第2章 芸能ニュースの9割はどーーーでもいい

第7話 楽しい楽しい芸能ニュース

 ポケットニュースが稼働している時間は、緊急速報が入った時を除けば7時から23時まで。運用側はシフト制になっていて、早番は7時から16時、遅番は14時から23時まで勤務する。


 教育係の中村さんは主に早番である為、私も入社して以来早番に入っていた。

 7時出社なので起床時刻もとびきり早いが、帰りも早く、満員電車にぶつからない利点もある。


 ただ今後の編成によっては遅番に回る場合もある。なので私は数週間、夜のポケニュー運用を体験することになった。

 それには、玉木さんなりの思惑もあるらしい。


「蒼井は、まずその頭の固さをどうにかすべきだ」


 面談にて。

 席につくよりも早く、玉木さんによるむき出しのダメ出しが飛んでくる。


「……それはまあ、昔から言われてきたことですから、否定はしません」

「だろうよ。そしてその開き直りからして、もはや直す気すらないのな」

「玉木さん、パウパウ」


 鳴き声みたいになってますよ、中村さん。


 玉木さんはというと口を尖らせ「なんだよ、褒めたのに」と謎の主張を展開した。

 話題を戻し、私の頭の話に。


「頭が固いとまずいんですか?」

「まずいな。ニュースサイトの運用に必要なのは、時に白になり時に黒になる柔軟さだ。だから遅番の間は、国内ページじゃなく芸能ページを担当しろ」

「芸能ページをやっていると、頭が柔らかくなるんですか?」

「そりゃそうだろ。芸能ニュースの9割はどーーーでもいいんだから」


 これがニュースサイト編集長の発言という事実もさることながら、まともなはずの中村さんによる「それな」とでも言うような含み笑いが、より異常性を物語っている。私は怖いところにきてしまった。


「……じゃあ、芸能ニュースなんて掲載しなくても……」

「そういうわけにもいかないんだよ。エンタメ系はうちの屋台骨だから」


 中村さんがPCで資料を提示しつつ、補足する。


「ニュースサイトによってユーザー層が変わるんだけど、うちはエンタメ系を読みに来る人が多いんだ。今週もアクセス数ランキング10位のうち、6本はエンタメ。トップページの次にアクセスされてるのも芸能ページだしね」

「ちなみに1位は人気アイドルの水瀬夏美がSNSを始めた理由を告白した記事。ファンからの悪口を受け止める為だってさ。いやウソつけよ。鬼の如き承認欲求の爆発が原因ですって、なんで素直に言えないんだろうな」


 ニュースサイトの編集長なのに偏見がすごい。


「つまり、みんなどーでもいい芸能ネタが大好きってことだ」


 玉木さんは前にネットニュースの運用について、議論を生む為だと語った。

 確かに友達や家族との会話でも、気づけば芸能ネタに行き着いていることが多い。だからエンタメ記事が常にアクセス数を稼いでいるという事実は納得できる。


 だがなぜこの人たちは、そんな芸能ネタを「どーでもいい」と評するのか。


「だから蒼井、おまえは来週から遅番で、芸能ニュースの何たるかを学んでこい。運用していればどんなネタがユーザーに好かれるか、体感的に理解できるはずだ。遅番にはオーランドがいるから、あいつに色々聞いてこい」

「歳も近いし、人懐っこいからすぐ仲良くなると思うよ」


 以上で今週の面談は終了した。

 しかし何故か玉木さんと中村さんは座ったままだ。


「僕らはちょっと打ち合わせがあるから、蒼井さんは先に戻ってていいよ」

「……いや、蒼井。別に座ったままでもいいぞ」

「へ?」


 玉木さんによる、まったく意図のわからない呼び止め。どこかおむずかった様子の彼に、私と中村さんは目線を交わし、そろって首を傾げる。


「良いですけど、なんで蒼井さん……」

「いや、なんでもない。行って良いぞ、蒼井」


 要領を得ないまま、玉木さんはマイペースに別の企画の話を始めるのだった。

 何だったのだろう、今の妙な態度は。


 ****


 午後からの出勤という事態があまりに違和感で、遅番初日は起きたそばからソワソワし、家を出るまでもフワフワした時間を過ごし、結局30分も早く出勤してしまった。


 対照的に、ギリギリ遅刻してきたその男性は、私を見つけた途端にこぼれるような笑顔を見せた。


「蒼ちゃん先輩、今日から遅番っすよね。ヨロシクっす!」


 柄シャツとワイドパンツのタックインコーデ、加えてゆるパーマの金髪。いっそ清々しいほど振り切ったチャラさを垂れ流すこの男性こそ、三田オーランドさん。アルバイトの大学生だ。

 授業やゼミの関係から遅番で入ることが多いらしく、ほぼ接点がなかった。


「三田さん、今日からよろしくお願いします」

「オーランドで良いっすよ。年下なんで敬語もいらないっす。気楽にいきやしょう」


 オーランドさんは荷物を置くと、同僚らに旅行のお土産を配り始めた。バイト仲間に玉木さんら社員、果ては別の部署の人にまで渡している。


「え、話したことなかったすか。どうもオーランドっす。お近づきの印にどうぞー」


 ボク宇宙人なんです、とオーランドさんから告げられても、私は納得するだろう。それほど異次元コミュ力を弾けさせていた。


 オーランドさんに、玉木さんや中村さんは一目置いている。それは圧倒的なコミュ力によるものでなく、運用実績の上でトップクラスだからだ。


 社員らと肩を並べ、時に月間トップのPV数を稼ぐ。勤務歴は2年弱にもかかわらず、アルバイトでは唯一、サイトの顔と言えるトップページの運用を任されている。ポケニューに欠かせない戦力なのだ。


 オーランドさんの仕事を観察していれば何かを掴めるかもしれない。コミュ力が高すぎて逆に接しにくいタイプだが、盗めるものは何でも盗まなければ。


 と、そう期待していたのだが、彼は予想以上に曲者であった。


「蒼ちゃん先輩、新桜大なんすね。去年学祭に行きましたけど、キャンパスめちゃくちゃ山の中っすよね。僕、近くにスタバないと絶対無理ですわー。ていうか僕とふたつしか違わないのに、はちゃめちゃに落ち着いてますねー蒼ちゃん先輩」


 猛烈に愛嬌を振りまくオーランドさん。

 大学時代でもほぼ接点のなかったタイプに、私は若干気圧されていた。悪い意味で頭がふにゃふにゃになってしまいそうだ。


 玉木さん、中村さん、私はこの人から一体何を学べば良いのでしょうか。

 ていうかなんでこんな人が、トップクラスの成績を叩き出しているのでしょうか。


 オーランドさんワールドに引き込まれ、私はただただ困惑する他なかった。

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