第3話 つながりとぬくもり
「ど、どうしたんですかこの紙の山は!?夜中に一体何をなさってたのですか!?」
朝日に照らされた部屋はメイド服の女性の乱入によって一気に騒がしくなる。
「あはは、ごめんねマリー。ちょっとやりたいことがあっただけだから気にしないでいいよ。あ、あとこの紙全部捨てといていいから」
「も~駄目ですよ。今日は騎士学校の入学式なんですから」
「平気だよ。今日はすこぶる調子がいいんだから」
このメイドの名はマリー。侍女育成学校を卒業してすぐ、ちょうどユースが生まれた年から王室に仕えている。
仕え始めた時期とユースが生まれた時期が近いという縁で赤子の時からユースのお世話をしている。
とても働き者で明るい性格から周りのメイドたちからも慕われていていいメイドではあるのだが、ただ一つ問題がある。
「そういって倒れでもしたらどうするんですか。……でも坊ちゃまが倒れたら私が看病して制服姿の坊ちゃまを……」
グヘへ、と顔に似合わぬ下衆な笑みを浮かべながらマリーはありうべからざる妄想を始める。
「妄想はそのくらいにして、ちゃっちゃと片付けよう」
「な!?わ、私がいつ坊ちゃまで妄想など!言いがかりもほどほどにしてください」
そう、彼女は小さい男の子が大好きなショタコン、しかしただのショタコンにあらずそういった関連の話を振ると絶対に認めない、名付けてショタツンなのである。
もう!とほほを膨らせながらながらマリーはユースの部屋を片付け始めた。ユース自身も部屋の片づけをしながら、ルシウスに話しかける。
「気になったのですがマリーはルシウス様のこと見えてないんですか?全く気にもしていないので」
「どうやらそのようだな。堕天して初めてこの世界に来たからなまだ何とも言えないが」
てきぱきと掃除を続けるマリーの姿を見ながらユースは不思議なこともあるもんだと呟いた。
「何か言いましたか坊ちゃま?」
「いいや何でもないよ。気にしないで」
「そうですか。坊ちゃま、部屋の掃除は私が済ませるので坊ちゃまは入学式の準備をしていてください」
「そうだね。じゃあ後は頼んだよ」
「不肖このマリー、部屋の掃除を任されました!」
やや大げさな返答にユースは気圧され気味に笑い返した。
掃除のことはマリーに一任し、まず初めに向かうはクローゼット。部屋着を脱ぎ、今日から通う騎士学校の制服に袖を通す。脱ぎ捨てられた部屋着のこともマリーに頼むが返事がない。
心配に思い後ろを振り向くと……心配を返してほしいと思った。
「ぼ、僕はもう行くから。あとのことは任せたよ」
「えーもう行っちゃうんですか?」
「そんなに僕の制服姿を見てたいのかな?」
「べ、別にそんなことはありませんー、坊ちゃんがちゃんと着替えられるか見てただけですー」
「僕もう十二なんだけど」
名残惜しそうなマリーを残して部屋を出た。
部屋の外に出ると、王宮なだけあってやたらと長い廊下に綺麗な赤色の絨毯、数えきれないほどの部屋があり壁には歴代の王様の肖像画や名立たる画家たちの芸術品が飾られたりしている。
「私を置いていくとはどういうことだユース」
「うわっ!す、すいません。いつもの癖で忘れてしまってました」
すっかりルシウスのことを忘れていたユースは横で飛んでいる彼に話しかけれるまで気づかなかった。
「まあいい。それよりどこに向かっているのだ?」
「ああ、朝食ですよ」
野菜のじっくり煮詰めた濃厚かつ温かなポタージュ、新鮮なものをカットし美しく飾り付けた果物の盛り合わせ、小麦の芳醇な香り漂うパン、それと宝石のように赤く輝くイチゴのジャム。
王族にしては質素な朝食。貴族でなくとも一般の家庭ですら用意できるような食事をする。それが現ノライトートス国王が決めた家訓である。
特に珍しいものなど何もないが、それも見るものによってはそうでない時がある。
「なんだこれは、一体何だこれは、一体全体何だこれは!?」
ユースの前に出された料理を見て横で騒ぎ散らかす者がいた。
「落ち着いてくださいルシウス様。はっきり言って行儀悪いです」
どうやら神や天使、堕天使、悪魔などは食事という概念がないらしく。それゆえにルシウスは
「す、すまぬ。私としたことがつい取り乱してしまった」
「分かってくださればいいのです。時期に父上と母上がいらっしゃいますのでその状態でいてください」
朝食程度でははしゃぐルシウスは何だか可愛げがあり、堕天使と言えど初めてのものとなるとそれ相応の反応をするものだと思った。
本人には到底言える立場にはないが、喜んで、冷静になって、落ち込んだように落ち着く彼の姿にユースは何だかペットを飼っているような気さえした。
微笑ましくそんな彼を見ていると、ユースと同じ金髪を持つスーツ姿の男性と橙色の髪を後ろで纏め赤いドレスに身を包んだ女性、あとはその二人の執事とメイドらしき白髪の青年と少女が入ってきた。
「おおユースさっそく着替えたのか!さすが我が愛しの息子、とても似合っているぞ!」
スーツ姿の男__この国の王であるカイルフォン・ノライトートスははユースの姿を確認するや否や飛びついてきた。
「落ち着いてくださいお父様、はっきり言って行儀悪いです」
「す、すまぬ。私としたことが可愛すぎる息子の姿につい取り乱してしまった」
イノシシのような勢いを見せた男の突進をユースは軽くいなし平然と言い放った。男も自分の行いに反省したらしく落ち着きを取り戻した。
___何だかデジャブ。
そう思ったのはきっとルシウスだけ、既視感を覚える彼は近づいてくるヒールの足音に目を向けた。そこには近づいてくる橙色の髪の女性__この国の王妃、ティア・ノライトートスがいた。
「今日も二人とも元気で何より、騎士学校の入学式だから緊張してるか心配だったけど、とんだ杞憂だったみたいね」
女性は二人のやり取りに微笑みながら自分の席に着いた。その動作一つ一つに気品を感じる。
「我が息子はいずれこの国の王となり国を、いや世界すらも治める立派な男だ!騎士学校の入学程度で縮こまる小心者じゃないに決まっているだろう」
「はいはい、あなたがユースを溺愛しているのは分かりますけれども、今は朝食の時間です。料理が覚めてしまう前にちゃんと席についてください」
朝っぱらから騒がしながらもどこか人と人との温もりを感じる、そんな空気がそこにはあった。
無縁、その言葉がルシウスの頭の中を過り、ユースにしか見えない自分はこの輪の中に入れないんだろうと決めつけた。もとは天使だったにも関わらずそんなことを思うのはおかしいのかもしれない。
ただ、人と人との関わり、温かいやり取りを見ていると羨ましい、そう思ってしまった。
ルシウスは諦めた。
この身が堕ちたのも人との関わりが原因だ。自分にそんな権利はないのだと、決めつけた。
でも___、
「ルシウス様、こっちに来てください」
ユースは小さく囁いた。
国王にも王妃にも聞こえない、ルシウスにしか聞こえない声量で。何だと思いながら近づくと、ユースは強引に前足を掴み、ルシウスを膝の上に乗せた。
「朝食の間はここにいてください。翼の音がもううるさくて仕方ありません」
こいつは何を言っているのだ。微笑みかけてくる彼にそう思った。しかし、ルシウスは彼の意図に気付くと膝の上で羽を休めた。
「朝食の間に膝にものを置くのは行儀が悪いのではないか?」
「食事中の人の隣で飛んでいる方が失礼ですよ」
「は!言いよるわ」
堕天使であるルシウスはこの人間たちの輪に入ることは到底できない。話ができるわけではない、意志の疎通ができるわけでもない、そもそも見ることすらできない。
だが、彼は、ユースは違う。ユリウスと会話ができ、意志の疎通も測れ、目視もできる。
ユリウス自身が手放そうとした人との関わりを、繋がりを、ユースは手放すどころか手繰り寄せる。
出会ってまだ数十分ほどしかたたず、なぜ自分が堕天使たのかも知らない子供が傲慢にも関わりを持とうとしている。
___貴様がその気ならば私もそれに応えよう。
ユースの膝の上で暖かな雰囲気流れる空間と人の温かな感触に包まれながら、ルシウスは体を丸めた。
___すでに堕ちたこの身、どん底迄落としてやろう。
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