3. 再会

 目覚めると、世界は白一色に包まれていた。


 ――確かマルスに撃たれて死んだはず……。ということは、ここは夢なんかじゃなくて、もしかして死後の世界?

 なにも存在せず、何処までも続く白の世界は天国と呼ぶには息苦しくなるほどに白すぎた。恐怖すら覚える。

 死んでなお感情に縛られるというのも滑稽な話ではあるが。


 ――現状を確認しよう。

 どうやら体重を感じないような仕組みになっているらしく、躰という余計な殻を脱ぎ捨てたような奇妙な解放感と浮遊感に最初のうちこそ戸惑いはしたものの、慣れると何処までも飛んでいくことができたことにとても驚いた。

 といってもただ白が続くばかりなのでそれも直に飽き、これからどうなるのか、そんな事を考え始めた。


 ――死んだという割には実感が伴わないなぁ。

 生前牧師がよく死後の世界について説いていたけど、まさか本当に自分が訪れるなんて思いもしなかった。

苦痛は感じないけど、かといって楽園が広がるわけでもない。なんにもないよと逆に説いてやったらあの牧師はどんな顔をさせるだろうか。

 そして、死んでみてわかったことは案外自分の死なんて当事者にとってはあっさりとしたものなのかもしれない。自ら体験してそう思った。

辛いのは残された側だ。


 そう考えながら、この白の世界を揺蕩たゆたっていると、目の前を塞ぐ人物が突然現れた。

 そいつは、よく見知った顔で、とても懐かしい男だった。




「うそ……エルヴィン?」


「随分と久しぶりだね、アリスちゃん。そんな驚いた顔して、なにか良いことでもあったのかい?」


 目の前には、もう生きて会うことはないと思っていたエルヴィンが立っていた。

 いや、ここが死後の世界ならエルヴィンも生きてはないのかと複雑な心境になったが、最後に見たときとなんら変わっていない笑顔で話しかけてくる様はまるで昨日の今日再会したような軽い調子だった。


「エルヴィン……あんた今まで何処に行ってたの」

 本当は思いきり怒鳴り付けてやりたかった。

 私がどれだけ心配したことか。

 私がどれだけ不安に思っていたことか。

 私が、どれだけ寂しい夜を過ごしてきたことか――

 だけど、本人を目の前にしたら溢れてきたのは罵倒ではなく、温かい涙だった。

 何年ぶりだろうか、人前で子供のように泣きじゃくってしまった。エルヴィンが無事私の前に姿を見せてくれたことに心の底から安堵し、決して表に出てくることのなかった想いに気付いてしまった。


 ――エルヴィンに恋をしていたんだ、と。


「――――ちょっ!?」

「何年も姿を見せなくてごめんね。僕には僕でいろいろやることがあって。それよりよく頑張ったね。王なんてババ引かされて、それでも国を引っ張って、演じたくもない仮面を被らざるを得ず、それでも理想に手を伸ばそうとよく頑張った。君は立派だ」

 まるで赤子をあやすように私を抱き締め、大きい手がこれまで誰も触れることのなかった髪を撫でる。


 誰も見ていないというのに羞恥心に悶え、あたふたとする私を強く抱き締めるエルヴィンの声はとても慈愛に満ちていた。

 このまま時が止まればいいのに――そんな邪な思いを抱いてしまう。


「そろそろ落ち着いたかな?」

「……うん」


 再び茶化すような顔に戻ったエルヴィンは話を進める。


「たぶん勘違いをしてるだろうから訂正するけど、ここは死後の世界ではないんだ」

「そんなはずは、だって、私はマルスに拳銃で撃たれて……」

「弟君のことだね。それなら、ほら」

 指を鳴らすと、まるで魔法のようにマルスが姿を現した。静かに眠っているように横になっていたが、ゆっくりと目を覚ます。


「う……ここは、あれ?アリスじゃないか!」

「ええ、マルス!?エルヴィンあんたいったい何をしたの?」

「ごめんね、一つ一つ説明してる時間はないんだ」

「どういうことよ」

「僕はこれまで目的があって動いていた。だけど残念ながら失敗に終わってしまったんだ。その結果、まもなく世界は終わってしまう」

「何をいってるの?世界が終わるって、何かの比喩たとえ?そもそもここは何処なの?」

「ここは、僕が作った仮の世界だよ」

「仮の世界?さっきから何をいってるのかわからないわよ。ちゃんとわかるようにいって」

「落ち着きなって。わかったよ、ちゃんと理解してもらうために説明する。この世界の成り立ちをアリス、そしてマルス、君達は知る必要があるからね」


 もう一度指を鳴らすと、辺り一面白だった世界が景色を取り戻していく。

 そこには一家団欒を楽しむ、家族がテーブルを囲んで食事をしていた。

 仲睦まじく微笑む夫婦とその子供だろうか――しかし、その子供達の顔を見て私とマルスは凍りついた。


「これって、幼い頃の私とマルスじゃない……。私達にこんな記憶ないし、そもそもこんな、現在よりも進んだ文明なんて知らないわよ!」


 その室内に置かれてるものは全て技術の粋を集めた王国ですら見かけないような代物ばかりで、明らかに時代がそぐわなかった。


「なんなのアリス、この光景は……」

「わからないわよ。そもそも私達はアルバ村に幼い頃に辿り着いて親とは生き別れたはずでしょ。なのに、あそこにいるのは明らかに当時より大きい年齢じゃない」


「あそこにいるあの夫妻、主に旦那の方がこの世界を作り上げた張本人だ。そして、この世界は君達の為に作られた世界なんだよ――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る