7. 黒幕の正体

 闇オークション当日、会場には入りきれないほどの客が押し掛け、異様な熱気に沸いていた。

 今回出品されるのを一目みたく、遠方から訪れた者もいたほどだ。


 時間一杯になり客席の照明が落とされ、対照的にステージ上が明るく照らされる。

 すし詰めの観客達は、オークション開始をいまかいまかと固唾を飲んで待ち構えていた。

 開催を告げる太鼓の音が鳴り響き、会場の熱気と緊張感は頂点ピークに達した。



「さぁ~お待たせ致しました!お待たせし過ぎたかもしれませんっ!今宵の競売品は、垂涎のお三方でございます。ですがご覧になっていただければすぐにご納得していただけるラインナップとなっております!右手から、ポルポト国財務卿シェラハ、お次がデスピエロ侯爵、そして最後が、前地獄の猟犬ティンダロスオーナーのサン・アンドリヌス法王でございます!聖職者の頂点トップに立っていたにも関わらず、他人の不幸で飯を食らい、他人の死で巨万の富を築いてきた法衣は全て剥がされ、このような醜い裸体を晒しています!他二人もその地位を乱用し、築いてきた死体の山は数知れず、煮るなり焼くなり食すなり、落札者様のお好きにどうぞ!それでは……落札価額銅貨一枚からスタートォォ!!」


 すぐさま値段はつり上がっていく。それほど憎く思っている参加者が多いのだろう。

 皆一様に目を血走らせ、よだれをたらしながら札を上げていく。

 思った通りにオークションは盛り上がった。

 自らの命の値段が目の前で決まっていく恐怖に、これまで安泰だった人生が脆くも崩れ落ちてゆく三者三様の顔を見ても、マルスの心に同情心は全くといっていいほど沸いてこなかった。


「調べてみれば、案外大したことない連中だったじゃないか、シャンドラ」

「いやぁ……正直旦那がこれほど恐ろしいとは思ってもみやせんでしたよ」


 遡ること十日前、このオークション会場のオーナーとはどんなやつだと気になったマルスは、その実態を密かに探っていたのだ。

 シャンドラから得られた情報は、オーナーは複数いるということと、必ず商品を見定めに来るということだけで、どういった地位のものかなどは一切証拠が出てこなかった。


 そこで頭を働かせ、この規模の犯罪行為を隠すことが可能なのは誰かと調べてみることにした。

 賄賂を渡し、過去に遡って犯罪記録を調べていくと、不思議なことに過去に渡り数度内部告発を受けていたにも関わらず、いずれも嫌疑不十分で裁判にすらかけられていなかったのだ。

 しかもその日のうちに決定される異例のスピードでだ。

 これは捜査が及ばない立場からの指示だとあたりをつけたマルスは、次に顧客について調べあげた。

 顧客の情報は、信用のために流出しないよう管理されていたが、裏の支配人として君臨していたマルスが閲覧するなど、造作もないことだった。

 帳簿を1ページ1ページ見落としのないように慎重に調べていくと、記載されている参加者の大半が、さる侯爵と面識があるか、ごく近しい存在の者ばかりであることが判明した。

 更に調べると、侯爵が主催する園遊会や晩餐会などに出席した者達ばかりだった。つまりはそこで密かに闇オークションへと誘導していたのだろう。

 偶然でなければこのような一致はないと判断したマルスは、この侯爵に話を聞いてみようと、さっそく屋敷へと向かった。


 最近手に入れた自動車なるものに乗車し、馬のいない箱の圧倒的スピードにジャックとライデンは顔を強ばらせていた。

 荒くれものといえども、弱点はあるものだなと、マルスは抑揚もなく二人を嘲笑う。

「それで俺とライデンの出番って訳かい?」

「ああ。噂通りなら僕たちを消そうとするだろうから、そのときはよろしくね」

「かぁ~人使いの荒いマスターだぜ。なぁライデンもそう思わねぇか?」

「マルスが望むなら指示に従うだけだ。なにより死なせるわけにはいかないからな」

「おうおう、忠誠を誓うってか?」

「世間話はそのくらいにして、ほら、見えてきたよ。あの馬鹿でかい屋敷がデスピエロ侯爵の屋敷だ」


 車窓から見上げると、丘の上に建つ巨大なお屋敷が目に写ったが、更に驚いたのは麓から屋敷までの長い山道までもが所有する土地の一部だということだ。

 仰々しい門をくぐり、しばらく走っても頂上に着くことのない道中、どれほどの悪事を積めばこれほどの屋敷が建てられるのだと、マルスは疑問に思った。

 もしオーナーが侯爵のみだとしたら、悪事が表に出てこないとは限らないからだ。

 もしかしたら、侯爵は人を集め、犯罪行為に蓋をするのが別の人物なのかもしれない……。

 思案していると、目的の屋敷正面へと到着した。


 すると、知らせてもいないのに、表玄関には執事風の老年の男性が待ち構えていて、降り立ったマルス達を恭しく出迎えた。

「これはこれは、遠いところからわざわざお越しくださいまして、主人に代わりお礼を申し上げます。ささ、なかへお入りください」

 まさかにこやかに出迎えられるとは想像もしてなかったので、三人は面食らってしまった。どうやら調べていたことはとうにバレていたらしい。


 迷路のような屋敷内を案内され、通された部屋来賓室であった。

 ゴテゴテの装飾で彩られた客間は、贅を詰め込んだような統一性の感じられない空間で、ただ不愉快にしかならなかった。

「もう少々でご主人様が参られますので、しばしお待ちくださいませ」


「目がチカチカしてくるな。趣味悪いぜ」

「どれだけの金貨を浪費したんだか検討もつかないな……」

「そんなことはどうでもいいさ。とにかくオーナーだと確定したら、予定通り身柄を押さえよう」

「どんな手練れが襲ってくるか……今から楽しみだぜ」


 言われた通り待っていると、十分ほどたった頃にお目当てのデスピエロ侯爵が姿を見せた。

「いやぁ待たせたね。私がデスピエロだ。君達がなにやら私を探っているという鼠かね?」

 よほど余裕があるのだろうか、マルス達をネズミ呼ばわりする侯爵は、短い足を組み威張り散らす。

 こんな男がオーナーなのかと、一瞬迷いが生じたが、どうでもいいやとナイフを喉元に突きつけると、あっさりと馬脚を現した。

「お、おいっ!?やめないか!刃物を我に向けるな!」

「喋るな、口を閉じろ、これから聞く質問にイエスなら首を縦に振れ、ノーなら横に振れ、沈黙は即切る」

 その脅しに、侯爵は必死に首を縦に降っていた。

 既に涙と鼻水で顔が崩壊している。こんな情けない男が黒幕だとは、到底思えなかった。


「では聞くよ。君は地獄の猟犬ティンダロスのオーナーだね?」

 ――縦に一回。

「他に何人オーナーがいる?一人?」

 ――横に一回。

「それじゃあ二人かい?」

 ――縦に一回。

「国は関与してるのかい?」

 ――横に一回。

「よしわかった、それじゃあ残りの二人の名前を教えてもらおうか」

 その質問に、侯爵は答えるのを躊躇った。

「つまりは、きみより上の地位の人間なんだね。いいよ?話さなくても。調べればわかることだし。だけど……君の寿命はここで尽きることになるけどね」

 ナイスの刃を、ほんの少し皮膚に食い込ませると、赤い筋がプツリと浮かび上がった。

 すると、情けない声であっさりと残り二人の名を告白ゲロした。


「ざ、財務卿のデスピエロだっ!奴が裏から圧力をかけてんだよ!奴とは昔からのし、知り合いでな、声をかけられたから乗っただけなんだよぉ。なっ?教えたんだから助けてくれるよな?」

「良いから話しなよ。もう一人の協力者は?」

「……サン・アンドリヌスだよ」

「法王だと!?」

「ライデン知ってるの?その、サンなんちゃらって人」

「知ってるもなにも……世界中に支部が存在する宗教団体のトップだぞ。名前は確か、」

「アウローラ教」

「ジャックも知ってたの?」

「まぁ元はといえば敬虔な信者だったからな俺様は」

「それが今じゃ殺人鬼かよ。世も末だな」

「まぁその話は置いておこうか。それよりまさか宗教団体のトップが絡んでくるとはね……。さすがに僕も予想外だよ」

 もう観念したのか、項垂れて絶望しきった顔をさせていた侯爵は、自ら仲間のことを話し始めた。


「アウローラ教は……なにやら金が入り用だとかほざいてたよ。なにに使うか知らんが、世界中の支部で寄付金だったりお布施だったり、名目は幾らでもあるが、まぁきな臭いの確かだ……。アンドリヌスも金策に走ってたようで、私達の計画に気づいた奴はこともあろうに『黙っているから上納金を払え』と脅してきたんだ。その癖なにをするわけでもなく、たまに好みの男児こどもを見つけると端金で持ち帰りやがるんだ」

「その子供達はどうなったの?」

「……もう明るいところにはいないだろな」

「糞野郎がっ!」

 ライデンは思いきり椅子を蹴飛ばした。

 マルスもそのアンドリヌスとやらの醜悪さに眉をひそめる。

「どんなに稼いだところで、地獄には金貨は持っていけないのにね」

「で、どうすんだ?」

 ジャックの問いに、マルスは背筋が凍るような笑みで答える。

「腐った聖職者は、この世界から早々に退場してもらわないとね……。そうだ、聖職者なら聖職者らしく、たっぷりと懺悔をしてもらおうよ」

「どうするんだ?」

「ここは、オークション会場だろ?なら、これまで自分達がやってきたことを体験してもらうのがいちばんじゃない?」



 二日後――

「ここから出せっ!貴様っ!こんなことしてタダですむと思うなよ!」

「今ならまだ、手首一本で神はお赦しになりますよ」

「…………」

 マルスの指示で、シェラハ財務卿とサン・アンドリヌス大司教の身柄は拘束され、現在地獄の猟犬ティンダロスの檻の中で牙を向いている。

 デスピエロ侯爵だけは、既に牙を抜かれ大人しくしていた。

 両者の態度は違うものの、未だ余裕があるように見えた。

 その点で侯爵よりいくらか器が大きいかと思ったが、現状を理解できないのでは大した人間ではないなと二人に評価を下し、マルスは暗い目で見下す。


「……なんだその目は!!この俺達を誰と心得る!」

「――有象無象の虫けらだろ?」

「なんですって?」

「不相応の力を手に入れて遊んでいたところを、さらに力を持つものに踏み潰される。この世の真理さ」

「神は貴方に裁きを下すでしょう」

「ここでは僕が神だ。偉そうに喋るなよ」

 腰のナイフを取り出したマルスは、切っ先を大司教の胸元に突き立てた。

「こ、こんな暴挙を、か、神が」

「だからさ、ここで君たちの生殺与奪は僕が握ってることを理解しなよ。とりあえず七日後までその檻の中で飲まず食わずで過ごしてね」

 そういい終わると、手下を連れてその場を立ち去っていく。

 そこで、二人は自分達がどんな目に遭うのか理解した。七日後といえば――オークション開催日ということを。


「ま、まてっ!いくら欲しいんだ?お前らは金目当てなんだろ?言い値を支払おう!いくらだ!」

「……今なら神も寛大な御心でお許しになるでしょう。さぁ!鍵を開けるのです!」

 二人は先程とは打って変わって冷静さを失い、生にしがみつこうと醜い姿を見せている。

 財務卿は金に物をいわせ、助かろうと――

 大司教は糞の役にも立たない神にすがる――


 こんな人間がいる限り、世界は救われない。

 マルスの冷えきった心は、下限を知らないようにまだまだ冷えていく。


「じゃあね。せいぜい後悔するがいいさ」



 オークション終了後、誰もいなくなり閑散とした会場で、マルスは一人、席に座り目を閉じていた。

 ここ最近、自分が自分でなくなるような感覚に囚われる時間が増え、今、この瞬間の自分という存在が消えかかっていた。

 記憶が曖昧になり、意識が霧の中へと融けていく。

 まるで、もう一人の自分が体を支配しているような――

 自分の記憶がない間に、大抵人が死んでいるか、傷ついていた。本当はそんなことしたくないのに、今の僕には自分を止める力すらない。

 こうやって意識を保ってられるのも、残り僅かな時しか残されていないのは、何となく理解できる。

 誰か――誰でもいいから――僕を止めてくれ――――


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