第28話 炎上姫の快進撃、そして……

「蒼井。次の日曜、ひとりでトップページできるか?」


 玉木さんにこう告げられたのは、トップページに慣れを感じ始めた時のこと。


 初めて昼ピークでの目標超えを達成した日から1週間。

 その後も私は何度かトップページを任され、それなりの結果を出した。しかしそれはすべて中村さんのサポートありきであったがゆえ、自信へと昇華されるにはまだ足りなかった。


 そんな中、ついに独り立ちの機会を得た。


「トップページを担当するはずだった山田が法事で来れなくなってな。中村は今月、休日出勤しすぎてるから入れないんだ。だから蒼井、おまえひとりでトップページを運用することになるけど、できるか?」

「もちろん、大丈夫です」


 ひとりでも戦力になれるとアピールする、これ以上ないチャンスだ。日曜には高校時代の友達と会う予定があったけれど、それどころではない。


「鼻息荒いな。滾りすぎていらんミスするなよ」


 わざとらしく鼻をフンカフンカ鳴らせてみせると、玉木さんは「うるせぇなぁ」と笑った。


「まあ日曜だし大丈夫だろ。平日と休日じゃまるで空気が違うからな」


 ****


 平日に発生するピークタイムは、一般的な社会人の出勤時間と休憩時間にあたる。となれば休日にはそれが消失する為、1日通して安定的なアクセス数となるのが基本だ。


 日曜の早朝、電車内はガラガラだ。休日出勤のスーツ組の他に、朝帰りの気だるそうな若者や、登山用リュックを携えるご老人などが乗車していた。


 出勤し、早速トップページの運用に取り掛かる。

 殺伐とした朝ピークを孕む平日とは比べ物にならないほど、日曜のトップページ運用はゆったりとしていて気が楽だ。

 配信元のメディアも何社かはきちんと休んでいる為、記事の総数も少ない。

 私は必要な最新情報を掲載しつつ、面白そうな記事を探していく。


 弊社はオープンオフィスである為、平日なら9時や10時にもなると他の部署の人たちが続々出勤するのが確認できる。しかし日曜に稼働しているのはポケニューのみ。昼前にもなると一抹の寂しささえ感じるよう。


「……え?」


 そんな時だった。

 それはあまりに突然で、その一文が目に入った瞬間、息が止まった。


『シンガーソングライター金森あずさ、活動再開へ』


 アイデンティティの確立に苦しんだ中学時代や就活時代の、心の拠り所であった金森あずさ。彼女が活動休止から復帰する。

 その時私はポケニューの一員から、ひとりのファンに戻ってしまった。潤んだ瞳を見て、同僚は驚いていた。


 それは本人や所属事務所の発表ではない。

 だが記事は確定情報だとして書かれている。


 アメリカ在住の彼女は、今年の頭から現地のレコーディングスタジオに入る姿をたびたび目撃されていたようだ。

 さらに彼女は最近帰国したらしく、記者が事務所関係者に尋ねたところ、彼女の活動再開を認めたのだという。


 配信元はゴシップメディアであるが、記事内容はかなり強気。実際このようにゴシップメディアから、未発表のリーク情報が明かされることは珍しくない。反則だとは思うが。


 何はともあれ掲載しないわけにはいかない。私がファンだからではなく、十分ユーザーに驚きを与えられる有効な記事だ。


 歌手の金森あずさが活動再開へ


 リタイトルはシンプルでいいだろう。これで早速掲載した。


 もう5年ほど露出がない為、忘れられているかも、との不安はあっという間に消え去る。休日で落ち着いているトップページにて、その記事はひときわ伸びていた。

 情報が入って即座に掲載した為、SNS上ではポケニューの記事が一番多く引用されている。そしてそこには、歓喜の声が飛び交う。


 そこで私は、私の中で溢れる多幸感の由縁を知る。

 あくまでニュースサイト運営の一員だから。公私混同はよろしくない。表面的にはそう意識していても、心の奥底では気づいている。


 あずさちゃんの復帰情報を、この私がいの一番に世界へ発信できた。ファンとしてこれ以上の喜びはないのだ。


 結果としてその日は主に金森あずさ関連の記事が効果的に働き、上々の数字を残すことができた。初めてのひとりトップページ、文句なしではないだろうか。

 

 ****


「蒼井さん、昨日はなかなか良かったみたいじゃん、ひとりトップ」


 翌日の月曜日の朝、中村さんは開口一番そう言ってくれた。


「昨日は良いニュースがありましたからね。あずさちゃんとか……」


 言下、思わず口を塞ぐ。つい頭の中での呼び方を口にしてしまった。

 中村さんはキョトンとしたのち、わざとらしく悪い顔をした。


「蒼井さん、さては金森あずさのファンだね」

「……はい、実はそうです」

「やっぱり。でもそうだよね。蒼井さんくらいの年齢の女子なら金森あずさドストライクだもんね。僕の妹もよく聞いてたよ」


 世間話もそこそこに、仕事を始める

 。本日は中村さんがトップページ、私がサポートというこれまでと反対のポジションで運用する。


 よく上がる話題はやはり金森あずさネタだ。

 いまだ公式発表がないのは気になるが。


 1週間前の溝上と和谷の離婚騒動は、結局大きな展開もなく収束し、現在には取り扱う記事もない。2人とも最低限のことしか語らない為、拡大しようがなかったのだ。真相は彼らのみぞ知ると言ったところか。


 そうこうしているうちに昼ピーク。

 中村さんは流石というべきか、安定して記事をヒットさせている。彼のそつのない運用を見ているだけで、私はまだまだなのだなと、調子に乗りかけている心を元の場所へと引き戻してくれる。


「えっ……」


 そんな中村さんから、不穏な声が聞こえた。

 思わず目を向けると、彼はなぜか私を見て複雑そうに顔を歪ませる。


 配信されたとあるひとつの記事。そのタイトルを見て、すべてを理解した。


『金森あずさ「活動復帰はデマ」と主張。報道各社に非難』


 一瞬にして、身体を流れる血液が凍らされたようだった。


 それから数分間のことを、私はよく覚えていない。


「……やられたな」


 それでも玉木さんの憮然とした表情は、やけに記憶に刻まれた。


「フェイクニュースだ」

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