第4話 信長の同級生、爆誕

 運用を始めて半月ほど。

 私は大きなヒット記事を生み出すどころか、毎時または毎日の目標PV数にも達していない。


 記事を上げては伸びずに下げる、という行為を繰り返していると、まるでユーザーに「おまえにはセンスがない」と告げられている気分になる。


 理想と現実の乖離が目に見えて広がっていくほど、モチベーションは低下する。そしてモチベーションが低下するほど、集中力は散漫になる。


 私はついには、とんでもないミスをしてしまった。


 ポン、と社内チャットのポップアップが表示される。校閲チームからの連絡だ。


 校閲チームは私たちのリタイトルなどのミスをチェックし指摘してくれる部署の方々である。

 ありがたいのだが、そこから持ち込まれる報告がポジティブなものであった試しがないと、編集部内では密かに囁かれている。


「国内ページに掲載されている放火事件の見出しですが、犯人の年齢に誤りがあります。至急修正お願いします」


 私がリタイトルし掲載した記事である。

 不安感が増幅する中、恐る恐る確認する。


 寺に放火 487歳無職の男を逮捕


 身の毛もよだつ、とはこのことだ。

 48歳と打ったはずが、誤って隣の「7」も押してしまったようだ。結果、凄まじく長寿の放火犯が誕生。それに気付かないまま20分ほど掲載していた。


 慌ててタイトルを修正。

 しかし時すでに遅く、二次被害は今も拡大していた。


『487歳の無職w』

『織田信長と同い年で草』

『信長は寺燃やしても英雄、こいつは寺燃やした無職。どこで差がついたのか』


 たった20分の間にスクショまで撮られていたらしい。私のミスは掲示板やSNSで拡散され、あっという間にネットのおもちゃになっていた。

 編集部内も徐々にザワつきだす。


「ごめん蒼井さん、気付かなかった……」


 隣の席の中村さんが、顔を引きつらせながら謝る。私は精一杯、冷静ぶった声で「いえ……私のミスです」と返すしかなかった。


 これは疑う余地もない、私の過失だ。

 中村さんにはトップページの運用という最重要の仕事がある。校閲チームだって、ユーザーが最も集まるトップページのチェックを優先している。

 みんな私にばかり気を配ってはいられないのだ。


 私のせい、私の責任。

 自然と玉木さんのデスクに向かっていた。

 見ればディスプレイには苦情らしきメールが表示されており、玉木さんはそれに対応している最中だった。


「あの……すみませんでした」

「ああ、うん」


 玉木さんは目も見ずに、こんな気の無い返事をする。


「あの、どうしたらいいですか。謝罪文とか……あ、そのメール、私が対応……」

「いやいらんよ。これは俺の仕事だ。謝罪文もいらん。どうせすぐ収束するから」

「でも、私のせいで……」

「蒼井くん」


 私の言葉を遮ると、玉木さんは手を止め、そこで初めて目を合わせる。


「罪滅ぼしがしたいと思うのは結構だけど、今の君にできることはないよ」

「……はい」


 視界がぐらついて、自分のデスクに戻る足取りすらおぼつかない。


 すべて見透かされていた。

 玉木さんの言葉は、紛れもない正論だ。


 私のミスにもかかわらず、批判や嘲笑が向けられる先はポケニューそのもの。

 新卒の私が足を引っ張った。その事実が私には耐えられなかったのだ。


 そんな気持ちなど手に取るようにわかったのだろう。玉木さんは安易な罪滅ぼしでの救済を許さなかった。


 社会のためになるニュースで、この場所から世界を変えたい。

 そんな野望とは正反対の事態を巻き起こした。誤った情報で世間を混乱させ、加害者を笑い者にしてしまった。


 今の私は社会のためにもならず、この職場の役にさえ立たない人間なのだ。


 ****


 同級生のチャットグループが盛り上がるのは、たいてい夜の6時から8時。みな帰りの電車内のヒマつぶしとして活用しているのだろう。


『そういや今日、ポケニュー話題になってたねー』

『信長の同級生でしょ笑 仕事中に見て笑ったわ』

『奇跡的すぎるでしょあのミスw 花の同僚がやったの?』

『あれ、私のミスなんよ』


 数分の不自然な間を経て、「ドンマイ」といった趣旨のスタンプが連投される。そして何事もなかったかのようにドラマの話題に移っていった。


 今度は母親からメッセージが飛んでくる。


『陶芸教室のみんなとポケニュー見てたんだけどさ、みんな一斉にスマホが故障することってあるのかな。放火犯の年齢が487歳になってたの。まさかハッキングってやつ?』


 返答する気力がなく、こちらはひとまずスルーした。


 自宅に到着すると、毒針を打たれたかの如く体が弛緩していく。

 風呂のスイッチを押したのち、身を投げるようにベッドに横たわる。流水音をかすかに耳にしながら、眠らないよう薄目を開き活動停止。


 部屋を植物園にしたい、との思いで少しずつ増やそうと誓ったフェイクグリーンは、まるで刈り残しのように寂しく壁から垂れ下がっていた。


 よせば良いのに手持ち無沙汰の私は、スマホでエゴサを始めてしまう。

「放火」「487歳」「信長」検索すればするほど苦しむとわかっていて、なぜ続けているのか。


『しょせんネットニュースなんて、こんなもんだよな』


 ひどく抽象的な批判的投稿。

 だが効果は十分だ。


 これまでどんなに記事が伸びなくても、玉木さんに皮肉を言われても、気丈に振る舞ってきたつもりだった。


 しかし今はっきりと、心が折れる音が聞こえた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る