第5話 制限時間

 ユースは騎士学校に向かうために馬車で移動していた。

 父と母は他にやることが残っているらしく一旦別行動。


 __馬車内。


 ユースとルシウスは落ち着いて話し合う時間ができた。



「貴様、いい両親を持ったな。二人とも澄んだ心の色をしていた」


「僕の自慢の両親です」


「父親に至っては魔法の才もなかなかのものだな」


「父上は青い瞳と獅子のごとき猛々しい戦いぶりから青獅子と呼ばれているんですよ。剣術と炎魔法に関しては国でも最高峰の実力なんですから」



 とめどない話が二人の間で交わされる。

 馬車に揺らされること数十分、ユースは案外この時間を楽しんでいた。どうやら彼には誰かと話すことを楽しむという趣味があるのかもしれない。

 彼にとって対等な立場の人間はほとんどいない。ほとんどの相手が頭を下げ、会話というよりもご機嫌取りのようなことばかりをする。


 魔力の制御を手伝ってもらう。ユースにとってルシウスはギブアンドテイク以外のある意味対等な存在なのかもしれない。



「そういえば、魔力の制御に関してですが、これからどうしていくんですか?自分で言うのもなんですが魔法に関しては赤子も同然ですよ、僕は」



 ルシウスはその翡翠の瞳でしばらく見つめていた。



「そうだな。まず貴様の場合、制御以前の問題だ。これから訓練していったところで制御できる前に体が限界を迎えるのは目に見えている」


「その点に関してはルシウス様が魔力を貰ってくださればすむのでは?」


「もちろんそれでもいいが、それだと貴様の訓練にならん」


「で、ではどうしろというのですか?」



 ルシウスは深く息を吐いた。



「なあユースよ、少しは自分で考えてみたらどうだ?私は答えばかりを求めてくる奴は嫌いだぞ?」


「で、ですが先ほども言った通り、私は魔法、魔力については赤子同然ですので……」



 困惑するユースにルシウスは言葉を出さない。翡翠の瞳に見つめられながら時間は着々と過ぎていく。


 沈黙の時間に耐えきらなくなった頃、揺れていた馬車は静かに止まった。どうやら学校に着いたようだ。



「私は決めた。私からは貴様の魔力を吸収しない。制限時間は明日の明朝、貴様が今日私を召喚した時間と同刻に再び魔力が暴走する。それまでに答えを見つけろ」


「___わかりました」



 御者が顔を出し、降りるのを手伝ってくれた。

 ユースが通る道には絨毯が敷かれ多くの召使たちに囲まれている。

 その先には大きな建物があり、それが騎士学校だ。


 しかし今のユースには先ほどのルシウスとのやり取りが頭の中を反芻していた。

 王子の華やかな入学式は華やかとは言い切れない心境で幕を開ける。


「ほー、これが人間が作った建物か、思いのほか素晴らしいじゃないか。私は案外好きだぞ、ここは」


「この国最高峰の騎士学校ですので建設当時の最先端技術の粋が集まってるんです」


「人間もなかなかじゃないか」



 使用人たちに見送られた後、ユースたちは割り振られた教室へと向かった。

 これから一年間、同年代の学友たちが集い勉学に励む学びの場。



「それにしても、人気者だなユース、さっきから皆お前のことをチラチラ見てるぞ」


「いえ、これはそういうのではないんですが」



 聞こえてくるのはひそひそと囁かれる学生たちの会話、その内容こそ聴き取れはしないがユースにはおおよその見当はつく。

「堕ちた期待」。きっとそう言われているのだろう。歴代最速で魔力に目覚め、期待されながらも皆の期待を裏切った王子に与えられる呼称。

 ユース自身、そう呼ばれることに慣れている。それ以前にそう呼ばれて当然だと理解している。それが自分が選択した結果だと、わかっている。


 注目の視線を人気者だからと勘違いするルシウスに苦笑しながら、道を曲がると、


 __ドン!


 何かに当たり思わず転倒してしまった。

 咄嗟に手をつき尻もち程度で抑え、何にぶつかったのかとその正体を確認する。

 視線の先には制服姿の青年が立っていた。白い髪に白い肌、瞳もわずかに白くグレーに近い。まるで雪のような風貌の青年は立ち尽くしユースではないどこか違うところを見つめている。その視線の先は__、



「ごめん!大丈夫だった?」



 何を見ていたのか確認する前に青年は手を差し出す。



「い、いえ、僕は大丈夫です。あなたこそ平気ですか?」


「僕?大丈夫大丈夫。いくら華奢な僕でも君みたいなちっこいガキとぶつかって倒れたりはしないよ」



 __この人、僕のことを知らないのかな?



 ユースはこの国の王子としてそれなりの知名度があることを自覚している。しかし目の前の青年の態度は無礼もいいもの。ユースのことを知らないのかはたまた誰にでもこんな態度なのかわからないが、不思議なことにユース自身嫌な思いはしていなかった。



「……」



 青年は急に喋るのをやめたかと思えば、今度は灰鼠色の瞳でユースのことをじっくり観察し始めた。



「な、何でしょうか?」


「……」



 謎の沈黙が続く、教室はこの道の先にあるのだがこの人が退いてくれない以上進めない。



「君、変わってるね」


「へ?」



 この人いったい何なのだろうか。

 __僕よりもあなたの方が変わってらっしゃるのでは?喉元まで出かかったその言葉を飲み込み、ユースは苦笑いを浮かべる。



「へー、一体どのあたりがでしょうか?」


「君から魔力を感じないんだよね。今までいろんな人と会ったけど、君みたいな人は初めて」



 ルシウスとのやり取りがあったからかもしれない。ユースは魔力という言葉に敏感になっていた。



「そ、それはどういうことですか?」


「うーん、その話はまた今度ね、僕行かなきゃいけない所があるから」


「あ……」



 意味深長な言葉を残して、青年は何処ぞへと消えていった。



「……」



 そんな彼の背中を見つめていたのはユース一人ではない。ルシウスもまた遠ざかっていく彼の背中を見つめていた。



「はあ、何だったんだろうあの人、行きましょうかルシウス様__ルシウス様?」


「ああそうだな。行こうか」



 何か手掛かりを得損ねたような歯痒さはあったが本来の目的地である教室へとたどり着いた。

 無駄に疲れた気はするが切り替えていく他あるまい。部屋の扉を開け、中へ入るとこれから級友になる仲間たちの注目が集まった。


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