void

縦川桝斗

↑、X、B

「本当にいいのか」


 暗闇の中で誰かが問う。いや、誰なのか想像はつく。彼の名前も知っている。そもそも自分で名付けたのだから。


「これからすることを理解しているのか」


 理解している。そんなの、質問するほどのことではないだろう。


「なぜ俺を止めるんだ」


 久しぶりに口を開いた。開かずにはいられなかった。

 暗闇の中の声は、一切、声色を変えることなく語り続ける。


「囚われた姫は救われ、国に平和が戻った。王の娘が貴様に嫁ぐと約束した。これほど幸せなことはなかろう」


 確かに幸せだ。これ以上はない。これ以上など、なかなかないだろう。今更、取り立てて騒ぐことでもない。


「俺を止めるんじゃねえ」

「一度やってしまったら、もう戻ることができないのだぞ」


 そんなことは百も承知だ。その上で、思うのだ。


「試したいだけだ。他の方法もあるかもしれない。あれこれ試すときが一番楽しいんだ」

「正気か。お前はとんでもない過ちを犯そうとしているのだぞ」


 どうなっているんだ。どうしてこんなに面倒くさいのか。

 闇の声は言葉を止めない。


「人の心を持つのなら、そんなことはできないだろう」


 手に力が入る。

 ……うるせえよ。


「うるせえよ! どうしてやり直したらダメなんだよ!」


 暗闇の中に自分の声だけがむなしく響く。嫌なくらい静かだ。


「後悔しないのか?」


 闇からは、なおも声が聞こえてくる。


「しねえよ」


 即答する。何度も言っていることだ。


「本当に後悔しないのか? 後戻りはできないぞ」


 いい加減イラついてきた。


「だから、後悔しねえって言ってるだろ! しゃしゃり出るんじゃねえぞこのモブが!」


 どれだけ怒鳴っても、相手の声は一切動揺することはない。


「最後の確認だ。本当にいいんだな? 後悔しないんだな。そこまでい」






 とある王国に魔王軍が侵攻してきた。激戦の末、軍は勢いを落とし、王国の姫はさらわれた。

 そこに、一人の男が立ち上がる。


「俺がこの国を救うんだ!」


 男の発言は、王国に希望を与えることになる。されど、青っぽい光に包まれた孤独の空間をむなしく響いているのみだ。

 王は感激したようで、こちらに話しかける。


「私も全力で貴殿に協力する。どうか、魔王軍を退け、姫を救っ」




 何度やり直しても、最後は必ず姫が救出され、自分のレベルは最大まで上がり、王の娘と結ばれる。

 そして何度やってもデータを消すときはウザい。消すまでに時間がかかる。

 シナリオは既に知っている。誰もかれも筋書き通りにしか動かない。

 一からやり直せば面白いかも、と思ったが、決してそんなことはなかった。


「クソゲーだな」


 猫背の男から発せられた声は、モニターの光だけが燦然と輝く暗い部屋に響き渡る。


 暗黒の世界。モニターの中に住む住人は、絶対的な王である猫背の男が入力するコマンド一つに翻弄され続けるのであった。

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