竹刀工の誉れ

今日の課題:【刀】をテーマにした小説を1時間で完成させる。

_ _ _


「メダルなんていらない!」


小学生剣道大会。

授与されたメダルを僕は受け取り拒否した。


団体戦で獲得したメダル。

一試合も出場しなかった補欠の僕にはその資格がないと思ったから。


小学校最後の大会。

受け取るべきだと指導者の先生方や親に言われても僕はメダルをもらわなかった。


あれから3年。

中学最後の年、僕はまた一試合もせずに補欠として団体戦のメダルをもらう。


* * *


刀工、刀匠、刀鍛冶。

日本刀を整備する専門家。

武士の戦を陰で支えるものたち。

その存在に僕は想いを馳せる。

剣道部や柔道部が使用する第二体育館。

その体育館裏で、僕は竹刀しないを整備する。


木刀が木材を刀の形に切り出したものであるのと異なり、竹刀しないは「刀」と言うには不格好だ。

活人剣術としてスポーツ化した剣術修練のための刀は細かいパーツの集まりでできている。

最も、本物の日本刀も複数の部分から組みあがっていることを思えば、竹刀しないの方が木刀よりも日本刀に似ていると詭弁を弄することもできるかもしれない。


竹刀は持ち手となる柄皮つかがわに4枚の竹の板を差し込み、それらを固定する切先きっさきの皮で固定し、試合中に分解しないようにつると呼ばれる糸を張って固定する。刀身を安定させ、有効打突範囲の目安を兼ねるための中結なかゆいと呼ばれる帯で縛り、1本の竹刀が完成する。


僕は今、その組み上げ手順を遡る形で竹刀しないを解体する。

本体となる竹の板を整備するために。


あまり経験者以外には知られていないことだと思うが、

実は竹刀しないも日本刀同様に『研ぐ』ものである。


竹の板で打ち合うのだから、時に板は折れ、削れ、ささくれ立つ。

そのまま使っていては破片が目に入る恐れもあり、非常に危険だ。


だから剣道部員の使う竹刀しないは定期的に整備する必要がある。

専用の工具や小刀こがたなを使い、割れた竹の板を丁寧に研いでいく。


この時、削りすぎに注意しなければならない。

公式大会では、竹刀の「検定」が大会直前に行われる。

重量や折れなどをチェックされ、軽すぎる竹刀しないは適切な道具として認められず大会では使用を禁じられる。

研ぎすぎた竹刀しないは大会の場に持ち込めない。

また、試合の外であっても軽すぎる竹刀しないは修練に向かないとされる。


子どもがかけっこの練習のために足に重りを付けて、本番で外すように。

竹刀しないもまた、修練のために重たい竹刀を使い、規定に違反しない程度に軽い竹刀しないを使うことで早い打突が行えると言われている。


いかに練習用の竹刀に重さを保たせたまま整備するか、いかに試合用の竹刀しないを規定ギリギリまでおとせるか、そこに気を配りながら僕は竹刀を研ぐ。


今、研いでいるのは僕自身の竹刀しないではない。

体育館の備品であり、練習用に置かれた竹刀しないだ。

チームメイトが使う練習用の竹刀しないを解体し、削ぎすぎないように最低限だけ研いではまた組みなおす。


補欠の僕には練習の必要はない。

いや、ないというのは言いすぎだけど、少なくとも僕の練習が大会の試合結果に関わることはまずないだろう。


だったら、部活の時間を使って僕が竹刀しないを振るうよりも、僕が仲間の竹刀しないを研いだ方が合理的だ。

最初は卑屈さからくる行いだった。

しかし、今は違う。


3年生、中学剣道を終える年になるまで竹刀しないの整備をルーチンとし続ける中で、僕のモチベーションは剣の道よりも刀匠の方へと心を移していた。

いかに良い竹刀しないを組み上げるのか。

そこにこそ、僕は修練の『道』を見出していた。

剣道でなく『竹刀道しないどう』とでも言うべきか。


仲間の振るう竹刀しないをいかにして仕上げるかに心血を注いだ。


実際の重さを損なわずに「軽く振れる」ようにする技も身に着けた。

(重心の位置を上手くとるのがコツだ。重心を手元側へと ずらすように研ぐことでてこの原理が働き、体感が軽くなる)


大会当日。

僕にとっては試合前の『検定』こそが勝負の場となる。

計量器に載せた係員が眉根をよせるのを僕は見た。

寸分たがわず研ぎ澄まされた竹刀しないは、0.1グラムの誤差もなく既定限度の重さギリギリになっていた。


補欠の僕にできる戦いはここまで。

あとは僕の研いだ竹刀しないで研鑽を積んだ仲間を信じ、

僕の研いだ竹刀しない試合いくさの場で振るってもらうだけだ。


* * *


小学校最後の大会。

受け取るべきだと指導者の先生方や親に言われても僕はメダルをもらわなかった。


あれから3年。

中学最後の年、僕はまた一試合もせずに補欠として団体戦のメダルをもらう。

補欠として受け取るメダルに悔しさや不満は影もない。

チームメイトの勝利を祝うと同時に、僕は自信の努力が報われたのだと心から思うことができた。


今度こそ拒否することなくメダルを取った。


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