第14話 ガッデム校閲!(一部の意見です)

 ポケニュー編集部では週に1回、定例会議がある。

 朝番・夜番担当者ともに在勤している15時ごろに始まり、主にその週の実績やニュースの傾向などを振り返るのが目的だ。


 編集長の玉木さんが淡々と説明していく。


「この週は特に大きな出来事はなかったから、前週と比べると総PV数は微減ってところだな。ついさっき発表された声優同士の結婚に関する話題をうまく広げられれば光明は見える。それと大きな話題は無くとも、クオリティが高く、バズりそうな記事は常に配信されている。それらを逃さないよう、意識してほしい」


 この時ばかりは玉木さんも、それなりのリーダーシップを発揮している。


 そして会議も終盤に差し掛かったところで、もうひとつ大事な議題に入っていく。


「この週のミス数だけど、一番多いのはオーランドだった。確か先週もだったよな」

「うへー、すんませーん」


 ミス数の確認だ。

 たった16文字のリタイトルとはいえ、人間がその手で打ち込んでいるので少なからずミスは出てしまう。

 その週にどんなミスがあったかをこの場で共有し、再発防止に努めるわけだ。


 たとえ小さなミスでも、場合によっては大ごとになりかねない。それを私は春先に身をもって経験している。

 なので今週のミス数も……。


「一番少ないのは蒼井だな」

「はいっ」

「まぁおまえは春先の事件から慎重になってるんだろう。ミスが少ないのは良いことだけど、リタイトルにかける時間が1本1本長いから、もう少しペース上げろ」

「はい……」


 作業速度とミス数は比例するのが常。

 オーランドさんはミスは多くも作業スピードは速く数字も残している。ミスが少なくともPV数の上でサイトに貢献できなければ元も子もないのある。 


 現実を突きつけられたところで、会議も終了、と思いきや。


「……あ、そうだ。もうひとつあった」


 それまで真摯な様子で会議を進めていた玉木さんが、ひどく面倒くさそうな表情を浮かべる。


「上の方から、ポケニュー編集部の『ありのままの姿』を撮って、SNSにあげろってお達しがあった」


 みなそろって首を傾げる。

 中村さんが代表して尋ねた。


「『ありのままの姿』って、つまり仕事してる写真をSNSに投稿するってことですか?」

「そうだ。ポケニューの社会的な好感度を少しでも上げるための策らしい」

「社会的な好感度って、そんなのどうあがいても上がらないっすよー。眉唾もののゴシップ記事とか掲載している限りは」

「おまえがそれを言うか。まぁ上の連中もいろいろ考えてのことなんだろう。SNS掲載用の写真だが、もちろん顔は出ないようにするから安心しろ。どうしても映りたくなければ俺に言ってくれ」

「僕は別に顔出しても良いっすけどね」

「面倒なファンが集まりそうだから、それはやめよう。ちなみに写真は誰が撮るんですか?」


 中村さんの問いに、玉木さんは「んー」と唸りながら頭を掻く。


「それはまだ決めてない……実施はまだ先だから、少し考えるよ」


 そうして会議は終了。それぞれ自分の席へ戻っていった。




 オーランドさんはトップページの運用をこなしながら、口もめいっぱい動かす。

 話題は再び、リタイトルのミス数について。


「校閲さんがきびしーんすよ。誤字脱字は仕方ないとしても、記事内容と少し論調が変わったり、ちょっと過激な見出しをつけるだけですぐ修正を求めてくるんすもん」

「過激って、例えばどんなリタイトルですか?」

「んー、例えばこれとか」


 オーランドさんが校閲さんとの過去のチャットのやり取りを見せてくれる。

 その見出しがこれだ。


 駅前に痴漢登場「俺の股間が大噴火」


「いや、これはダメでしょ……」


 これに対し校閲さんは「発言内容が過激でユーザーが不快感を催す恐れがあります。修正お願いします」と冷静に指摘していた。


「でもこの痴漢の発言が面白いんじゃないすかー。実際この見出しでめちゃくちゃ伸びてたしー」


 トップレベルの成績を残しているオーランドさんだが、このように過激な見出しをつけたり、倫理的にギリギリなゴシップ記事を躊躇いなく掲載していることが要因のひとつとなっている。


 PV数至上主義の玉木さんは基本的にそれを黙認しているが、校閲の壁を突破できないことも多いのだ。


 そんなオーランドさんの主張に、中村さんが言及する。


「仕方ないよ。こっちは数字優先でも、向こうは整合性とか倫理的な正しさを優先しているわけだから。運用側と校閲側は、立場上なかなか相容れない関係だよね」

「そうっすよ! つまりはガッデム校閲ですよ!」

「それは言い過ぎ。向こうも仕事なんだぞー」

「ぐわーっ、元フーリガンの体罰だぁーっ!」

「元フーリガンじゃないって言ってるんだぞーーー」


 中村さんに頭をグリグリ撫でられると、オーランドさんは笑顔でわざとらしい悲鳴を上げていた。仲がよろしくて何より。


 ひとつ、気になることができた。


「私、校閲の人と実際に会ったことないですけど、この社内にいるんですよね」

「そういえば、僕も無いかも」

「あー、そうだね。一応このフロアにいるけど……一番端だからここからじゃ見えないね」


 同じフロアと言っても四方50mほどある。

 顔見知りになれる人など限られるのだ。


「僕もちゃんと話したことあるのは校閲部署の部長くらいだよ。校閲さんはポケニューだけじゃなく、特集記事とか連載小説とか、FLOWが取り扱っているあらゆるメディアの校閲をやっているからさ。なかなか個別で会うことはないよね」


 校閲さんとのやり取りは基本、チャット上のみ。校閲さんは私たちが運用するポケニューのサイトをチェックし、修正点をチャットでお知らせしてくれる。


 チャットで確認できるのはお互いの名前だけ。

 本当に仕事上の関わりしかないのだ。


「そっかぁ。でもせっかくなら実際に顔を突き合わせてお話ししたいっすよね。特に『元井川さん』とか!」

「あ、私もその名前に覚えがあります」


 多くの校閲部署の社員がポケニューをチェックし、私たちとチャットしているが、元井川という名前の人は特に多くやり取りをしている気がする。

 つまり、それだけチェックが厳しいのだ。


「元井川さん……確かに数年前からよく見るようになった名前かもなぁ」

「どんな顔してるのかな〜。絶対メガネかけてそうですよね! 分厚いやつ!」

「偏見がすごいな……」


 数年前から校閲にいるということは、私よりも年上なのだろう。

 ポケニューにおける正義の番人、校閲の元井川さん。

 

 一体どんな人なのだろうか。

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