第3章 ファンの暴走ってのは怖いっすねぇ

第13話 アイドルにも色々、ファンにも色々

「えっ、オーランドさんってハーフじゃないんですかっ?」

「違いますよー。ハーフじゃなくて、キラキラネームっす」

「そうなんだよね。僕もしばらく勘違いしてたよ」


 金曜日、新宿の靖国通り沿いのビアバー店内は、近く遠くで様々な声が交差する。

 クラフトビールの注がれたグラスを手に、中村さんは職場よりも砕けた口調、オーランドさんはいつものテンション。3人、何でもない話で盛り上がる。


 恋愛相談という余計すぎる大義名分は空中分解したものの、良い機会だということで私たち3人は飲みに繰り出した。


 玉木さんがザルと言うだけあって、中村さんは既に5杯目だが顔色・表情・態度どこにも変化は見られない。

 オーランドさんはあまり強くないのか、1杯目で早々に顔は真っ赤、3杯目に入ってからはペースも急激に落ちていた。


 そんな中、明かされた衝撃の事実。

 オーランドさんは、純日本人であった。


「色白だから騙されるんだけど、よく見たら顔は普通に日本人なんだよね」

「オーランド、ハーフではなかった。これは二万PVは堅いですね」

「出たー職業病。すぐ見出し考えちゃうヤツ。蒼ちゃん先輩も染まりましたねー」

「あるある。バラエティ番組とか見てる時、芸能人の面白いエピソードトークが流れたら真っ先に見出しを考えちゃうよね」


 やはりみんなやっているのだ、と妙な安心感。

 芸能ページの運用を始めてからというもの、素直にテレビを楽しめなくなっている自分がいる。

 ただ職場に染まったのだと考えれば、そこまで悪い気はしなかった。


「ちなみにオーランドさん、キラキラネームってことは元は漢字なんですよね。どんな字なんですか?」


 この質問に、オーランドさんのあどけない笑顔が一気に引きつる。そして中村さんは、いたずらっ子のような目つきで彼を見つめる。何やら不自然な空気だ。


 オーランドさんは免許証を財布から取り出す、ただそれだけ行為をひどく鈍重に行っている。


「見てもいいっすけど……絶対に笑わないでくださいね」


 なんと失礼な。

 私は口を尖らせ不服を唱える。


「人の名前で笑うなんて、私そんなこと……」


 三田 王嵐土


「ッフガ!」


 鼻が爆発するかと思った。

 口から出るはずの笑い声が、堪えるあまり行き場を失くし、鼻から変な音となって飛び出してしまった。


「笑った! 蒼ちゃん先輩いま笑ったでしょ!」

「いつ見てもカッケェな、王嵐土。絶対にエクスカリバー抜けそうな名前だよね」

「中村さんもバカにしてるでしょ!」


 こんな話をしているうちに、時刻は9時を過ぎていた。飲み会はお開きとなり、民族移動のように新宿駅へ向かう人の群れに、私たちも混ざる。


「あっ、オーランドせんぱーい!」


 すると近くにいた女子の一団から、こんな声が飛ぶ。

 オーランドさんは「わっ、ちょっとすみません」と私たちに断りを入れ、彼女らに近づいていった。


 そんな光景を目の当たりにして、早速中村さんは茶化す。


「やっぱモテ男は違うねー」

「まぁモテないわけがないですよね。顔も良いしコミュ力高いし」

「名前もカッコいいし。中学高校の時も学校にファンクラブとかあったんだろうね」


 確かにオーランドさんの風貌は、アイドルやホストのそれに近い。

 しかも人懐っこく誰とも分け隔てなく接するのだから、熱狂的なファンがいてもおかしくないだろう。


「蒼井さんもオーランドと仲良くしすぎると、ファンからいらぬ恨みを買って刺されちゃうかもよ?」

「いやいや、流石にそれは言い過ぎですよー」

「すみませんお待たせしましたーっ、大学の後輩がいたもんで。それで、何の話ししてたんすかー?」


 大学生特有の無闇に高いテンションを引きずったまま戻ってきたオーランドさん。中村さんはシニカルに笑いながら告げる。


「オーランドにはヤバいファンがいそうだなーって話だよ」

「えー何すかそれ! そんなことないっすよーっ、ていうかファンなんていないし!」


「ですよねー」と私が言うよりも早く、オーランドさんは「あっ!」と何かを思い出した。


「でも先月、ストーカー同士が僕の部屋で偶然出くしちゃったみたいで、僕が帰宅した時にはお互いナイフを構えて間合いを計っていたんですよ〜。あれは怖かったなぁ〜」

「…………」

「…………」


 そのエピソードに対して、どんなレスポンスをするのが正解なのか。


 言葉を失う私と中村さんを見てオーランドさんは「大丈夫ですよ〜、血は流れませんでしたから〜」とフォローしていた。そういう問題ではない。


 オーランドさんと無闇に親しくなるのはやめておこう。

 私は心の中で密かに誓った。


 ****


「わっ、すごい!」


 朝番に戻り、芸能ページを運用していた昼過ぎごろ。

 新たに配信されたとある記事が目に入った瞬間、私は思わず声を上げてしまった。


「声優の雛田里香と、同じく声優の高本涼が結婚だそうです!」

「お、2人とも有名人だね。トップページで掲載するよ」

「了解です!」

「最近の声優さんってみんな当然のように顔を出して、テレビに出たり動画配信してる人も多いから、ポケニューでもけっこう数字取れるんだよね」


 中村さんの言う通り、当該記事はトップページに掲載した途端、爆発的に伸びていく。事前に熱愛報道など無い状況での結婚発表なので、驚きからクリックしている人が多いようだ。


 結婚などおめでたいニュースは久々で、私もつい顔が緩んでしまう。ポケニュー編集部全体も、何だか幸福感で包まれているようだ。


「結婚かよー。有名人の結婚って離婚と比べて話題が長引かないんだよなぁ。どうせなら不倫の末の略奪婚とかであれば良かったのになぁ」


 約1名、ヒネくれ過ぎて最低の感想を漏らす編集長もいるけれど。


「でも玉木さん、結婚報道が必ずしもスッキリ終わるとは限りませんよ」


 そんな指摘をするのはオーランドさん。ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、自身のディスプレイへ視線を促す。

 そこにはSNSやネット掲示板のスレッドが映し出されている。


『うわああああああひなりんがあああああああ』

『高本涼って誰だよクソがああああああああ』

『いま会社ですが涙が止まりません。早退します』

『今から首吊ればひなりんの子どもに転生できるかなぁ……』


 地獄絵図である。

 どうやらオーランドさんは、雛田里香ファンの反応を探っていたようだ。


「阿鼻叫喚ですね……でもまぁファンの気持ちを考えると、そうですよね……」

「雛田さんっていわゆるアイドル売りもしていた声優さんなので、こういうファンも多いんすよ。ちなみに同じく声優同士でユニット組んで歌って踊っていた高本涼のファンの反応がこちらです」


『涼ちん趣味悪すぎ』

『あんな乳臭いガキのどこが良いの?』

『ずっと騙してたんだ、この詐欺師』

『事務所に抗議文送った。絶対に許さない』


「わーお……」

「男女ファンの心理の違いがよく分かるね……」

「ちなみに『単推し』だけじゃなく、この2人が共演した女性向けアニメ『戦国プリンス歌劇団』のファン、いわゆる『箱推し』の人たちも怒ってるみたいですね。本スレが主に雛田さんに対しての誹謗中傷ですごいです。蒼ちゃん先輩、見ますか?」

「いや、いいです……」


 いろいろなことを知っているオーランドさんである。


「よし、おまえらファンの過激な反応系の記事が来たらソッコー掲載しろよ。流石、目の付け所が違うなオーランド」

「うへへ、あざっす」


 玉木さんとオーランドさんはそろって下卑た笑みを浮かべる。この2人、実は似たもの同士かもしれない。


 ただオーランドさんの言う通り、皆が祝福しているわけではないのだ。


 事実、熱愛報道が出たアイドルや声優へファンが殺害予告をしたり、ストーカー行為に及ぶなど笑えない事件も過去に起きている。

 もちろんそんな人はごく一部で、今回の件も中には素直に祝福しているファンも少なからずいるだろう。


 アイドルにも色々、ファンにも色々あるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る