アフタヌーンティー・ディストピア

お題【ディストピア】をテーマにした小説を1時間で完成させる。

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第6セタ・管理都市ネアデルサ

上級市民アヴァンセ居住区。

本来なら中級市民シェネラルの僕ごときでは立ち入りすら許可されない。


僕がここに居られる理由は上級市民アヴァンセ様によって呼び出されたからだ。

懲罰…ということはないだろう。

それならばわざわざ居住区に招く理由がない。


心当たりはないでもない。

秘密結社ヘンメリの噂は聞いたことがある。

上級市民アヴァンセの人間が管理AIの目を逃れて、中級市民シェネラルを集めて組織する集団。

目的は結社ごとに様々だ。

管理AIへの反逆。超能力の訓練。管理都市からの脱却。


わざわざ上級市民アヴァンセの個室で直接話すのは、つまり他の市民や管理AIの中級市民シェネラル監視ネットワークを避けての話と言うことで、やはり噂の通り上級市民アヴァンセの中にそう言った組織を作る人がいて、僕の普段の行動の「何か」が組織の目的にかなうものだったのだろう。


「入りたまえ。中級市民シェネラル。」


部屋の中からスピーカ越しの声が聞こえ個室の扉が開く。


例え気に入らない組織であろうと、上級市民アヴァンセに逆らえるわけがない。

密告しようにも、誰が中級市民シェネラルの戯言を聞くだろう?

管理AIも自身の選定した上級市民アヴァンセの背任と中級市民シェネラルが嘘をついている可能性とを天秤にかければ当然、中級市民シェネラルの言うことなど耳を貸さずに処分するだろう。


この扉の先にいる上級市民アヴァンセ様がどのような人物なのか…

怖がりながら僕は扉をくぐる。


迎えてくれたのは、青い髪の女性だった。

「やあやあ、ご機嫌よう。中級市民シェネラル。名前はあるかな?」

「ありません、上級市民アヴァンセ様。識別コードはJHW-221-Bです」


「そうか。ならば名前を与えよう。221-B。これから私は君をジョンと呼ぶ。仲間にもそう伝えておく。君を221-Bでなくジョンと呼ぶものがいればそれは私たちと同じ秘密結社ヘンメリの者だ。理解できるか?」


「はい。私の識別コードはこれからも221-Bですが、結社の中ではジョン。理解できます」


「よろしい。私の名前はシャーロット。結社における君の直属の上司となる者だ。」


「はい。理解しました。」


「よし、では私たちの秘密結社ヘンメリについて伝えよう。お茶会ティーパーティへ、ようこそ」


お茶会ティーパーティ

一体、いかなる結社なのか。ゴクリと僕は喉を鳴らす。



「秘密結社ティーパーティの活動目的は『アフタヌーンティーの普及』だ」


「アフ…失礼ながら、存じ上げません。それはいかなるものなのでしょうか?」


「旧世界での風習さ。紅茶と呼ばれる嗜好飲料と共に食事を楽しむ」


上級市民アヴァンセシャーロット、失礼ながら食事を楽しむとはどういうことでしょうか? 食事とは管理AIへの奉仕活動のためのエネルギーを養うものであって、楽しみを得られるものではありません。日々の支給食品はどれも変わらない見た目であり、そこに差はありません」


「本当に差はないのかね? 中級市民シェネラルジョン」


「差は…差はあります」


僕にはその差がわかる。


「管理AIの毎日の支給食品を口にした時…異なる感覚があります。私には形容する言葉が与えられていませんが」


「やはり、見立て通りだった。私は監視ネットワークに目を走らせてを持った個体を探していたのさ」


味覚?


「規格化市民からは失われた旧世界人の第五感覚。食事の差異を知ることができる知覚機能。先祖帰りとして、あるいは突然変異の遺伝子異常として君や私が得ている感覚のことだよ」


ずっと覚えていた違和感。

他の中級市民シェネラルには分からない毎日の食事の差異。

隠してきた自分の感覚異常の正体。

それが味覚…。


「私たちの目的はね、味覚保持者を集めて、味の感覚を共有することにある。他の人間には分からない、食事の差異について語り合える仲間を探している。君には味覚がある。だが、語彙がない。これから私と共に週末は午後の紅茶を楽しむんだ。そして、味覚の名前を覚えるのが君の最初の課題だよ」


そう言って上級市民アヴァンセシャーロットは透き通った赤みがかった液体をカップに注ぐ。

そして四角い塊を溶かし、僕の方へと差し伸べた。


「これが『甘い』という味だよ」

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