第29話 2ヶ月ぶり、2回目の炎上

 金森あずさの5年ぶりのSNS投稿は、苦言だった。


 一部報道にあった活動再開は完全なるデマ。

 日本に帰国もしていない。


 先日、離婚騒動の渦中にあった和谷美加とは親交があるらしく、彼女をめぐるゴシップ記事も引き合いに出し、金森あずさは敢然と批判した。


『身勝手で非常識な報道は看過できません。素直に信じて、私の元に喜びの声をくださる人々の為にも、黙ってはいられませんでした』


 金森の投稿は即時拡散された。そしてデマの拡散を手伝ってしまったポケニューの該当記事のコメント欄も、SNSのアカウントも、大炎上した。


 玉木さんと中村さんと私は即座に、緊急ミーティングを始める。


「僕らも騙された側、と言っても通じないですからね……」


 沈痛の表情を浮かべる中村さん。

 私は、納得できなかった。


「な、何でですか……うちが作った記事じゃないのに……」

「関係ねえよ。ポケニューは報道メディアなんだぞ。ユーザーからすればウソの発信者も拡散者も、同様に悪なんだよ」

「そんな……」

「せめてリタイトルに気を遣って、真偽を濁していればね……」


 私は「活動再開へ」と記した。

「活動再開か」もしくは「活動再開?」と書くのが正しかったのだ。この細かいニュアンスの違いで、誤解した人も大勢いるだろう。


 玉木さんや中村さんに念を押されていた、ゴシップ記事の見出しにおける要注意点だ。私自身も普段は慎重すぎるほど、意識しているつもりだった。

 だがこの記事に限っては確定情報であるような記事内容と個人的な喜びが影響し、言い切ってしまった。


「とにかく、まずは謝罪文ですね。大急ぎで書きます」


 中村さんのこの言葉に、玉木さんは頷かない。私をじっと見つめ、告げる。


「蒼井、おまえが書け」

「え、いや玉木さん、それは酷では……」

「……わかりました」


 私は会議室を出て、自分のデスクへ向かう。

 謝罪文なんて書いたことがない。ただこういう時の為、ポケニュー内にはフォーマットがある。それを参考に、一心不乱に書き綴る。


 会議室に戻り、書き上がった文章を玉木さんに見せた。


「ダメだ。書き直せ」


 緊張が走る会議室。

 中村さんは落ち着かない様子で、玉木さんと私の顔を見比べる。


「……何でですか?」

「ここ。配信元の記事に影響されて、ってところ。言い訳と捉えられる」

「…………」

「自分は悪くない、というニュアンスは必ずユーザーに伝わる。ヤツらが最も嫌う感情だ。このたった一文によって再炎上しかねない。とにかく、自分に全責任があるように書け。いいな?」

「……わかりました」


 腹の底で煮えたぎる感情を押し殺し、私は再び文書作成ソフトに向かった。


 三度目のチェックでようやく玉木さんから承諾を得た謝罪文。トップページやSNSで発信する。無論ネガティブなコメントが多く投げ込まれ、サンドバッグ状態だ。


 対応の早さを評価する意見や、ポケニューも騙された被害者だと擁護する声も届いた。しかしそれらが、薄汚れた私の心にもたらすものは、何ひとつとしてなかった。


 ****


 激動の1日の終わり。私はすぐにでも帰りの電車に乗り込み、世界から身を隠すように家に引っ込みたかった。


 しかし騒動の余波が残ったまま、よりによって開催されたのはオーランドさん主導のポケニューほぼ全員参加の飲み会。


 この月曜日と前々から計画されていた上に、玉木さんも嫌そうな顔をして出席している。この状況でのドタキャンは流石に気が引けた。


「蒼ちゃん先輩うえーい、飲んでますかー?」


 顔が真っ赤なオーランドさんは若さを爆発させ、私に構ってきた。


「飲んでますよ。良いお店ですね」

「テンション下げみじゃないすかー。まだ気にしてるんすかー、あのデマ記事。大丈夫ですって、蒼ちゃん先輩ぜんぜん悪くないしー。僕でも絶対掲載してましたよー。運が悪かっただけっすよ」

「ほらほら、グイグイ行きすぎないよーオーランド」


 割って入ってきたのは中村さんだ。オーランドさんとは対照的にシラフの時とまったく変わらない顔色で、表情はひたすらに柔らかい。


「でもオーランドの言う通りだよ、蒼井さん。こういう炎上はネットニュースで働いていたら珍しくないから、気にしないで」

「でも私、この3ヶ月で炎上2回目ですし……」

「多っ! やっぱ蒼ちゃん先輩は炎上姫なんですね!」


 ケタケタ笑うオーランドさん。

 慰めるのか蔑むのかハッキリしてほしい。


「でも僕だってやらかしじゃ負けないっすよ。入ったばかりの頃、プロ野球選手の年俸を間違えて3億年3円って書いちゃって、そのスクショは今でもネットのおもちゃですよ。中村さんだってあるでしょ、とんでも系のミス」

「もちろん。蒼井さんには前に話したけど、訃報にびっくりマークつけちゃったり。あと外国の宗教の宗派を間違えて書いたら、ヤバめの苦情が届いたね。あの時はめちゃくちゃ怖くて、夜道をひとりで歩けなかったよ」


 私を挟んで、次々に自身の失敗談を語ってくれる中村さんとオーランドさん。あまりに優しい2人に、視界が潤んでしまう。


 そんな時だ。不意に同僚のひとりが叫んだ。


「中村さんっ、オーランドくん! 玉木さんが帰ろうとしてる!」


 見れば玉木さんは一番端の席でこっそりと荷物をまとめ、アウターに袖を通そうとしていた。


「あっ、待てーー玉木さん!」

「みんな絶対に逃がすな! 罰としてウォッカ飲ませてやる!」

「何なんだおまえら! これパウだろパウ!」


 そうして飲み会はつつがなく終了した。




 二次会へ向かう中村さんやオーランドさんたちを見送り、私は駅に向かう。


 週の初めの月曜とはいえ、電車内は帰宅ラッシュで混雑していた。

 1駅進むと、大変な数の乗客が入れ替わる。私はドア付近という新たなポジションで待ち構えていると、そこで思わぬ人物と遭遇した。


「あれ……玉木さん、いたんですか」

「……んあ?」


 半開きの目が、私をゆっくり捉えた。

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