第22話 スクランブル・トップページ
玉木さんが言うところの「空気感」を掴んだのは、トップページの運用を始めて1週間ほど経った頃だ。
要約すればそれは、数字の大きさへの慣れ、そしてユーザーが好む記事の傾向を理解することだと考えられる。
攻略のカギは、ポケニューを見に来る客層を把握することだ。
ポケニューを訪れるユーザーは老若男女さまざまだが、特に20代から50代までが多いと言う。つまりは社会人が手早く情報を得る為に利用しているのだろう。そこをメインターゲットと認識して運用する必要があるのだ。
記事の登場人物は、できるだけテレビでの露出が多い芸能人や、誰もがその名を聞けば顔を連想する人物が理想的だ。
ブレイク直前の有望株やカルト的人気の存在、10代のカリスマなどは、少なくともトップページではまだ早いのだ。
記事の内容にも、好まれる傾向は漠然とある。
事件事故や芸能ニュース以外では、新型スマホなどの話題の商品、貯金事情に投資情報、結婚離婚トラブル系などジャンルはさまざまだが、要は働く世代が興味を持つネタであれば、自然と食いつく。
そんなツボの存在に気づいてからは、伸びない記事を掲載するような無駄撃ちも減り、徐々に安定して数字も取れるようになった。
「いい感じっすね蒼ちゃん先輩。これなら遅番のトップページ1人でも回せますよ」
オーランドさんからも太鼓判をもらった。
もちろん彼ほどヒット記事を連発することはまだ叶わないが、必要最低限の仕事はできるようになったと自負している。
思ったよりもキツくなかった、とそんな感情が顔に出ていたのか。オーランドさんは称賛の流れから一転、いやらしい含み笑いとともに不吉な言葉を与えた。
「蒼ちゃん先輩。早番のトップページは、こんな甘くないですよ」
****
玉木さんの指示で、翌週から私は早番に変更となった。
もちろんトップページ担当だ。今度は中村さんのサポートを受けながら運用する。
初の早番トップページだが、思いのほか緊張はなかった。むしろ遅番で得た経験や知識が自信となり、朝5時を知らせるアラームを止めた際は武者震いしたほどだ。
しかし早番初日、オーランドさんが残した言葉の意味を、私は出社直後に理解する。
「蒼井さん、2枠替えよう。ちょっと数字弱い」
「は、はい!」
「あと7枠、もう掲載して8時間は経ってるから、こっちも替えよう。リピートユーザーから見たら古く感じちゃう」
「でも、ストックした記事はもう無くなってて……」
「新しい記事いっぱい来てるよ。こまめにチェックして」
「はいぃ」
早番と遅番の運用では、大きな違いがある。
早番にははっきりとしたピーク時間、つまり人々がスマホを手に取りやすい時間帯があるのだ。
7~9時の通勤時間帯、12~13時の休憩時間帯。
これらは夜も含めた他の時間帯と比べ、格段にアクセス数が多くなる。この時間の出来が1日の売り上げを左右していると言っても過言ではないのだ。
出勤したその瞬間から始まっている7時からのピーク。この時間はまず夜中の間、運用が止まっていたページの9本すべて、入れ替えるところから始まる。
もちろん9本すべてをヒットさせる必要がある。入れ替えた記事が伸び悩めば、それを更に替えなければならず余計に時間がかかる。
ピーク時間はとにかく迅速に記事を読み、素早く更新し、掲載記事の打率も高めなければならないのだ。
9時過ぎ、嵐のような通勤時間ピークを終えると、私はもうヘトヘトである。脳が疲れている、という状態がしっかり自覚できていた。
普段から早番トップページの運用をこなしている中村さんは、当たり前だが平然としている。爽やかな笑顔から繰り出される言葉は、ねぎらいであってほしかった。
「朝のピークが終わったら、トップページを更新しつつ昼のピークの為の記事選びも始めてね。ちなみに昼の1時間は1日の中で最もユーザーが集中する忙しい時間になるよ。朝ピークの1.5倍の大変さは覚悟しておいてね」
「ええっ、さっきのよりもまだキツいんですか……?」
中村さんの言う通り12時からの1時間は、想像を絶する過酷さだった。
朝ピークとの違いは、配信される記事の量だ。
まだ稼働しているメディアが少ない7時台とは異なり、12時台には報道各社からのあらゆる記事がリアルタイムで入ってくる。それらを取捨選択する過程が増える為、昼のピークが最も大変だと言われているのだ。
「蒼井さんっ、7枠の漢字間違ってる! 中村じゃなくて中邑だよ!」
「あっ、すみませんすぐ修正します!」
「あと1枠、てにをはが若干怪しいからそっちも修正して!」
「は、はい!」
『元井川です。1件誤字があります。
見出し:ハレルヤ酒井 以外な過去を告白 問題点:以外→意外ではないでしょうか』
「あぁっ、校閲からも!」
無論タイトルをつける際、誤字脱字などのミスはご法度。
過去に「信長の同級生」事件を経験している私は常に細心の注意を払って打ち込んでいるつもりだが、これだけ多忙になるとチェックも甘くなってしまう。
トップページの運用では、すべての行動において速さを求められ、その上で神経を尖らせなければならないのだ。
10時に出社してきた玉木さんも、編集長としての事務仕事をこなしつつ、トップページを観察して私たちに指示を送る。
「おい4枠の数字ヤバいぞ、いつまで置いてんだ」
「すみませんっ、いま別の記事探しています!」
「蒼井さん、いまストックした記事使えそうだから、使って!」
「ありがとうございます中村さんっ!」
「それと8枠、若干タイトル詐欺入ってるからすぐ修正してね」
「は、はい……!」
普段は陽だまりのように優しい中村さんも、ピーク時ばかりは厳しめだった。
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