第21話 脳汁のお話

 玉木さんから基本的なトップページの運用ルールを学んだのちに、実践に入った。

 まずは遅番、オーランドさんのサポートを受けながら始める。


「ひとまず気楽に、気になった記事を片っ端からストックして、掲載していきましょうや」


 オーランドさんは緊張して顔がこわばる私をひとしきり笑ったのち、いつもの軽快な口調でそう告げた。

 その薄情さが、今日は安心感に繋がる。


 トップページにおいてまず最初に驚いたのはやはり、サブページとはまるで異なるPV数だ。

 ポケニューで2番目によく見られている芸能ページと比べても、1本の記事へのアクセス数は3倍以上。入社以来サブページの運用のみに勤めてきた身とすれば、井の中の蛙だったと思い知らされている気分だ。


 そもそも訪れるユーザーの母数が違うのだから当然だが、その数字の大きさが注目度の高さと責任の重さを表しているのだと考えると、体がすくみそうになる。


 だが井の中の蛙だっていつまでも海の広大さに気圧されてはいられない。

 やることはこれまでと変わらない。玉木さんも言っていた。

 ユーザーが食いつくネタを探して、クリックせざるを得ないような見出しを付ける。入社以来学んできた、エモーションへの嗅覚を研ぎ澄ますのだ。


「蒼ちゃん先輩、5枠ちょっと数字怪しいっす。変えた方がいいかも」


 トップページに掲載できるのは9本。オーランドが指摘してきたのは、上から5番目の記事だ。確かに掲載して30分ほどで、すでに数字の伸びが停滞している。


「了解です。芸能ネタのストックは何本かありますけど、そのどれかで良いですか?」

「芸能ネタはすでに4本使ってるので、これ以上はクドくなっちゃいますね。かと言って事件・事故系は現在、殺人とか性犯罪とヘビーなのばかりで疲れるので、堅すぎる話題も今はいらないかもです」

「なるほど……」

「理想は、笑えたりほんわかできる柔っこいネタですね」


 オーランドさんの解説は独特ながら、ニュアンスとして掴みやすい。自身の感覚的な思考をうまく言語化できているのだろう。


 50にも及ぶメディアから配信される膨大な数の記事。

 それでもトップページで使いやすいメディアで、「柔っこいネタ」と限定すれば、いくつかに絞られる。


「これはどうでしょう?」


 経済誌のWeb版から配信された、コンビニコーヒーをめぐる記事。人気の理由や価格に関する考察が書かれている。

 オーランドさんは一通り目を通すと、ひとつ頷く。


「ちょい堅めですが、アリだと思います。これでいきましょう。価格に関する部分を抜き出してリタイトルすると、食いつくと思います」


 早速記事を入れ替る。

 見出しはできるだけ柔らかく、かつ興味をそそるように。


 コンビニコーヒー好調 100円の理由


 数字とスペースは半角カウントなので、これでジャスト16文字。思いついたタイトルが規定文字数とピタッとハマると、えも言われぬ快感が脳を走るのである。


「超わかりみっす。脳汁が出ますよね」

「脳汁って、またハジけた表現ですね」


 しかし言い得て妙だとも思える。

 この職場でなければ出会うことのない感覚だろう。


「ちなみにこの仕事をしている中で、最も脳汁が溢れる瞬間って、わかります?」

「自分の上げた記事がバスった時ですか?」

「おしいっす」


 顔を向けた途端、思わずドキリとしてしまった。

 オーランドさんの屈託のない笑顔に、ひとさじの怪しさが加わっている。


「正しくは、おそらく自分しか価値に気づいていない記事を拾い、その面白さを集約させた見出しをつけた上で、バズらせた時です。これを超える快感はないっすね」


 僕の個人的な感想ですけど、と付け足して、オーランドさんは悪戯に笑う。


「自分しか価値に気づいていないって……そんなことあります?」

「そこはまあ、誇張ですよ。でもそういう記事を見つけたら、きっと誰でも思いますよ。この子をスターにできるのは僕だけだ、って」

「何ですかそれ」

「いやほんと、こういう感覚なんですって」


 前から感じていたのだが、おそらくオーランドさんはポケニューの運用をある種ゲーム感覚で行なっている。


 元井川さんは「遊び半分でやっている」と指摘していたが、その通りなのだろう。悪い意味ではなく、心の底から楽しんでいる、ということだ。


 あるいはどんな仕事においても、楽しみを見つけるのがうまいのか。いずれにせよその個性が、バイトとしては異例と言える地位や実績を作っているのだ。


「ていうか蒼ちゃん先輩も前にバズらせたじゃないですか、大学教授の炎上発言。あれは僕だったらスルーしてましたよ、たぶん」


 姫宮麗華の不倫騒動に対する、明桜大学教授の不適切発言。確かにあの記事は爆発的に拡散され、自信にも繋がった。

 ただそこに快感があったかと言われれば、素直に頷けない。


「あの時は、怖いって感情の方が強かったですよ。みるみるうちに大ごとになっていって……思い出しただけでゾッとします」

「そうなんすか。僕は初バズりの時、素直に脳汁でしたけどねぇ」


 だがポケニューの運用に慣れ、SNSの力を理解した今の私がアレほどのバズりを発生させれば、あの頃とは違う感覚が得られる気がする。おそらくそこにはオーランドさんが言う通りの快感があるのだろう。


「それはそれとして、コンビニコーヒーの記事、調子いいっすね」

「わ、ホントですね。よかった……」

「ただ8枠の、パンキッシュ山本の家賃未払い報道はだいぶPV数ヤバそうなので、すぐに替えた方がいいっすよ」

「わ、ホントですね……」


 トップページは一日にしてならず。

 最高の脳汁までは、程遠い。

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