第8話 不思議な不思議な芸能ニュース

「えっと、オーランドさんから芸能ネタの選び方を学んでこいって、玉木さんに言われたんですけど……」


 止めなければオーランドさんは息絶えるまで話し続けていそうだったので、一度強引に話題を戻した。

 するとオーランドさんは「えへへ〜?」と顔をふにゃりと弛緩させる。


「いやいや、僕そんな大したことないですよ〜マジで。でもじゃあ僕は気になることあったら何でも聞いてくださいな〜」


 そう言ってオーランドさんはパソコンに向かった。

 しかしものの10分ほどでまたも周囲の同僚らと会話する。それを延々と繰り返していた。


 ただ、ひとたびオーランドさんの運用するトップページを見れば納得してしまう。

 オーランドさんがチョイスした記事、特に芸能ネタは、ほぼ百発百中でヒットしていた。


 芸人の最高月収、アイドルの本名、俳優が見かけた迷惑なファンなど。

 はっきり言って私たちの生活には関わりのない、どうでもいい内容だ。それでもPV数はぐんぐんと伸びているのだから、ポケニューのユーザーはこのようなネタを求めているのだ。


 だが、私が芸能ページに掲載した記事が思うように伸びてくれないのは、なぜか。

 私の選んだ記事と、オーランドさんの選んだ記事。内容的には正直、大差ないように感じる。


 例えば姫宮麗華の不倫に関する記事。


・香山リズが不倫騒動の姫宮に批判

・俳優の宇田川が姫宮騒動に苦言


 前者が私で、後者がオーランドさん。見出しも似ている。

 だがPV数は桁違いで後者の方が圧倒的に伸びていた。一体何が違うというのか。


「記事の主人公が誰で、世間にどう見られている人か、理解するのが大事なんすよ」


 率直に尋ねてみると、オーランドさんは考える素振りさえ見せずに即答する。


「香山って人は、ワイドショーとかSNSで誰彼構わず攻撃してるじゃないすか。そういう人の意見ってスルーされやすいんです。対して宇田川は俳優としての確かな地位があって、なおかつ露出が少なくてSNSもやってない、いわゆるレアキャラなんです。だからこういう騒動に言及すること自体が貴重なので、伸びるんすよ」

「な、なるほど……」

「あと、蒼ちゃん先輩が上げたこの記事も、ちょっと気になりますね」


 梅原 元ミス慶成女性と結婚か


 彼が目をつけたのはこの記事。

 梅原とは30代後半の俳優である。


「記事のチョイスは良いんすけど、見出しを変えればもっと伸びますよ。僕ならこうしますね〜」


 梅原 40歳元ミス慶成と結婚か


 こう、言われた通り書き直す。

 相手の年齢を加えただけで変わるのだろうか。と、そんな私の疑問をあざ笑うように、PV数は格段に上昇していく。私は言葉を失った。


「な、なんでこんなに差が……」

「梅原って、今までいくつも浮き名を流してきましたよね。でも噂されてきたアイドルとかタレントって、全員20代前半なんです。だから一部では梅ロリとか言われてて。それがいきなり年上にいったら、みんな驚くじゃないですか」

「はぁー……」


 つい感心が声となって漏れてしまった。

 記事のチョイスやタイトルの1文字にさえ、オーランドさんは意味を与えているのだ。玉木さんや中村さんが高く買っているのも頷ける。


「オーランドさんって、ただのチャラい人じゃないんですねぇ」

「そんな風に思われてたんですね、僕……評価改めてもらえて良かったっす」

「やっぱりテレビとかよく見るんですか?」

「いや、あんまりっす。芸能に関する知識は、ほとんどココとかネットで得てます」

「え、意外。テレビっ子なのかと……オーランドさんって、なんでココでバイトを?」


 何気ない質問に、オーランドさんは目を輝かせた。


「ネットニュースって存在そのものが好きなんすよ。正直どうでもいいじゃないですか、芸能人の不倫とか年収とか。でも人々はクリックして金を生んでいる。不思議っすよね」

「確かに。変なところに目をつけますね」

「それとIT企業でバイトって、モテそうじゃないですか」

「…………」


 芸能ニュースは、どうでもいい。

 玉木さんも言い、中村さんも否定しなかった。ポケニューにおいて、おおよそ有能な人はみんなそう思っているようだ。


 しかし私にはいまだに違和感がある。

 本当にどうでもいいのなら、なぜ芸能ネタは普遍的に数字が取れるのだろうか。


「これなんてまさに、どうでもいいのに数字が取れる典型的な記事ですね」


 オーランドさんが見せてきたのは、有名俳優である桜庭祐樹と葉山正高の二人が、いわゆる共演NGなのではないか、との憶測を記したゴシップ記事だ。


「共演NGネタ、みんな好きっよね。誰が仲良いとか悪いとか、マジどうでもい〜のに」

「うーん……」


 芸能ネタのどこに、エモーションはあるのだろう?


 ****


 ひとつ疑問が生まれると、解決するまでそればかり考えてしまうのは私の悪い癖。というのは表向きで、実際はそういうところが好きだったりする。要は考える時間が好きなのだ。


 昼食後も私は社内のカフェで、ポケニューの芸能ページとにらめっこしていた。そこへ偶然通りかかったのは玉木さんだ。


「なんだ蒼井、おまえ休憩時間も仕事してるのか」

「ええ、まあ」

「言っておくが、そんな勤勉な姿を見せられてもおまえへの評価には一切響かないからな。残念だったな」


 一度の会話につきひとつ嫌味を言わないと生きていけないのだろうか、この人は。


「芸能ネタのツボというか、感覚が掴めないのが悔しいんですよ」


 いい機会なので、彼にも尋ねてみた。

 なぜ芸能記事には一定の需要があるのか。エモーションは一体どこにあるのか。本当に「どうでもいい」のか。


「芸能ページやってても、結局は頭ガチガチなのかおまえは」


 玉木さんは呆れるように笑うものの、疑問については一通り真面目に聞き、考えてくれるようだ。

 無造作に頭を掻くと、こんな質問をしてきた。


「なぁ蒼井、この業界における、魅力的な芸能人の一番の条件って何だと思う?」

「え、何だろう……オーラとか?」

「そんな抽象的なもんじゃない。俺が思うに……」


 不自然なところで言葉が途切れる。

 見れば玉木さんの目線はよそを向き、顔を引きつらせていた。目線の先にいたのは中村さんだ。


「……どうしたんですか?」

「いや、別に……それで何だっけ。忘れちった、いいやもう」


 玉木さんは席を立ち、そそくさと去っていった。

 問題を出しておいて、勝手に立ち去る所業。自然と口から「えぇ……」と漏れた。


 すると今度は中村さんが声をかけてくる。


「蒼井さん、どうしたの?」

「いや、さっきまで玉木さんがいたんですけど……」


 その名前を出した途端に、中村さんも眉をしかめた。

 その珍しい雰囲気を察してすぐに話題を変えると、元のたわやかな表情に戻る。


 にこやかに、世界に何の疑念も抱いてないような顔を心がけながら中村さんと雑談する。その最中、私の頭にまたひとつ、厄介な疑問が生まれてしまった。


 火を見るよりも明らかに、上司ふたりの様子がおかしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る