第33話 災害とネットニュースの関係

「おはようございますっ!」


 代休明け、遅番で入っていた私は出勤時間の30分前には職場に到着。早番でピークタイムを終えたばかりの中村さんは、私の声に目をパチクリさせていた。


「蒼井さん元気だね。代休でリフレッシュできた?」

「カラ元気だろ、ただの」


 玉木さんは鼻で笑い、この一言。駅のホームで酔いつぶれていた時とは大違いの態度だ。あの姿、写真でも撮っておけばよかった。


「カラ元気でも、元気は元気です。それと、改めてフェイクニュースの件はご迷惑おかけしました。もっと信頼される人間になれるよう、精進します」


 言うだけ言って席に着く。

 玉木さんと中村さんは呆気にとられた様子で、顔を見合わせていた。


 昨日、転職エージェントの前で謎の大見得を切り、自宅で大後悔に打ちひしがれて以降、吹っ切れることに成功。私はこの場所で、闘い続けると決めたのだ。


 私はもう炎上姫でもゴシップ姫でもない。

 ネットニュース界のジャンヌダルクになる。

 なりたいと思っている。

 なれると、いいな。


「蒼ちゃん先輩、おはよーっす」

「おはようございますっ、おす!」

「おおっ、蒼ちゃん先輩メンタルリセットっすね。飲み会の時はズタボロだったのに」

「その節はご迷惑おかけしましたっ、おす!」


 ただハイになっているだけ、とも言える。




 早番との引き継ぎを終え、運用に入る。

 今日はオーランドさんがトップページ担当で、私は国内や芸能ページを更新しながら彼のサポートをする。


 記事を探している最中、とある最新記事が目に留まった。


「あ、台風が発生したみたいです。台風10号」

「本当ですか。進路は?」

「ええと、2日後に沖縄に上陸して、本州を通過する可能性もあるそうです。これトップページに入れますか?」


 この問いに、オーランドさんが半笑いで応える。


「台風の記事って伸びないんですよねぇ。首都圏への直撃が濃厚になったならまだしも、発生したならあまり関心を持たれなくて……」


 自分の身に降りかかるかどうかに関わる、というわけか。当たり前といえば当たり前だが少々世知辛い。

 しかし編集長・玉木さんの見解は違った。


「掲載しておけ。台風とか災害系は、多少大げさなくらいの対応でいい」

「伸びなくてもですか?」

「ああ、数十分はトップページに置いておけ」


 私とオーランドさんは少し驚いていた。玉木さんはPV数を最優先に考えている人だと勝手に思っていたので、その意見は意外だった。

 その意図を玉木さんはこのように説明した。


「こういうのは数字じゃない。台風なんて毎年いくつも上陸しているのに、いまだに楽観視してる日本人が多いからな。しつこいくらいに注意喚起してやるのも俺たちの仕事だ」


 確かに実家に住んでいた頃も、家族や私自身も台風に対してそこまで大げさな対策をしたことはなかった。そんな日本人は、けっこう多いだろう。


 それでも、毎年台風による死者は出ている。


「ポケニューから、発信できれば良いんだけど……」


 無意識に出たのはこんな独り言。

 思いがけず反応したのは玉木さんだった。じっと私を見つめると、何でもないように言った。


「なら考えてみればいいじゃねえか。ポケニューでできる対策企画でも」

「え?」


 あまりに唐突すぎる提案。言い出しっぺの私が困惑しているのをよそに、賛同してきたのは帰り支度をしていた中村さんだ。


「面白そうっ。僕も参加します」

「おまえ残業多いんじゃないか、今月」

「1時間だけっ。終わったらさっさと帰るんで」


 ついにはオーランドさんも弾けるように立ち上がる。


「それ絶対楽しいやつだっ、僕もやりたいっす!」

「おまえ今日トップページだろ。片手間でできるのか?」

「大丈夫っす。僕マルチタスク余裕民なんで」


 こうしてあれよあれよと言う間に、企画考案チームが編成された。

 ミッションは、いかに台風10号の接近を世間に知らしめるか。

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