第4章 ゴシップ記事なんて基本、芸能界の二次創作っすよ

第20話 そして私は最前線へ

 金曜の夜、私と中村さんとオーランドさんはビアバーから退店。

 最近ではこの3人で飲みに行くことが多くなっていた。


 真っ赤な顔のオーランドさんは、私と中村さんに向けご機嫌な笑顔を見せる。


「あー楽しかったぁ。やっぱ2人とも面白いっすわー」


 中村さんはそんな彼に、芝居がかった口調で告げた。


「どうせ誰にでも同じこと言ってるんでしょ」

「イヤだな〜そんなわけないじゃないっすか〜」


 そうしてオーランドさんは中村さんを背中からハグ。男2人でわちゃわちゃしているその場面を見て、私はすかさずスマホカメラを起動した。


「あー、蒼ちゃん先輩また撮ってるー、いえーい」

「飲んでる時もちょくちょく撮ってたね、蒼井さん。まさかポケニューのSNSに載せる気じゃ……」

「いやいやそんな危なっかしいことしませんって。これは思い出として、ね」


 無論SNSに投稿はしないが、とある人物へリークすることをどうか許してほしい。心の中でそう願う。


『私、あなたのことを誤解していたのかもしれない……』


 先ほど、酔って肩を抱き合う中村さんとオーランドさんの写真を送った際の元井川さんの返信が、これである。喜んでもらえたようで何よりだ。


 ポケニュー広報としてSNS用の写真を撮ることを許可された私は、その権利を悪用し、校閲の元井川さんへ玉木さんや中村さん、オーランドさんのプライベート写真を転送し続けていた。呪い回避のために。


 もしかして私、いつか地獄に落とされるのではないだろうか。


 そんなことはつゆ知らず、お酒で緩みきった表情のオーランドさんが提案する。


「今度は他の人も呼びましょ。玉木さんとか」


 その意見に中村さんは苦笑を浮かべる。


「玉木さんは来るかなぁ。あんまり期待しない方がいいかもよ」

「えぇー。でも中村さん、一緒に野球観に行ったって言ってませんでした?」

「そりゃ玉木さんは野球大好きだからね。自分の興味あることじゃないと、積極的に参加しないよ、あの人は」


 妙に納得できてしまう、中村さんの玉木さん分析。誘ってもバッサリ断る様子が容易に想像できる。悪い意味で想像の範疇を超えない人である。


「でも玉木さんって俳優だったんですよね。芸能人って、飲み会好きなイメージありますけど」

 私の言葉にオーランドさんも「確かに!」と呼応する。

 ただ中村さんは難しい表情だ。


「俳優時代のことはあんまり話したがらないからなぁ。僕は芸名すら知らないよ。上の人から聞いた話だと、主に舞台が中心で、ドラマとか映画にもいくつかチョイ役で出ていたらしいけど。あんまり良い思い出じゃないのかもね」


 触れられたくない過去、と言われてしまうと、途端に好奇心はしぼんでいく。

 知りたくないといえばウソになるが、同情心がそれを覆う。


 誰にでも、とは言わないが、思い出したくない過去を持っている人は多い。私だって、ある一時期のことを回想すると叫び出しそうになる。

 ひとまず玉木さん自らが話すまで、俳優時代のことは聞かない方が賢明だろう。


「玉木さんといえば……そうだ、言い忘れてた」


 新宿駅までの最後の信号待ちを渡る際、先導していた中村さんが振り返る。


「玉木さんが、そろそろ蒼井さんにもトップページやらせるかって話してたよ」


 ゆったりと優しい顔で、中村さんが告げる。隣のオーランドさんは「おお!」と興奮を声に出して、私を見つめる。


 酔いが醒めていくと同時に、身が引き締まっていく。


 ****


 トップページ。

 それはポータルサイト「ポケット」にアクセスしたユーザーが最初に見る場所であり、最も目に触れる場所。


 ポケットニュースには国内、芸能など様々なサブページがあるが、トップページにしか目を通さないユーザーも大多数いるという。


 そこに掲載される9本のニュースは、いわばポケニューというニュース媒体を象徴する記事となる。だからこそ記事の選別には多大な責任が伴う。もちろん総PV数も他のページとは比較にならないほど高く、売上に直結する。


 そのトップページの運用を、任されることになった。


「もちろん最初は中村やオーランドのサポートありきだがな」


 玉木さんがそう付け加えた。

 今日の面談はいつもとは異なる、ヒリヒリとした緊張感がある。

 きっとそれを生み出しているのは私自身だ。トップページ担当など、想像しただけで脈拍が上がる。


「まずはトップページの空気感に慣れるところからだな。やることはこれまでと変わらない。記事を選んで、より良い見出しを付ける。何も難しいことはない」

「そ、そんなノリで大丈夫なんですか、私……」

「国内、芸能ページで結果を出してるじゃないか。でなきゃトップページなんてやらせないよ」


 玉木さんはすべて隠さず言う人だ。

 心からの嫌味も、ありのままの評価も。


 当然ながら、燃えないわけがない。

 ネットニュースで世界を良くする。野望実現の為の、これ以上ないチャンスだ。


「トップページの運用って、他のページとどう違うんですか?」

「表面的なところで言うと、記事9本のラインナップだな。芸能ページは芸能記事だけ、スポーツページはスポーツ記事だけというルールだが、トップページは基本何でもアリ。面白くてPV数が稼げれば何でもいい」


 事件や事故や政治関連などの優先すべき速報は常に掲載すべし、との規則はあるものの、あとのネタは芸能でも経済でもスポーツでも、何でもアリ。


 裏を返せば、自由だからこそ運用者のセンスが問われるのだ。


「まあ言葉で言ってもたぶん伝わらんよ。さっきも言ったけど、トップページの空気感を体感して順応するしかない。とにかく頑張れ。何があってもめげるなよ」

「ちょっと、最後の言葉が異様に不穏なんですけど……」


 いよいよ私は、ネットニュースの最前線に足を踏み込むことになる。



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