2. 終わりの始まり
「久しぶりだね、アリス。何年ぶりかな」
「マルス……あんたいったいどうしちゃったのよ」
王城前に到着すると、そこには幼い頃の面影などすっかり消え失せたマルスの姿があった。
あれだけ華奢だった体はいつの間にか私より大きくなっていて、甲高かった声は大人のそれになり、片眼には眼帯がされていた。
「ああ、この眼帯が気になる?昔、僕の命より大事な人を亡くしてね。そのときに負った怪我だよ。僕の最大の過ちの傷跡さ」
おどけていってみせるが、もう片方の眼はまっすぐ私を見据えていた。
猛禽類のような、抜き身の刃物のような、それでいて無邪気な子供のような――そんな眼をしていた。
ヘラヘラと嗤い、次の言葉を続けることなく辺りをぐるりと見回している。
「久しぶりに兄弟水入らずといきたいところだけど、一国の王として聴くわ。革命軍の
「目的ね……ちょっと国王の地位に就いた姉を一目みようとやって来たんだけど……はぁ、王都の成長は著しいね。ビックリしたよ」
――嘘だ。会いに来ただけなんてそんな馬鹿な理由を信じるほど阿呆ではない。何か腹に隠している理由があるに決まっている。
そう考え黙ってマルスを睨み付けていると、猜疑心を煽るような笑顔で話を続ける。
「ははは、立派に王の役を演じてるじゃないか。それでこそ僕が憎むべき対象に成りうる。もし欲にまみれただけの王になってたらどうしようかと心配したけどそうでなくて良かった」
一呼吸おいてより低い声で話を続ける。
「そうだよ、アリスに会いに来たなんて真っ赤な嘘。これでも僕は忙しくてね、さっさと目的を達成したらさよならさせてもらうとするよ」
「回りくどい言い方してないでさっさと吐きなさい。そうすれば今この場では身柄を拘束することは許してあげるから」
――これは私の嘘だ。念には念をいれ市街地の至るところからマルスに向けて
私が指示を出せば瞬きの余地もなく即座に
悪を倒すにはそれ以上の悪にならなくては、身内を手にかけるくらいなんだというのだ。覚悟を決めろ。もうこの手は汚れきってるだろう――
「はは、血の通った弟すらその手にかけようとする覚悟はさすがだね。やっぱ僕たちは似た者同士だよ。でも、余裕ぶってるとこ申し訳ないけど、アリスの頼みの綱はもう消しちゃったんだ。ごめんね」
「なっ、う、撃て!」
咄嗟に出した私の指示は、誰にも届かなかった。
命令は絶対だというのにただの一発も発砲されることなく、無線からは誰の応答も返ってこない――つまり、マルスの手下に消されてしまったという事実が立証されたということだ。
身の安全を確保するために護身用の拳銃を懐から出そうとすると、先に火を噴いたマルスの弾丸が私の肩を抉り、あまりの衝撃に意識を失いかけた。
地面に倒れると傷口が燃えるように痛みを訴える。全身から脂汗が吹き出し、動くのもままならない。
とめどなく溢れていく血を眺めていると、マルスは手の届くほどの距離に立ち、のたうち回る私を見下ろしていた。
先程とはうってかわって洞穴のような空虚な眼に変貌していた。
「ごめんね、アリス。すぐには殺さないから」
「なんで、あんたは、何をしたいの……」
血液が流れすぎたせいか視界が霞んでいく――
「理不尽なこの世界を壊すんだよ。そのためには一度全てを
「なんで……そんな……愚かなことを」
「愚かだって?これまで同じような事を口にした権力者はたくさんいたけど、今は全員土の下だ。アリス、残念だよ。君も所詮は不愉快な害虫にしかすぎなかった。死ぬまでの残り少ない時間をそこで這いつくばって眺めてるがいい。そして思い知るんだ」
「自分の愛するものを奪われる辛さを――」
マルスの手にはいつの間にか見慣れない装置が握られていた。
なんの装置かまではわからなかったが、躊躇いもなく上部のボタンを押すと――
「うわーなんだっ!?」
「キャーーーーー!」
「息子が……誰か助けてくれ!」
――街の至るところで同時多発的な爆発が起こった。一瞬にして王都全体が
向こうではお互いを支え合う老夫婦が爆風に巻き込まれた跡形もなく消え去った。
あちらでは人の背丈の数倍はある炎が必死に逃げ惑う親子を嘲笑うように燃やし尽くしている。
そして、何処に隠れていたのか武装した集団が現れ、生き残っている無抵抗な市民を次々に殺戮していく。
地獄のような光景を、圧倒的な力で蹂躙されていく様を、朦朧とする意識のなかでただ見ていることしかできなかった。
「ちなみにね、僕は革命軍のトップではあるけどそれはもう過去の話だよ。今はそれぞれの部隊が好き勝手やってるし僕も指揮系統から外れた。あいつらは無限に増殖していく悪性腫瘍みたいなものさ。この
そう告げると、マルスはゆっくりと銃口をこちらに向け、なにもかも上手くいかなかった私の人生に手向けの
「じゃあね……アリス。今度こそは
――ああ、どうしてこんなことに
乾いた発砲音が響いた直後、微かに残っていた意識は暗闇へと堕ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます