人のおかげで好評だった。


「でも意外だったな。アレだけ嫌がっていたおまえが、急にやりたいと言い出すなんて。どんな心境の変化があったんだ?」

「……まぁ、私が一番新人ですし、担当すべきかなと。やってみたら意外と楽しいですよ。ポケニュー編集部の写真をいっぱい撮れて……」


 玉木さんは「ふーん」と納得しているようなしていないような反応。

 そうして改めて、面談は終了した。


 自分の席に戻ると、私はひとつ安堵のため息。

 そしてこっそりと、スマホを操作。本日、好感度アップ大作戦と称して撮ったポケニュー編集部の写真を、とある人物へ転送する。


 返事は秒で返ってきた。短く、一言。


『ごくろう』


 まさか言えるわけがないだろう。

 私が撮った『楽園』の写真を、我が身かわいさゆえ、箱推しファンに横流ししているなんて。

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