第9話 秘密の共有は友達の証

「おー!これが王宮!初めて来たよ!」



 騎士学校での初日の日程を終えると、約束通りにイグルを王宮まで連れてきた。

 彼のはしゃいでいる姿を見ていると、とても十九歳をは思えない無邪気っぷり。何だか微笑ましい。



「イグルさん」


「イグルでいいよ」


「……イグル、もう少し待っててね。連れてきてなんだけど父上の許可がないとは入れないんだ。もう少しで帰ってくると思うから」



 少し待っていると、一台の馬車がやってきて、中からスーツ姿の国王とドレスに身を包んだ王妃が下りてきた。

 ユースに気づいた国王は飛びついてくる。



「ユースお疲れー!挨拶見事だったぞー!」


「落ち着いてください父上、お客人の前ですよ。はっきり言って行儀悪いです」



 父親からの熱烈なアタックを片手で受け止める。

 正気に戻った国王はユースの隣、イグルとばっちり目が合った。しかしその時の格好と言ったら面目丸つぶれな不格好さ。

 立ち上がると、コホンと咳をして場を立て直す、かと思いきや。



「客人がいるならそう言ってよ恥ずかしいじゃないか」



 ユースにそう耳打ちした。



「言う前に飛びついてきたのは父上でしょう」



 その通りです、と言うと国王は落胆した。

 イグルも国王の醜態を目撃したのだ、それなりに幻滅しているだろうとおもったが、



「めっちゃすごい」



 予想外にもなぜか好感触だった。

 親子二人は、なんで?と言わんばかりに見つめ合い小首を傾げた。



「その燃えるように迸る魔力、圧倒的です。もしかしてあなたが青き炎と謳われる国王陛下ですか?」


「ああそうだよ」



 イグルは恍惚とした表情で国王のことを眺める。



「それで、君はいったい何者なの?今日はどういったご用件で?」


「あ、今日はただ遊びに来ただけです。王子に来たいって言ったらいいって言われたので、大丈夫でしたか?」


「何!?ユースお前もう友達ができたのか!もちろん大丈夫だぞ、ついでに私も混ぜてくれないか!?」


「あ、それは結構です」



 きっぱり断られた精神的ダメージによって灰と化した国王を置いて二人は王宮へと入っていった。



「私は嫌われているのだろうか……」



 僅かに回復した精神を駆使し、ぼそっと呟く国王、そこに後ろで一部始終を見ていた王妃が歩み寄ってくると、



「まあ、見ていた限りですと好かれる要素は皆無でしたね」


「手厳しい!」



 王宮の前でそんな悲痛な叫びが響いていることを知らない二人は既にユースの自室へと着いていた。


 ユースの部屋は二か所存在し眠るための寝室と勉強したり人と会ったりするための書斎、二つの部屋は隣り合っていて、ルシウスを召喚したのは書斎で今いるのも書斎だ。


 朝は紙の山で埋め尽くされていたこの部屋も今ではきれいに片付けられている。



「ちゃんと綺麗にしてくれてたんだね、ありがとうマリー」


「私は仕事をしたまでです」


「別に謙遜しなくても、あとはもう大丈夫だから下がってていいよ」


「畏まりました」



 人前だとマリーはしっかりとしたメイドになる。いつもユースの前だけに見せるショタツンも今は身を潜めるばかり。

 部屋を出ていくマリーに対し、イグルは両手の指を顔の前で絡めながら俯くと、



「メイド、超羨ましい」



 切実にそう呟いた。

 メイドがいる生活が日常茶飯事のユースに対してイグルは家名がない。つまり貴族ではないからメイドとは無縁の生活なのだろう。


 そんな彼の部屋での最初の発言に苦笑していると、ふうと一息彼は息を吐き、



「で、ずっと気になってたんだけど、君の隣にある魔力の塊って何?」



 ユースの肩の上辺りを指差した。その延長線上には飛んでいるルシウスの姿があった。



「やっぱり、見えているんだね」


「まあ見えると言っても魔力だけだけどね」



 朝会った時、そして教室で会った時、イグルは不自然に視線を動かしていた。それはきっと常にユースの隣に浮かんでいた魔力の塊が気になったからだろう。



「でも、見たことない感じの魔力なんだよね。君の魔力ってわけじゃないんだよね?」



 訝しがるイグルに対し、どういった返答をするのが正解なのだろうか。



「言ってもいいんじゃないか。別に秘密にすることでもあるまい。私がここにいると認識できるこいつなら信じるだろう」



 困惑するユースを前にルシウスは存在を暴露することを進める。しかし堕天使がここにいますと言って信じたと仮定してもその後どうなるかが怖い。

 堕天使は天に仇成す存在、通常は悪の権化として君臨している。会話もできないのでどういった存在なのかはユースを通しての間接的な情報しか得られず信憑性は薄くなる、どうなることやら。


 頭を抱えるユースが決断する前に再びイグルが口を開いた。



「君がこのことを秘密にしたいということは分かった。だが正直僕はそれが何なのか気になる。そこで一つ提案なんだけど」



 ずいっと顔を近づけてくる。



「君が秘密を教えてくれたら僕も一つ秘密を教える。いわゆる秘密の共有、どうかな?」



 その瞬間、ユースの全身に稲妻が走った。

 秘密の共有、クラスメイトとお互いにしか知らないことを分け合う。それって、とても、とても、友達みたいじゃないか!



「分かった僕から話をする」



 ユースの選択は決まった。

 秘密の共有となればそれっぽい雰囲気作りが必要になる。ユースは前かがみになり両膝に左右それぞれの肘を置くと、顔の前で両手を絡めた。イグルも真似して同じ格好をする。



「実はここにルシウス様という堕天使がいます」


「え、マジ!?」



 丸めていた背中を一気にのけぞらせるイグル。

 あ、やっぱり怖がらせちゃったかな?



「堕天使って言うとあの伝説の!?へー凄いな、本当にいたんだ」



 あ、そんなことなかった。というかむしろ喜んでいる。



「じゃあさ、何か特別なことできない?堕天使の力みたいなさ」



 どうでしょうと視線を向けるユースにルシウスは、



「良いだろうみせてやる。少し痛むかもしれないと伝えてくれ」



 ルシウスから言われた通りのことを伝えるとイグルはワクワクと感情を高ぶらせるだけでなく実際にワクワクと口ずさみながらその時を待つ。


 確認が取れたことを確認し、ルシウスが漆黒の前足をイグルに向けると、そこに黒い小さな球が浮かび上がった。



「おー凄い!魔力が吸われていく!」



 ユースには見えないが、どうやらあの黒い球に魔力が吸い込まれているらしい。ある程度するとルシウスは黒い球を虚空に消し去った。



「どうだこれが私の力、吸収ドレインだ」



 ルシウスは六枚の翼を大きく広げ自慢げな態度だ。まあ、イグルにはそれも見えていないんだろうけど。


 そのころ、当のイグルは歓喜に打ち震えたかのように天を仰いでいた。



「ユース、次は私に魔法を打ち込むように伝えてくれ」



 それでは部屋が荒れます、そう言いたかったがルシウスが考えなしにそんな発言をするはずがない。それに案外ルシウスもこれほどまでに喜んでくれるイグルを前にして満更でもないのだろう。

 言われたとおりに魔法を打つように伝える。



「それじゃあ行くよ!」



 掛け声とともにイグルの掌から火の塊が飛び出す。こぶし大の大きさだが、それでも部屋を燃やすには十分。

 しかし火の塊は空気以外何も燃やすことなくルシウスの前で消滅した。



「魔力だろうと魔力を媒介にした魔法であろうと私の前ではすべて無意味。無条件に私の魔力へと変換される。すごいだろう。尊大であろう!私を誉めよ!称えよ!崇拝せよ!」

「だそうです」


「すごい!素晴らしい!最高!」



 部屋には惜しみないスタンディングオベーションが送られていた。

 堕天使ともあろうお方が、人ひとりに褒められただけで鼻を伸ばしているのが厳格として見えるほどふんぞり返っていた。

 ユースは口にこそしなかったが調子に乗ってきたなと思った。


 だが、ユースはこの時気付き始めた。さっきのイグルの魔法、その魔法を打ち消したルシウスの力、そして今朝の約束、私からは貴様の魔力を吸収しないという言葉。

 欠片と欠片があ組み合わさっていき形を成していく。そして、ユースは一つの答えを割り出した。


 しかし今は客人の前、否、秘密を共有する友人の前、そちらの対応の方が先だ。


 一頻り熱狂した雰囲気が落ち着いてくると、二人は席に着いた。


 さて次はイグルの秘密の番だ。

 こんなやり取りを人とするのは初めてでやや浮足立っているユースに対して、イグルは少しもじもじと身をよじり始める。



「君たちの秘密に比べたらちょっと見劣りするかもしれないけど、僕のとっておきの秘密を教えちゃおうかな」



 秘密、どんな部類のものだろうか。恥ずかしい思い出だろうか。隠された正体だったりするのだろうか。

 たとえ予想外のことが来ても無礼な態度だけは取らないようにしようと胸に決めながら、ユースは全神経を耳だけに集中させる。



「僕ね、この世界の住人じゃないんだ」



 ___?

 正直言って何を言っているのか理解ができなかった。

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