第9話 謎多き上司たち

「玉木さんと中村さんが対立?」


 この目で見てしまった光景を、私は翌日オーランドさんに話した。

 玉木さんと中村さんの、不自然な距離感。玉木さんはあからさまに中村さんを避けていたのだ。


 オーランドさんはもちろん私よりも2人との関係は長い。

 彼は「うーん……」と困惑する。


「珍しいっすね。いつもは仲良しというか、いいコンビなのに」


 玉木さんと中村さんは業務上の会話だけでなく、普段からスポーツの話などで盛り上がっている。

 また中村さんは先月私に、玉木さんへの恩義についても語っていた。


 私から見れば彼らは、理想的といえる上司部下の関係だったはずだ。


「そもそも、中村さんが怒るのって相当珍しいですよね、おそらく」

「僕は見たことないっすねぇ。玉木さんだって感情を表に出す人じゃないでしょう。嫌味とか皮肉は言いますけど」


 2年勤めているオーランドさんですら経験がないという。それはつまり、この職場内ではけっこうな事件と言えるだろう。


「でも2人も大人なんで、僕らが気にしなくていいんじゃないすか?」


 オーランドさんは安穏とした見解を述べる。

 だが、どうにも胸騒ぎがした。


「2人とも仕事にこだわりを持ってますし、もしかしたらその中で意見の対立があったのかも……」

「それはまぁ、なくはないっすね」

「もし解決できずどちらかが辞めたりしたら大変です。私、ちょっと調べてみます」


 オーランドさんは「えっ」と驚嘆の声を上げた。お互いディスプレイを見つめ作業をしながら会話してきたが、すかさず彼は丸い目を向ける。


「いや、そんな大したことじゃないと思いますよ」

「私、疑問があれば解決せずにはいられない性格なので」

「そ、そうすか……芸能ニュースがなんで伸びるのか、って考え出した時も、そんなこと言ってましたね。答えは出たんですか?」

「そちらは一度忘れます。今は玉木さんたちの方から解決しないと」

「優先すべきなのは芸能ニュースの方だと思いますけど……」

「オーランドさんも手伝ってくださいね」

「えっ」


 乗り気でないオーランドさんを尻目に、私は使命感に燃えていた。


 ****


 まさか本人たちから対立の原因を聞けるわけにもいかない。

 そこで私たちはまず、玉木さんと中村さんに関する情報の収集を始めた。


 私はポケニューで働く他の同僚から、人脈のあるオーランドは他の部署から、あくまで世間話の延長として探る。

 2人の個人的な情報や、諍いのタネになり得る出来事があったかどうか。

 オーランドさんとは密に連絡を取り合い、カフェテリアなどで情報共有する。


 探り始めて1週間が経った。

 遅番の私とオーランドさんは出勤する前に情報共有しようと、昼下がりの会社のカフェテリアに集合した。


「どうせなら居酒屋とかでやりません? 僕、蒼ちゃん先輩と飲みたいな〜」

「ダメですよ、真剣にやってるんですから。それに遅番の退勤時間だと、終電まで1時間も飲めないじゃないですか」

「僕はオールでも良いですよ?」

「そんなバイタリティはもうないです」

「え〜、数ヶ月前まで大学生だったのに〜?」


 雑談の流れを強引に止め、本題に入る。


「僕らの上司、謎が多いっすね。元カノ今カノ情報くらいは出てくると思ったのに」

「言っておきますけど、そういうのが知りたいわけじゃないですからね」

「いやいや、もしかしたら痴情のもつれかもしれないじゃないですか」

「えー、うーん……」


 現状、2人に関する有益な情報はゼロに等しい。分かったことといえば趣味や出身地など、表面的な情報ばかり。

 人付き合いの多くない玉木さんと、無闇にパーソナルな情報を漏らさない中村さん。両者とも強敵だ。


「みんな共通して知ってるのは、2人ともスポーツ好きってことくらいですね。特に玉木さんはプロ野球。そして中村さんは海外サッカー。大学時代にイングランドへ留学して、ハマったみたいです」


 そこでオーランドさんは「そういえば……」と呟く。


「玉木さんと中村さんがサッカーの話してるのは、見たことないなぁ」

「そうなんですか? 野球の話はよくしてますけど」

「ですよね。確か去年、2人で球場まで観戦にも行ったらしいっすよ。サッカーに関して、そういうのは記憶にないなぁ」

「玉木さんはあんまり知らないんじゃないですか?」

「でもあの人、スポーツ全般の知識すごいんですよ。格闘技とかモータースポーツまで。なのにサッカーのことだけ知らないって……」


 その時、私のスマホのアラームが鳴る。

 時刻は13時50分、遅番出勤の10分前だ。

 オーランドさんとそろってエレベーターに乗り、ポケニューが入っているフロアで降りる。


「これが限界ですって、蒼ちゃん先輩。これ以上知りたければもう本人たちから聞くしかないですよ。だから止めましょ、こんなスパイみたいなこと」

「ダメです。ここまで来たら、徹底追及しなきゃ気が済みません」

「そんなこと言って、本当は楽しんでるんでしょ、謎解き感覚で」

「……ちょっとだけ」


 日常に潜む謎。

 これほど楽しいものはない。

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