第24話 不憫な編集長

 ポケニューでは1時間ごとに稼いだPV数を計測している。毎時間、目標数値が設定されており、私たちはそれを目指して運用しているのだ。


 もちろん朝と昼のピークタイムの目標数値は他の時間帯と比べて高く、トップページを始めてすぐの頃はまるで届かなかった。


 それでも私は挑み続けた。

 何本でも記事をあげ続けた。

 遅番に引き継いだ後は中村さんと反省会。なぜこの記事がダメだったのか、どんなタイトルが良かったのか。彼を質問攻めにし、知識を高めていった。


 ポケニューで世界をより良くする。

 私から世界へ、情報と議論を広げていく。


 通勤や退勤の時間に聴くようになった金森あずさの曲の数々は、私の野望と食い合わせが良く、モチベーションの維持に繋がっていった。


 そんな日々を続けること1週間。

 ついに私は朝のピークにて、目標の数字を達成した。


「すごいね蒼井さん。目標って基本、簡単に達成できないレベルに設定してあるんだよ。初めて1週間で朝ピーク達成はなかなかできないよ」

「いえいえっ。中村さんのサポートのおかげですし、今日は朝一で『ウナギ食べたいズの川淵が結婚』と『北海道で牛が轢かれるも無傷』って良いニュースが配信されていたので、運が良かっただけです」


 1日として同じ日はなく、あらゆる出来事は前触れなく訪れる。ニュースを取り扱っている以上、目標数値を超えられるかどうかは運の要素も強い。

 だからこそ安定して数字を取れる中村さんやオーランドさんはすごいのだ。


 そう冷静に分析する私であるが、トイレの鏡に映った顔には隠しきれぬ笑みが滲んでいた。




 朝の調子は良かった本日。

 昼に向けた記事と心の準備は完璧だった。


 しかしそれでも、昼ピークの目標は達成できなかった。


「お膳立ては整っていたのに……」


 理想的と言えるほど、下準備は完璧だった。だからこそショックは大きい。


「おしかったよ。昼はあんまり良い記事こなかったしね。いつ目標達成してもおかしくないくらい、ちゃんとできてるよ、蒼井さんは」


 中村さんには毎日のように励ましの言葉をかけられている。毎度気を遣わせて申し訳ないと、余計に心が沈んでいく。


 トップページの運用、その最低限の方法は学んだ。ユーザーの好む傾向も理解したつもりだ。

 それでも勝てないのは、記事選びやリタイトルのセンスの問題なのだろうか。


 ひとり苦悩する私。

 その耳に届いたのは、悪魔の囁きだった。


「ゴシップ記事、試してみれば良いんじゃないすか」


 引き継ぎを終えた後、遅番のオーランドさんはこんな助言をする。


 ゴシップ記事とは、有名人に関する噂を記述したもの。

 プライベートを追いかけ回した内容や、根も葉もない話が書かれることも多く、有名人からは基本嫌われている。


「ゴシップは、抵抗感あるんです……信頼性に欠けるじゃないですか」

「でも真実が書いてある記事も多いっすよ。芸能人の不倫とか政治家の汚職は、ゴシップ記事から発覚するケースもありますし」

 確かに、1本のゴシップ記事からSNSや掲示板などで「祭り」へと発展、というプロセスは近年増加している。私は正直、上等なものとは思えないが。


「それにユーザーも今の時代、そこまで信じてないっすよ。あくまで妄想を楽しんでるというか……ゴシップなんていわば、芸能界を舞台にした二次創作っすよ」

「それなら尚更、報道メディアが使うのは……」

「ポケニューはエンタメ色強いっすから、そういうのもユーザーに求められてますって。騙されたと思って明日の昼ピークで、使ってみると良いっすよ。僕も中村さんも、トップページにほんのりスパイス効かせる程度に使ってますし」


 芸能などサブページを担当していた頃、チラチラ見ていた中村さんやオーランドさんの運用するトップページには、言う通りいくつかゴシップ記事は掲載されていた。


 そこまで言われれば、ゴシップ記事への印象を変えることも、やぶさかではない。

 ただそれでも、使わないに越したことはない。この認識に変わりはなかった。


「そういえば、飲み行った日の帰りに言ったじゃないですか。もっと大規模な飲み会の話。来週の月曜に決まったんすけど、蒼ちゃん先輩もどうですか?」

「え、はやっ。もう日にちまで決定してるんですか」

「週初めなのは申し訳ないっす。みんなの意見合わせたらその日しかなくて。ポケニュー回さなきゃいけないんで何人かは出られないですけど、けっこう集まりそうっす。なんとレアキャラの玉木さんも来ますしね」

「えっ、すごい」「えっ」


 私の声とシンクロしたのは、当の玉木さん。

 きょとんとした顔でオーランドさんを見る。


「おかしいな。俺は考えておくと言ったんだが」

「玉木さん。考えておく、は快諾とみなします」

「おい誰か校閲を呼べ。こいつに日本語教えてやれ」


 まったく引き下がらないオーランドさんに、玉木さんの声色も荒くなる。


「典型的な断り文句だろうがっ、断ったんだよ俺は!」

「そんなの横暴だ!」

「完全にこっちのセリフだ!」


 オーランドさんは玉木さんに詰め寄ると、「行きましょーよー玉木さんと飲みたいー」と駄々っ子のように揺さぶる。これにはさしもの玉木さんも狼狽。オーランドさんほどのコミュ力があれば、どれだけ人生は愉快になるのだろう。


「玉木さん、オーランド相手に曖昧な言い方は通用しませんよ。観念してください」


 話を聞いていた中村さんも、オーランドさんに加勢。表情からして困っている玉木さんを完全に面白がっていた。


 オーランドさんと中村さんを筆頭に、ポケニュー編集部が一丸となり始める。アウェーの空気を感じ取ると、往生際の悪い玉木さんはこんなことを言い出した。


「ならオーランド、おまえが今日の遅番トップページの総PV数、目標の120%以上を取れたら言う通りにしてやるよ」

「よっしゃ、やってやりますよ!」


 話がまとまると、オーランドさんはすぐさまデスクに戻り、トップページ運用を始める。周囲の同僚たちも、サブページから惜しみない支援をオーランドさんに送る。


 その後何年にもわたり伝説として語り継がれる、トップページ目標150%超えという偉業は、その瞬間に始まったのだった。

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