アリス&スイートポテト

【百合】をテーマにした小説を1時間で完成させる。

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 産業革命によって蒸気機関が発達し、人類の科学技術は飛躍的な成長を遂げた。

しかし、その代償として空は分厚く黒い雲によって閉ざされ、栄華を極めた輝かしい帝都倫敦も今では排瓦斯はいガスに太陽の光を遮られた魔都と化している。

白い蒸気と黒い瓦斯ガスの混ざった灰色の霧が街を覆い隠し、その陰に隠れて切り裂き魔や怪しげな紳士倶楽部が暗躍する魔都、それがこの街、倫敦ロンドン


そんな魔都の裏道にお腹を空かせた少女が1人。

輝く碧い瞳に流れるような長い金色の髪。それを飾る大きな黒いリボン。青空のような水色のエプロンドレス。彼女の名前はアリス。

魔都倫敦に住む女学生だ。


お腹を空かせているといっても彼女は別に日々を生きる糧にすら不足している貧民層というわけではない。むしろ良家の子女として教育を受け、十分な量の小遣いを親からもらっている。


ならばなぜ、お腹を空かせているのか?

彼女はちょっとした美食家であり、食べ物に関しては少しばかり五月蝿い。

この辺りの通りで時折出没するとある焼き芋屋を探しているのだった。とはいえ一向に焼き芋屋に巡りあう気配もなく、そろそろ家に帰ろうかと思った頃灰色の霧の向こう側から彼女のよく知った声が聞こえてくる。 

声の主は学級の中でも飛び抜けて仲のいい親友のブラウニーだ。


「アリス、お探しの焼き芋屋さんは見つかった?」


水色の補色になる橙色のエプロンドレスにボブカットの茶髪。背格好はアリスに劣るけれど理知的な光の宿った茶色い瞳が物語るように、頭の出来は彼女のほうが少々優秀だ。


「さっぱり全然。あなた、ここで焼き芋屋を見たって言ったのに。一向に現れないなんて、おかしいじゃない」

アリスの言葉にブラウニーは首を振った。

「あら、私は見たなんて言ってないわ。この通りで声を聞いたってだけだもの」


「そういう屁理屈が聞きたいんじゃないの」


「どうする?今日はもうお開きにする?」


「ちょうど、私もそう考えてたところ。次はまた他の噂を頼りに探してみましょう」


そう言いあう二人の耳に、突然お互いの声以外の音が入ってきた。


蒸気機関の汽笛特有の高く響く音。

それは灰色の霧が目隠ししてくる魔都の中では他の蒸気機関に紛れてしまい分からなかっただろう。

しかし彼女たちの耳にははっきりと届いた。その汽笛に続く焼き芋屋の宣伝が。


いーしやーきいも。やーきいもー。


「ほら私の言ったとおりじゃない!」

ブラウニーが叫ぶ。


「わかった、わかったから!逃さないうちに追いかけましょう!」

アリスも叫び、二人は焼き芋屋の声を頼りに霧に包まれた魔都倫敦の細い通りへと駆け込んで行った。


2人が探しているのは妖精の焼き芋屋台。

ブラウニーはアリスの屋敷で彼女と妖精の焼き芋屋の話をしたときのことを思い出す。


「妖精の焼き芋屋さんは、倫敦の美食家達の間で噂されている焼き甘藷の移動屋台なの。焼いた石の中に放られたというのに水分が飛ばずしっとりとした柔らかい実。そして何より、その極限の甘さは蜜となって甘藷サツマイモ全体を包んでいる。それはもう人間に作れるレベルを超えた妖精の御業! ああ、想像するだけでもう口の中がとろけてしまいそう!」


アリスの語りに引きこまれブラウニーも妖精の焼き芋屋に魅了されてしまった。


「その素晴らしい味と神出鬼没でなかなか捕まえられない希少性から妖精の名前で呼ばれるようになったの。どう素晴らしいでしょ! 倫敦中の美食家たちが妖精の焼き芋屋さんを求めているの。金銭価値にして2シリングと6ペンスといったところかしら」


お金の話が出てブラウニーの頭は一気に冷静さを取り戻した。お金持ちのアリスと違い、下宿にひとり暮らしのブラウニーにとって2シリングと6ペンスは頭がおかしい数字といってもいい。


彼女の一週間の食費が4シリングであり、その半分を超える価値が焼き芋1つにあるだなんてとてもじゃないが信じられなかった。


呆然とするブラウニーにアリスが提案する。


「ねえ、ブラウニー。あなたが裏道で聞いたっていう屋台の謳い文句。きっと妖精の焼き芋に違いないわ。一緒に探し出して二人で食べましょうよ」

「せっかくの提案だけど、アリス。私のお小遣いはあなたのような余裕はとてもじゃあないけれどないの。仮に見つけられたとしても私には買うためのお金が用意できないわ」


ブラウニーも美味しいものには目がないが、しかし貧乏学生である以上、金銭価値に見合う美味しさが有るかどうかは非常に大きな基準なのだ。

ブラウニーは安いものを食べる時は安いという事実が嬉しくて美味しく感じるタイプだ。


「そう、残念ね。お金がないなら仕方ないわ。私にしたって簡単に奢ってあげられるような額ではないし」


盛り上がった気分も現実に引き戻されて意気消沈する二人を見かねてアリスの屋敷のメイド、ミス・リデルが助け舟を出した。


「アリスお嬢様。歓談中にこのような話をするのはブラウニー様に失礼だとは存じておりますが折り入って相談したいことがございます」


「なにかしら?」


「実はお母様が再来週の誕生日パーティーの時、手伝いに入れる臨時のパーラーメイドを雇いたいと言っていました。何分、パーラーメイドを頼むなんて信用できるものでなおかつ、ある程度容姿の整った人材が必要とされますから人を探す宛がお嬢様の級友にあるかお聞きするようにと言われていまして」


パーラーメイドは給仕と来客の取次ぎ、接客を専門職とする客間女中。若く美しい女性が担当するため担当者が年を重ねると欠員が生じやすい。またパーティーなどで屋敷を代表する顔となるため軽はずみに臨時のパーラーメイドを雇って、そのメイドに屋敷の権威を失墜させられることがないようにしなければならない。


「ねえ、ブラウニー。あなたがパーラーメイドをやればいいわ。焼き甘藷の代金は一旦私が立て替えておいてあげる。だからそのお給金で返してくれれば何の問題もないじゃない!」


何の問題もない、本当にそうだとはブラウニーには思えなかった。

二人の友情は本物だと互いに確信してはいるのだけれど、時折お金に物を言わせて助け船を出してくるアリスに頼りきりになってしまう自分が怖くなる。


 もしかして自分は彼女のお金が目当てで仲良くしているのではないか、彼女を財布代わりに使おうとして近づいたんじゃないだろうか? そういった不安に押しつぶされそうになってしまう。

もちろんそんな気持ちがないことは自分がよくわかっているはずなのに……。


そういった経緯で二人の少女は妖精の焼き芋屋探しを始めたのだった。時間は二人が焼き芋屋の宣伝を聞いて倫敦の通りを走っている時に戻る。


焼き芋屋の声を頼りに二人は探しまわるが、そもそも声が聞こえてくる方向が定まらない。

「ねえ、アリス。もしかして本当に妖精かもしれないわね。声が色々な方向から聞こえてくるじゃない」

「馬鹿言わないでよ、どうせ裏通りの壁に反響しているだけよ」


 結局、その日のうちに焼き芋屋が見つかることはなく、それから日が経ち、アリスがパーラーメイドとしての仕事をやり遂げた後も妖精の焼き芋屋は見つからなかった。


それどころか日に日に焼き芋屋の声は聞こえなくなっていく。見つからずにお腹の虫を鳴かせ普通の焼き芋屋で馬鈴薯ジャガイモを頬張るたび、二人は明日こそは必ず見つけようと思うのだった。


 アリスはさすがにやめようなどと思うような柄ではなく、むしろコンコルド錯誤的に日に日に情熱を傾けていた。そしてついに彼女たちは妖精の焼き芋屋を見つけた。


 見つけたきっかけはアリスの些細な発見だった。妖精の焼き芋屋の声は大きく聞こえたり小さく聞こえたり一定しなかった。近づいているなら徐々に声は小さくなるし、離れるならもちろんその逆だ。なのにまるで焼き芋屋が色々な場所にいるかのように、売り口上は色んな位置から違う大きさで響く。もしかして自分たちが聞いているのは焼き芋屋の直接の声ではないのではないか、そう疑問をもったアリスの考えでブラウニーは合点がいった。

 方向と大きさの一定しない声は蒸気管を通る声だったのだ。それに気づいたブラウニーは学校の図書室で地図を調べ、蒸気管が密集する路地裏の小さなスペースをいくつか探し当てた。

焼き芋屋は恐らくそのいくつかのポイントを日によって変えているだけで、実は同じ日のうちは移動していない。だから路地を歩き回っても遭遇することなく、蒸気管を通る声だけがあちこちの路地で聞こえていたのだ。

 二人はポイントを歩き回り、遂に焼き芋屋を見つけた。

 妖精の焼き芋屋。小柄な老人が小さな移動式の石焼窯の横に腰掛け路地の隅、蒸気管の集まる横で声を出していた。

「おやおや、これは珍しい。初めてのお客さんじゃないかね」


 そういって老人は二人を見た。どうやらこの焼き芋屋は来る客の顔を覚えているらしい。こんな見つけにくいところでやっている商売。絡繰りに気づいた数人しか買いに来ないのかもしれない。


「ひとつ2シリングと6ペンス。お嬢ちゃん方に払えるかい?」


そう訊く老人もきっとアリスたちが払えると知ったうえで聞いているのだろう。二人は財布を取出し迷うことなくその大金を出した。


満足げな顔で老人は窯の中のものをアリスたちに見えない角度で紙袋に詰めて渡した。手に乗った紙袋は予想を上回る大きさでずっしりと二人の腕にのしかかる。

「いいかい、道端で食べたりしてはいけないよ、必ず家で開くんだじゃないと魔法が解けてしまうからね」


 そう笑うおじさんに二人は疑うこともなく従い一目散に手近な茶色いアリスの部屋へと転がり込むように走って帰り紙袋から中身を取り出した。持ち帰る間も冷めることなく熱を蓄えた中身は驚くことに銀色に光っていた。

「何これ!こんな色の紙見たことない」とアリスが驚き、

「まるで金物ね」

ブラウニーも答えた。


不思議な銀色の包みから出した甘藷サツマイモはアリスが言ったように濡れているような光沢を浮かべている。慄きながらフォークを刺すと皮は少しの抵抗のあと、破けて中の黄金色の宝石を晒した。この甘藷は甘い蜜を湛えて皮を濡らしていた。フォークの先で光る紫の皮と湯気を上げる黄金の身を一緒に口に含み、二人は歓声をあげた。香ばしい香りの代わりに水分を口から奪い少しだけぱさついた感覚が後をひく通常の焼き芋とは明らかに違うしっとりとした口当たりに砂糖を加えてないことを疑いたくなるほどの芳醇な甘さに二人は口を利くことも忘れて半分ほど食べ終えていた。


「ありがとう、ブラウニー。あなたが居なかったらこの焼き芋を見つけることなんてできなかったわ」

「いいえ、こっちこそあなたがいなかったら根気強く焼き芋屋を探そうなんて思えなかった。だからこれはあなたのおかげよ」

二人はお互いとその友情を讃えあうと再び焼き芋に手を付けた。ぼったくるかのような値段がむしろ安く感じるほど大きな塊がそこには残っていた。二人は贅沢な焼き芋を味わいながら次の美食は何を探すか相談し始めた。

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