第3話 世界を少しだけ変えた16文字
ポケニューの運用業務において最も辛いのは、運用者の実力が残酷なまでに数値化されてしまうことだ。
掲載した記事は分単位でPV数が表示され、伸び悩んでいる記事はすぐにでも下げる必要がある。速報が入れば一刻も早く掲載しなければならない。
ページは常に流動的に動かす必要があり、運用中は一切気が抜けないのだ。
そうして毎時間、ページごとの総PV数を集計する。
ここで力量が明確に示される、というわけだ。
ユーザーは正直だ。興味のない記事を読むヒマはない。
1時間で数十回しかクリックされない記事もあれば、たった1本の記事が爆発的な反響を呼び、あげくSNSなどで拡散されることで100万を超えるPV数を記録する場合もある。
そういう実績を聞くと、この場所から世界を変えるのも夢ではないと思える。
「中村さんは常に安定して数字を取ってますよね。1日に掲載する記事の本数も、編集部で一番多いですし。やっぱり、センスなんですかね」
休憩時間、社内のカフェテリアで中村さんとランチ中。
運用の極意を聞き出してみる。
ポケニューは二次メディアの中では比較的有名なサイトだが、それでも大きなトピックがない時期はPV数も落ち込む。
定期的な繁忙期があるわけでなく、世間の注目を集める事態、良し悪しにかかわらぬ非日常の発生によって収益も左右される。皮肉な業界だ。
そんな中で中村さんは、たとえこれといった話題がない日でも、安定して優秀な成績を収めている。
ユーザーの興味を引く記事選びとリタイトルができている証拠だ。
「いやいや、僕はセンスないよ」
しかし中村さんはそう言って、ひたすらサラダを食べていた。
ベジファーストを心がけているのか、一緒に注文したカレーには目もくれない。箸の持ち方が若干怪しいのが、ちょっと可愛い。
ただ発言には納得いかず首をかしげるも、彼はさらにこんなことを言い出す。
「僕は、つまらない人間だからなぁ」
「ええ、何ですかそれ。そんなことないでしょう」
即座に否定しても、彼は「はは」と笑うだけ。本気でそう思っているようだ。
「僕もここに入ったばかりの頃は苦戦したよ。ユーザーの気持ちがまるでわからなくて。ああ、僕って世間とズレてるんだなぁと思って落ち込んだよ」
「それわかります。私、今まさにです」
素直に告げると、中村さんは「やっぱり」と言って笑う。
「僕の場合はとにかく記事を上げ続けて、伸びる記事と伸びない記事の情報をインプットして、やっとうまくいくようになったね。そこに行き着くまで半年かかったよ。センスあるっていうのは、そこを1ヶ月足らずでバシッと合わせちゃう人だと思うな。オーランドとか」
「あー……あの人はなんか、わかります」
「でしょ。そもそも掲載本数が多いのは、けして良いことじゃないからね。伸びなくて下ろした記事がたくさんあるってことだから。本数は少なくても1本1本確実に数字を残す方が効率的でカッコいいと、僕は思うな。玉木さんみたいに」
玉木さんは編集長という立場もあるので現場で運用する機会は多くない。
それでもひとたび運用に入れば、他の人よりも頭ひとつ抜けた成績を記録する。
クセは強いが……というよりクセが強いおかげなのか、名実ともにポケニューのトップなのだ。
「玉木さんのリタイトルにはユーモアがあるからなぁ。あれもセンスだね」
「ユーモア、あるんですか……あの人に?」
私と相対する際には、一片も見られない。
「あの人がバスらせた記事はいくつもあるけど……これなんか玉木さんのタイトルセンスのおかげで拡散されたからね」
中村さんはスマホで、ひとつの記事を掲げて見せた。
地方のとある河川敷にウシガエルが大量発生、という内容。被害状況や大量発生の原因が淡々と記述され、最後には駆除に向けた対策案で締められている。
一見しただけではユーモアの欠片もないレポ記事だ。
「これ、蒼井さんならどうリタイトルする?」
「ええと……『ウシガエル大量発生 原因は気候?』とかですかね」
「そうだね。僕もたぶん、そんなアプローチになると思う。対して、我らがボスの考えたタイトルはこちら」
ウシガエル大量発生 鶏肉に近い味
「ええぇ食べるのっ?」
「常軌を逸してるよね。ほんと異次元のセンスだよ」
確かに記事の終盤、食用に加工するという対策や味の描写が書かれている。私は初見時、その段落は見出しには不必要と考え、読んだそばから頭から消していた。
「ちなみにこれが、掲載後のSNSの反応」
『食う気マンマンじゃねえかw』『食に貪欲w でも一番良い対策かもね』『たった一文で明確な解決策を匂わせる完璧な見出し』
「大好評ですね……」
一部「気持ち悪い」などの声もあるが、大多数はポジティブな意見だ。
「でもこの見出し、PV数は取れたのでしょうけど……論点がズレているというか、なんというか……良いんですかね?」
「うん、言いたいことわかるよ。タイトルと記事内容のテンションに差があって、いわゆるタイトル詐欺っぽくなってるのが気になるんだよね」
私の中の違和感を、中村さんが見事に言語化してくれた。
良い反響もあって数字も取れ、ポケニューとしては概ね成功。しかしそのフェアじゃない感じが、どうにも気持ち良くないのだ。
「でもこの記事が拡散されて世間に知れ渡ったことで、この町はカエル食で町おこしする計画を立てて、それも好評だったらしいよ」
「そ、そうなんですか……すごい」
「このひとつのタイトルから、すべてが良い方に働いたわけだ。正しくない方法だったかもしれないけど、結果として良い影響が生まれた。正しくなさも時には必要なのかもって、考えさせられるよね」
正しくなさ。
私には少し難しい言葉だ。
それがどうしても、利己的な行動を取る為の詭弁のように聞こえてしまう。だって正しい方が絶対に良いじゃないか。
しかし玉木さんは正しくない方法で、世界をほんの少しだけ良くした。
そしてそれを否定する私が掲載した記事は、そもそも世界に届いていない。
世界にとって「正しい」のは、どちらか。
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