第12話 小さな「愛」の物語 〜ネタばらし〜
きっかけは、3年前にまで遡るという。
玉木さんと中村さんがそれぞれ応援しているヨーロッパのサッカークラブが、世界一を決める大舞台で戦うことになった。
サッカーファンにとっては一大イベントということで、2人はスポーツバーで観戦することに。
結果として、玉木さんの応援するクラブが勝利。玉木さんは酔っていたせいか、中村さんの応援するクラブをバカにするような態度をとったらしい。子どもである。
そこで中村さんが豹変。子どものケンカなどと言えないレベルの大暴れを披露した。店から出禁を宣告されるほどだったという。
「中村さんがそんなことを……泥酔してたんですか?」
オーランドさんの問いに、玉木さんは首を振る。
「こいつはザルだ。酒は関係ない」
「じゃあ何で……」
中村さんは顔を赤らめ、口を噤んでいる。
玉木さんはそんな彼を指差し、告げる。
「こいつ、元フーリガンだから」
「フ、フーリガンは言い過ぎです!」
「似たようなもんだろ。でもいい機会だ。要らぬ心配をさせたお詫びとして、こいつらにあの写真を見せてやれよ」
あの写真、という単語に中村さんは拒絶反応を示す。
初めは「ダメ! 絶対ダメ!」と喚いて抵抗していた中村さんだったが、そこまでの前振りを見せられると私もオーランドさんも好奇心を隠せない。
3人で情報開示を要求し続けた。
すると観念して、中村さんはスマホを見せる。
それは、とてつもなく強烈な1¥枚だった。
「こ、これ中村さんっ?」
「……うん、6年前、イングランドに留学していた時」
写真には、屈強な英国人たちと並ぶ若き日の中村さんが写っていた。
顔にはペイント、上半身は裸、舌を出して目を見開いている様子はまるでチンピラだ。現在の雰囲気とは似ても似つかなかった。
「まあほら、20歳前後の頃って何かに熱狂しやすいじゃん。僕の場合、それがサッカーだったってだけだよ。イギリスのサッカー熱って凄まじいからさ……」
「にしてもこれは……だって後ろの方、何か燃えてますよ」
「この手に持ってる火のついた棒、この後どうしたんですか?」
普段は穏やかな中村さんにとって、イングランドを拠点とするこのサッカークラブへの悪口は、完全なアンタッチャブルだったのだ。
スポーツバーでの事件以来、玉木さんと中村さんはサッカーの話を控えていたという。完全に黒歴史として、葬り去ろうとしていたのだ。
しかし今月、問題は起こった。
玉木さんと中村さんの応援しているクラブが、3年ぶりに世界一の座をかけて争うことになった。それによって2人は、嫌でも3年前の事件を意識せざるをえず、ピリピリしていた。それが、私が対立していると感じてしまった原因だ。
そしてつい今朝方、試合が行われ、中村さんの応援しているクラブが勝った。
そこで三年前のいざこざを手打ちにしようと、玉木さんと中村さんは休憩時間を使い、この会議室で昨日の試合を振り返ることに。
だがそこで懲りないのが玉木さん。得点シーンにいちゃもんをつけ、またも中村さんの怒りを買う。
そうして社内にいながら口論に発展。その瞬間を、私とオーランドさんが聞いてしまった、というわけだ。
「どーーーでもいい……」
私は絶句すると同時に、あらぬ誤解をしていた自身を恥じた。
あれだけ私の好奇心を駆り立てた謎。
蓋を開ければ、なんと取るに足らない真相か。
「蒼ちゃん先輩は2人のこと、マジで心配してたんすからね。それで僕と一緒に情報収集したり、カフェで推察したりして……まあ、楽しかったですけど」
オーランドさんのこの発言に、なぜか中村さんが過剰に反応する。納得したような表情で「ああ!」と叫んだ。
「だから2人、最近よく一緒にいたんだ。良かった……俺はてっきり、2人が付き合い始めたのかと……」
「ええっ!」
なぜそんな突拍子もない予想に行き着くのか。その原因はオーランドさんにあるようだ。
なんでも彼は過去に、この職場で女性問題を起こしていたらしい。
普段から余計なほど愛嬌を振りまき、また付き合いが良すぎたせいもあって、勘違いした女性が複数人生まれてしまったという。
「あの時は大変だったんだよ……状況を把握する為に僕が全員から事情聴取してさ」
「あったなー。その事情聴取によっておまえに惚れたヤツも出てきたりしてな。ゴシップ記事みたいな修羅場が目の前で起きてて、面白かったわ」
中村さんと玉木さんの表情は、同じ過去を回想しているとは思えないほど両極端だった。
「僕はみんなに、普通に接していただけなんですけどねぇ」
オーランドさん本人はというと、心底不思議そうにそう呟いた。この人もこの人で頭のネジが数本外れている。
その時だ。
私の中で、点と点が繋がった。
「中村さん……もしかして昨日の、恋愛相談の話……」
「ああ、そう。オーランドとの仲を詮索する為に、話を振ったんだよ」
「うそぉー……」
すべての謎が解き明かされた。
その瞬間、身体からへなへなと力抜けていくのだった。
****
またもやってきた面談の時間。
私は玉木さんに尋ねる。
「そういえばこの前言いかけてた、魅力的な芸能人の条件って、結局何なんです?」
「ああ。それはな、謎の多さだ」
どうやら私の予想は、本当に的中していたようだ。
「プライベートな情報を見せないヤツっていうのは、それだけ謎めいて見えて、好奇心を掻き立てる。それが好意と直結するんだ。だから芸能ニュースは、その心理的欲求を利用していると言っても過言じゃない。どんなに瑣末な内容でもエモーションに貴賤はない」
わかりやすい解説であるが、とても居心地の悪いノイズが私の中でざわめく。
その「心理的欲求」には、大いに心当たりがあった。
「謎が入った箱を用意されたら、たとえ中身がどーでもいい内容でも、開けずにはいられなくなる。おまえも、俺と中村との間にあった不穏な空気、という謎を前にして気にせずにはいられなくなったんだろ。そういうことだ」
「……はい、まさに」
良い経験したなぁ、と玉木さんはケタケタ笑う。
そしてもうひとつ、情報を付け足す。
「そんでもって、どうしても謎が解き明かされない場合、人は脳内で補完しようとする。少ないヒントから、勝手に妄想していくんだ。そしていつしか、それが真実かどうかさえどうでもよくなっていく。これが、ゴシップ記事の本質だな。中村がおまえとオーランドの仲を邪推したのもそれだ。あとは、これもそうだな」
玉木さんは鼻で笑いながら、とある記事を掲げて見せた。
「まあ、この記事は流石に妄想が過ぎるけどな」
それは、男性俳優の桜庭と葉山の共演NG問題に関するゴシップ記事。
記者による妄想から最終的に、2人は恋愛関係にあるのでは、と結論づけていた。
「…………」
「ん、どうした。頭抱えて」
首を傾げる玉木さんに、まさか真実を言えるはずもなかった。
「身をもって、体験いたしました……」
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