第10話 小さな「愛」の物語 〜序章〜
玉木さんと中村さんの不穏な空気は気になるところだが、そうは言っても勤務時間は頭を切り替えなければならない。
目下取り組むべき課題は、芸能記事をうまく使いこなすこと。ユーザーが求める芸能ネタを見極め、より良い見出しを考え、芸能ページの運用を完璧にこなすこと。
もしもそれができれば、ポケニューで最も責任あるトップページの運用を任せてもらえるかもしれない。
その為にも、まず解かねばならないクイズがある。
『魅力的な芸能人の一番の条件って、何だと思う?』
玉木さんが出したこの質問。
結局答えは聞けずじまいだが、それこそが玉木さんなりのメッセージなのだと、勝手に捉えることにした。
つまりこれを自力で解き明かせば、運用者としてのレベルがグンと上がるのだ。
魅力的な芸能人の条件とは。
これを念頭に置きつつ、今一度私は芸能ページと向き合う。
「芸人のフェスタ武藤が中古の霊柩車を購入ですって。ウケますね、蒼ちゃん先輩」
隣のオーランドさんは、相変わらずのんべんだらりと高PV数を叩き出していた。
「今って、どんな芸能ネタが数字取れるんですか?」
「今はねぇ、正直ネタ不足っすねー。強いて言えば桜庭と葉山の騒動が良い感じですね。ほら、前に話した共演NGの噂です」
俳優同士が共演NGなのではないか、とのゴシップ記事。両者ともにコメントはないが、SNSや掲示板など外部で盛り上がっているようだ。
「共演NG……本当なら驚きですけど、なんでそんなに気になるんですかね」
「誰と誰が仲良い、よりも誰と誰が仲悪いって記事が伸びますしね。それが人間の性なんすよ。それに桜庭と葉山はそもそも映画とドラマ以外には出ない人たちなんで、性格とか普段の姿は妄想し放題ってわけです。SNSもしてないし」
そこまで言うとオーランドさんは、なにやら悪戯な笑みを浮かべる。
「この桜庭と葉山って、玉木さんと中村さんみたいですねぇ。ちょっと不穏な空気を醸し出したら、仲悪いんじゃないかって蒼ちゃん先輩に勘ぐられて」
「む……」
「安易に個人情報を明かさない、謎キャラってところも似てますからね、4人とも」
皮肉を言ってご満悦のオーランドさん。
私はというと、初めこそムッとしたが、ふと彼の口にしたひとつの単語が妙に気になった。
謎キャラ。
似たような言葉を前に聞いたような。
デスクに置いていたミニノートを次々めくり、該当の箇所を探す。
「蒼ちゃん先輩マメっすねー。色々メモってるんすね」
「……あ、これだ、レアキャラ。オーランドさんが言ったヤツ」
「え、僕そんなこと言いましたっけ?」
世間を賑わせている事件や騒動について有名人が言及する記事でも、露出が少ない人物のコメントの方が伸びる。その論述で出た単語だ。
いわばネットニュース界隈で悪目立ちしないタイプの有名人を、オーランドさんは「レアキャラ」と呼んでいたのだ。本人は忘れているようだが。
レアキャラ。謎キャラ。
ネットニュース上では珍しい存在。
『この業界における、魅力的な芸能人の一番の条件って、何だと思う?』
「……あ」
パチッと、頭の中でパズルのピースがハマった気がした。
ネットニュースの業界において、魅力的な芸能人。
それは、謎の多い人物なのではないだろうか。
謎めいた存在を見れば、世間はその人のことをもっと知りたくなる。
SNSで発信せず、トーク番組などにも出なければ、人々は勝手にその人物を謎多き存在と捉えて、追いかけたくなる。
だからそんな芸能人が登場する記事はPV数が伸びる。
会心の解答に行き着き、えもいわれぬ爽快感が風のように通り抜けた。
「お、蒼ちゃん先輩ニヤニヤして、ウケる記事でもあったんすか?」
「ふふふ……これは、勝ちましたわ」
「なんかよく分かんないっすけど、楽しそうで良かったっす」
活路は見えた。
もはや芸能ページは我が掌中にあり。
****
謎の扱い方ひとつで人々の注目を集めることができる。それは芸能人だけでなく、私の仕事にも応用できると思った。
見出しに「謎」を作ればいいのだ。
例えば、先日オーランドさんとリタイトルしあったこの記事。
梅原 元ミス慶成女性と結婚か
梅原 40歳元ミス慶成と結婚か
後者がオーランドさん提案の見出しだ。
梅原がこれまで年下とばかり噂されてきた文脈から考えたらしい。前者と比べ、大いに伸びていた。
今考えれば、その理由はより深く理解できる。
オーランドさんの見出しには「なぜいきなり年上にいったのか?」という謎が隠されているのだ。
このようにユーザーのエモーションを掻き立てる謎を見つけ、見出しから匂わせれば、思わずクリックしたくなるはず。
この意識を持ち始めると、結果はすぐに現れた。
「蒼ちゃん先輩、最近調子いいっすね。さっき芸能ページからもらった、モモンガ諸星が嫌いな芸人を告白した記事、トップページでも調子いいっすよ」
「本当ですか、良かった」
「こりゃトップページやる日も近いんじゃないすかー?」
こうおだてるオーランドさんだが、私はいまだ歴然とした実力差を感じる。
おそらくポケニューで得た芸能人に関する知識と謎への嗅覚が、彼にはある。
国内や芸能のページで数字を残せるようになったからこそ、彼や中村さんの優秀さが一層わかった。
ただ、人を羨んでいても仕方ない。
やるべきことをやろう。
気合いを入れ直すためコーヒーでも淹れようと、給湯室に向かう。その道すがら、会議室の中から聞き慣れた声が響いてきた。
玉木さんと中村さんだ。
「職場の雰囲気も悪くなるからさ……もう大人になれよ」
「……まるで僕が悪いみたいに言いますね」
そういえば、玉木さんと中村さんの不仲説、すっかり忘れていた。
何の話かはわからないが、会議室の中は明らかに緊迫している。やはりこの2人、何かあるのか……?
「いや悪いなんて……そんなつもりはないって」
「言っておきますけど、僕はまだ許してないですからね」
「もういいだろ……何回も謝っただろ俺」
ヒートアップしていく2人に、私はドキドキしながらも聞き耳を立て続ける。
「そんなに言うなら、どっちが悪いかポケニューのヤツらに聞いてみようか。この際だ、蒼井たちにも知ってもらえばいいだろ、おまえがどういう人間か。そもそも俺は内緒にしていること自体、気持ち悪いんだよ」
「それは……僕にも立場がありますから」
この辺りで、ひとつの憶測が私の中で芽生える。
この2人、もしかして……。
いやまさか、玉木さんと中村さんに限ってそんなこと……。
だが、その瞬間は唐突に訪れた。
決定的な言葉が、玉木さんから発せられた。
「おまえの愛は、立場を守る為なら隠してもいいもんなのか? 俺は違うぞ」
「……っ!」
「そんなことないです……僕だって愛してますよ! でも、それとこれとは……」
「エ、エモーション……ッ!」
まるで稲妻に貫かれたかのよう。全身にシビれが走った。
あまりの出来事を前に、私はその場から逃げ出してしまった。そして真っ先に、オーランドの元へ駆け寄る。
「あ、あわわわ……」
「ど、どうしたんすか蒼ちゃん先輩」
「い、いま玉木さんと中村さんが……っ!」
ここまで言ったところで、わずかに平静さを取り戻る。
そして良心が訴える。
衝撃的な玉木さんと中村さんの関係、他人が口外していいものではない。
「いえ、すみません……何でもないです」
「何でもない人が、あわわとは言わないと思うんすけど……」
必死にごまかす私に、オーランドさんは大いに困惑していた。
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