冒涜的変身解除

今日の課題【変身ヒーロー】

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「開け、トラペゾヘドロンのはこ!」

ポケットの中から取り出した小箱。

その蓋を開き、私は中身を光の下にさらした。


小箱の中に入っているのは赤い線が刻まれた漆黒の多面体結晶。

それこそが私と《闇をさまようもの》の契約の証。

私を人の身に留める加護の宿った宝石。


トラペゾヘドロンは暗闇の中でのみ真の力を発揮するアーティファクトだ。

それを暗闇に封じることで、《闇をさまようもの》の力が私にかけられた呪いを抑えてくれている。

小箱の蓋を開け光を当てることは、その呪いが体をむしばむことを意味する。


私の体が変質していく。

人ならざる生物へと変わりゆく。


いや、私は本来なら人間ではないのだ。

トラペゾヘドロンが作るまやかしが私を人の形に押しとどめてくれるおかげで、社会に溶け込んで暮らせているだけの冒涜的な怪物なのだ。


爪は獣のように鋭く、八重歯は肉を貪る牙へと変わる。

顔は犬のように前へと突き出し、皮膚はゴムのように張っていく。


屍食鬼グーラ。死肉を漁る不浄なる化け物。それが私の本性なのだ。


私は生まれてすぐに人間の赤子と取り換えられた屍食鬼グーラの仔。

怪物としての自覚なくこれまで暮らしていたのが2年前に体が変異し始めた。

奇妙な爪の伸びや歯のとがり方をいぶかしんで、資料を漁った私が自分が人間ではなくおぞましい生き物なのだと気づくのにそう時間はかからなかった。


今までの人生を覆すような事実に発狂しそうになった私の元へ現れたのが《闇をさまようもの》だった。


「契約をしようじゃないか」


《闇をさまようもの》は私を人の間で暮らせるように体の変異を抑えるためのトラペゾヘドロンを渡してきた。

小箱に収めて持ち歩く限り、私の体は人間のままでいられる。

しかし、小箱の蓋を開ければ本質であるおぞましい化け物へと立ちどころに変異する。


小箱の貸与条件は《闇をさまようもの》の駒として働くこと。

与えられた使命は同族狩り。

《闇をさまようもの》と敵対する勢力の傘下にいる食屍鬼グールどもを殺すこと。


《闇をさまようもの》に指示され、現代社会に潜伏する食屍鬼グールと戦い殺すことで、私は私を人たらしめる宝玉を貸与されるのだ。


人であるために、私は人ならざる姿と化して同族を狩る。


目の前にある廃トンネルの中には食屍鬼グールの群れがいるという。

私は《闇をさまようもの》の代行者としてそいつらを殺し屍を貪りに行くのだ。

ああ、本当はそんなことしたくない。でもこの気持ちの悪い仕事をこなさなければ私はヒトではいられないのだ。


完全に体が化け物のそれに成った…いや「戻った」のを確認して私は廃トンネルへカチコミをかける。

相手は集団だがこちらにはくそったれな神様のご加護がある。

ゴムめいた皮膚の上に黒い痣が走り、その中を赤い線が光りうごめく。


変身の第二段階。

私の肉体が屍食鬼グーラのそれから更に変化する。

蝙蝠のような黒い翼と額に赤く輝く第三の眼。

《闇をさまようもの》の代行者たる異形の体躯。


敵襲に気づいて襲い掛かる食屍鬼グール3頭を、赤黒い線で縁取られた爪が瞬く間に引き裂いた。

さあ、雇い主の情報によればこの廃トンネルの群れは全部で20頭。

残りは17頭か。


殺した食屍鬼グールの固い皮を貪り、残る戦闘にむけて栄養を補給しながら私は呟く。



「はあ、早く帰ってシャワー浴びたいな」

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