第8話 再会の白い少年

 入学式を終え、一行は再び教室に戻ってきた。

 移動する道中、明らかに行きの時と比べると笑い声が増えている。早速新しい友達ができた人が増えたからだろう。

 かくいうユースもルシウスとの約束を半ば忘れかけていた。


 扉を開け、中に入ると既にそこには誰かがいた。席に座り窓の外を眺めるその人の姿にユースは心当たりがある。

 雪のように白い人、彼もこちらの存在に気づいたようだ。



「やあ君たちが1-Aのみんなだね」



 朝ぶつかった青年だ。

 青年は立ち上がるとこちらに歩み寄ってきた。



「ん?おや?君はもしかして今朝方ぶつかった子かな?もしかして君も同じクラスなの?これまた奇遇なこともあるもんだね」



 人形のような美しさを持つ青年だがその飄々とした口調と相まって何か残念さが割り増して感じる。

 ただ今気にするのはそこではない。



「お兄さんここは俺達1-Aの教室ですよ。部屋間違えてるんじゃないですか?」



 そう言ったのはトーロだ。

 青年は教員というには若すぎる。ならば見た目の年齢から鑑みるに部屋を間違えた上級生と考えるのが妥当だが、



「あれ?聞いてないかな?僕も1-Aの生徒なんだけど」


「は?」


「あ、その反応は聞いてないやつだね。いいでしょ先輩である僕が手短に自己紹介をしてあげます」



 さあさあ入った入ったと急かしながら入り口でせき止められていた生徒を席に着せた。

 この人の発言にはおかしな点がある。同じクラスと言いながら先輩と言ってるし、第一一年生には見えない。


 青年は皆が席に着いたのを確認すると教壇の前に立った。



「皆には僕の自己紹介をする前に聞きたいことがあります。ズバリ僕のこと知ってる人!」



 青年は勢い良く手を挙げた。恐らくほかの生徒たちも手を上げやすいように率先してやったんだろうが、彼の眼前に広がるのは微動だにしない光景だった。



「まあ君たちの最初の反応からおおよそ見当はついていたけど、こうも知名度がないと若干きついもんだね」



 手短にと言ったのは嘘だろうか、青年は独り言を言っている。



「まあそんな気にすることでもないか、それでは気を取り直して、はいそこの君!かわいらしい桃色の髪の女の子!僕の名前を当ててみて」



 急な無茶ぶり、その指名を受けたのはユースの席の後ろにいた桃色の髪の少女だった。

 当てられた少女は指名され、しかしなかなか発言しない。無視しているのかと思ったがどうやらそういうわけでもないみたいだ。

 プルプルと震えているかと思えば、机をバン!と叩き立ち上がった。



「僕は男です!!」



 __え?

 皆の心にその一言が浮かんだ。

 その後、少女改め男の娘は青年の質問に答えることなく着席した。よく見ればその子は男物の制服を着ていて、それを踏まえて皆彼のことを女の子だと勘違いしていたようだ。


 今日一びっくりした。



「えー、ま、まあそんなこともあるよね。女の子だと思ってた子が実は男の子だったって」


「見た目も男です!!」


「あ、そうだね。うんそうだね。……じゃあ自己紹介するね」



 青年の奔放ぶりは目に見えて減衰した。



「僕、イグルと言います。年は十九ですはい」



 男の娘のせいで大分印象弱めだが十九とはどういうことだろうか。騎士学校の入学条件はその年に十三歳になる少年少女しか入れないはず。



「みんな不思議に思ってるよね。ズバリ言うと僕留年してます。それも一年生の段階で七年間ずっと」



 さらっと語られた事実に大小さまざまでも皆一様に引いた。



「あ!みんな今こいつダメな奴だ!とか思ったでしょ!まあその通りなんだけどね」



 この人はなぜ堂々とこんなことを語っているのだろうか。嘯く彼に皆訳が分からなくなってきた。



「でもそんな僕ですが一つだけ特技があるんです。一体なんだと思います?気になります?気になりますよね!ではお教えしましょう!実は僕、人の魔力が見えちゃうんです」



 ___魔力が見える?



「どうですか驚きましたか?」



 イグルの期待に反して皆の反応はやや薄い。



「うーん、やっぱり伝わりづらいんですかね。では特別に実践してあげましょう!」



 イグルはみんなのことを観察し始めた。そして、



「はいそこの君!君がこの中では一番魔法の使い方がうまいね。特に補助魔法。洗練されているのがわかる。どうかな?」



 そう言って彼が指摘したのはイーロだった。突然当てられたことに彼女は驚きながらも、



「すごいです。確かに私は補助魔法を得意としています」



 おー、と教室中から感嘆の声が上がった。

 どんな問題と言わんばかりにふんぞり返るイグル、すると今度はユースの方へと歩み寄ってきた。



「それに比べて君は、朝会った時も思ったけど、魔力を感じない。十九年生きてきたけど君みたいなのは初めてだ」



 その時ちらっと一瞬だけユースの隣を見たような気がした。



「経験から言うとね、魔力は魔法の使用回数に比例して自ずとから段外に出ていっちゃうみたいなんだ。まあ言うなればパンツのゴムみたいな。使いすぎると緩くなるんだろうね。そう考えると君は魔法を使ったことはないのかな?」



 灰鼠色の瞳をのぞかせながら小首を傾げるイグル、彼の行動にどよめく教室。



「あれ?みんなどうしたの?ざわざわしちゃって」


「おいあんた、もしかして王子のこと知らないのか?」



 ユースの隣に座っていたターニャがイグルに聞く。



「王子って、この子が?」



 キョトンとしているイグルに首を縦に振るターニャ。



「へー、そういや聞いたことあるな、王子は魔法が使えないって、まさか君がその王子だなんて」



 王子である事実を知ってもイグルのユースに対する態度は変化しない。むしろ若干興味を持たれたような気もする。



「あの、さっきの話、もっと聞かせてくれませんか?」


「さっきのって、魔法のこと?」


「そうです」



 彼の話を聞いているとルシウスとの約束を達成するためのヒントが得られそうな気がする。

 もっと話を聞きたいと思ったがためにお願いすると、



「ここじゃいやだな」



 断られた。しかし、



「王宮に連れていってよ」



 ユースは二つ返事で了承した。

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