第4話 家族水入らずで
「ルイ、コル、食器を片付けてくれ。今日の料理も美味だったぞ。明日も頼むぞ」
「「ありがたきお言葉。感謝します」」
ルイとコルと呼ばれた付き人の二人はそそくさと食べ終わった食器を片付けた。
朝食を終えた後には必ず一時の隙間時間がある。業務に追われる忙しい日でも、この一時だけはそんな柵から解放され家族水入らずで歓談をする習慣のようなものだ。
「いやはや、ユースはやはり肝が据わってるな!俺がお前くらいの歳の頃はまだ鼻垂れてたぞ」
「いや流石にそれはないんじゃないですか?十二で鼻垂れとは」
「いいえその通りでしたよ。この人が十二の頃はわんぱくでガサツで礼儀知らずで落ち着きがなくて煩くって」
「おい流石に言いすぎじゃないか?」
思いもよらぬ悪口の連発に困惑する夫に妻は優しく微笑む。
「でも、誰よりも優しかったです。周りと馴染めなかった私と、この人だけはいつも対等でいてくれました」
「ティア……」
「でもそれが偶に優しく感じるだけでほとんどは煩いと感じていましたが」
ガーン、というテロップが今にも出てきそうなほど王は口を上げたがっかりしている。
「そ、それを言えばだな、お前だって学生の頃はツンツンしてたしボッチだったし、でもその姿が凛々しく見えたり輝いて見えたり時々見せる笑顔がこっちを殺す気かと思うほど心臓抉ってきたし」
「あら、そんなこと思ってらっしゃったのね。知りませんでしたわ」
妻とは違い夫は不器用にも悪口を並べることはできない。本人からしたら悪口を言っているつもりだったのかもしれないが途中からむしろ誉め言葉になっていた。
指摘され顔が紅潮する王を見たら国民はどう思うだろうか。
少なくともユースはこんな温かい人の国に生まれてよかったと王子である前に一人の国民として、彼の息子としてそう思った。微笑ましかった。
「でも、母上はそんな父上のことを愛していらっしゃったのですね。さっきほどの会話だけでもどれほど父上のことを見てきたのかがわかります。気にならない相手のことをそれほど語れませんから」
ユースは何気ない気持ちでその一言を放った。
しかし本人の気持ちとは裏腹に会話は一時中断し刹那の沈黙が流れる。
「この子は、やはり大物になるかもしれませんね」
王妃がその沈黙を破った。
しかし彼女の顔は明らかにさっきまでとは違い、頬を赤く染め少し俯いている。
「よく言ったぞ息子よ!」
飛んでくる称賛に心当たりはない。
「お前恐ろしい奴だな」
飛んでくる畏怖に心当たりはない。
「いやーしかしさすが我が息子だ。お前も分かっていると思うが俺の嫁はとてもかわいい。お前もティアのような可愛い嫁さんを見つけるんだぞ。もう一度言うがティアの様に可愛い嫁さんを連れてくるんだぞ」
「可愛い可愛いと連呼しないでください!」
今日も王宮は笑いに包まれている。
国王はまだ三十前半と若いながらも前国王から国王の地位を引き継ぎ善政を敷いている。聡明な彼の目指すべき国とは国自体を大きな家として、家族として誰もが分け隔てなく暮らしていくこと。
そんな国民思いな王がこれまで頑張れたのは王妃の支えあってこそだ。
彼女は平民の出だが必死の努力で身に着けた礼儀作法と言葉遣い、そして皆が目を惹くほどの美しさで貴族だけでなく平民にも慕われている。
そんな二人の息子であるユースはいろいろなものを遺伝し受け継いだ。
父からはその聡明さと青色の瞳、そして王族特有の金色の髪。
母からは整った容姿と赤色の瞳。
だが、彼が貰ったものの中で一番大切だと思うのは二人が持つ人を思う力、優しさだ。
「まもなくお時間です。出発の準備をお願いします」
戻ってきたコルの一言で歓談の時間は終わった。
いつもなら楽し気な余韻を残しながら各々に与えられたことを始めるのだが今日だけは特別だ。
今日だけは皆向かう先は同じ。
___今日から学校だ!
__________
時は遡り、朝食後すぐの時間。
「やっべーこれ持ち帰りてえわ」
「私もこれ持って帰りたい」
ユースたちのいる部屋のすぐ外でその会話は行われていた。
「いやー何度見てもやっぱり王妃様って美人だよな」
「そうね、でも私はやっぱり国王様のあの男らしさがたまらないわ」
白髪の青年と少女、双子である。
マリーの部下に当たる二人は二年ほど前から二人に仕えており、姉であるルイが王妃を、弟であるコルが国王を担当している。
「そういえばルイ、お前王子はどうなんだよ、国王の息子なんだからお前のストライクゾーンに入るんじゃねえか」
「うーんそうね。確かに伸びしろはあるけどまだまだお子ちゃまって感じ?雰囲気は大人びてるけどやっぱまだ見た目がね」
仕事そっちのけで喋っている双子、因みにこちらも歓談の時間である。ほかの付き人達には内緒の二人だけの時間。
「あら二人ともこんなところで何してるの?」
そんなお楽しみの時間を邪魔するものが現れた。
__マリーである。
「い、今から食器を下げるところでして」
「あ、そうなの。ちょうど王子の部屋の掃除終わったから私も手伝うわ」
「あ、ありがとうございます!」
こうして、不本意ながらも本日の二人のお楽しみの時間は幕を下ろした。
__否、
「あ、ちょっとルイちゃん、耳貸して」
「は、はいなんでしょうか?」
言われる通り耳をマリーの近づけるルイに温かな吐息がかけられ、
「あなたたちがここでさぼってたこと、私が知らないとでも思った?」
ひっ、と短い悲鳴が上がり、ルイの顔面が血の気を失っていく。
序でにもう一回耳に吐息がかかると、
「それは別にいいんだけどルイちゃん?王子に手を出したら承知しないから」
止めの一撃にルイはあ、死んだ、とばかりに思った。特に王子に手を出したら承知しないわよの所はマリーの声というより女が発する声とすら思えなかった。
「あ、あの何の話をしたるんですか?」
見るからに異常な姉の様子にたまらず弟が聞いてくる。
「女同士の、ヒ・ミ・ツ」
「はあ……」
この日以降、二度と二人のお楽しみの時間は訪れなくなったとか。
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