6. 闇オークション

『10番の札の方!金貨50枚』

『120番の札の方!金貨80枚』

『さぁー残り時間はあと僅かです!』

『150番の方!金貨150枚です!』


 タンッ――


『150番のお客様の落札が決定いたしました!』

『おおーーー』

『ちっ……』

『やりましたわねぇ!』



 ポルポトのオークション会場は、熱気で会場の温度が上昇し、物理的に体温が上昇した参加者は、上着を脱ぎ捨て、落札価格を順調に競りあげて9いっく。

 どんな手を使ったかは知ろうとも思わないが、シャンドラは無事オークション会場の責任者となった。

「ワシなら90枚で落とせましたな」

「あんな古ぼけた壺になんの魅力があるのかなぇ……」

 物に価値が宿るなど、おかしな幻想を抱く者がこれほどいるのだから、世の中がどれだけ腐りきっているか窺い知ることができる。

 価値は支配者が決めるもの。そして弱者はその価値に振り回される。

 ――それが世の常だ。


「今落札された壺いくらだったっけ?」

「ありゃあ……金貨150枚だとよ」

 ジャックがつまらなそうにあくび混じりで返す。

「その金貨があれば、どれだけの餓えた民が救えると思う?リャナ」

「え?うーん……金貨ってそうそう見るもんじゃないからよくわかんないよ」

「ライドウは?」

「……食料を配布するだけなら、ざっと五千人ってとこか?」

「そんなに!?」

「さすがライドウだ。伊達に革命軍をひきいていたわけじゃないね。じゃあシャンドラは?」

「興味がありませんな」

「「はぁ?」」

「僕の問いに興味がないと?」

「ええありませんね。弱者がどうなろうが、この世界には関係のないことですから」

「ふっ、さすがにシャンドラはわかっているか」

「……えっと、どういうこと?」

「リャナ、簡単なことだよ。ここでどれだけ金貨を落とそうが、貧乏人は自分達には関係のない異世界だと思うだろ?逆に金持ちからしたら、貧乏人がどれだけ飢えようが関係のない世界なんだよ。どっちも決して交わらない。平行の線なんだよ。だから一部の人間がどれだけ金貨を積めば助けられるのかなんて議論しても、そもそも無意味な話なのさ。根本が変わることはないんだから」

「でも、飢えをしのげることには違いないんじゃない?」

「じゃあさ、その餓えた人たちに金貨を渡すとしよう。きっと彼等は全て食料につぎ込むだろうね。するとどうなる?答えは、『もっと金貨を寄越せ』だ。渡したところでなにも解決しないんだよ。なんでかわかるかい?」

「んなのわかりきってるだろ。貧しいやつは食っていく術を知らない。だから一回限りの役に立たねぇバラ撒きにしかなんねぇんだろ」

「でも、食べれない人もいるんだし……」

「リャナ、聞いておくれ。僕は世界を一度壊すと決めたんだ。貧しい者を救うということじゃない。仮に真の自由と平等の世界に至れたところで、支配されることに慣れきった弱者は、また新たな支配者を望む。自分で自分を救うすべを知らないからだ」

「……いいよ。マルスのやることを私は受け止めるから」

「わかってもらえて嬉しいよ」

 満面の笑みで話を締めるマルスに、用件を進めたいシャンドラが声をかけた。


「旦那ぁ、こんなちんけな会場はさっさとおさらばして、地下の会場に行きやしょう。そここそが今後の収入源になるんですからね」

「カーマダートゥと闇オークション、地獄の猟犬ティンダロス……この二柱で金銭面はクリアする。後は戦力をどう調達するかだね」

「それは俺の兵隊を使えばいい……」

「ライデンの?今じゃ堅気なんでしょ?使ってもいいの?」

 おもちゃを与えられた子供のように、目を輝かせて聞いてくるマルスにライデンは提案を取り下げたい気持ちになったが、口に出した手前、簡単には下げられなかった。

「革命の道半ばで志折れた奴等ばかりだからな。生きることも死ぬことも出来ない奴等には願ってもない戦場だろ」

「それこそよ、ここで有望な戦力を調達しておこうぜ。一度競ってみたかったんだよ」

「やるなら自分のお金でやりなよ。シャンドラもいちいち甘やかしちゃダメだからね」

 世に放たれれば混乱すること間違いない大罪人を相手に、母親のようにいさめる光景を見て誰がこの者らの企みに気づくだろうか――


 その会場は、表向き国指定の公営オークションとされているが、その実態は表面地上にダミーのオークション会場を経営している地下オークション企業であった。

 地上の少額チンケな売り上げしか稼がないオークション会場は隠れ蓑でしかなく、地下ではその何百倍にもなる利益をあげるのが地下オークション会場の実態だった。

 ただし、その実態を知るものはごくごく一部の闇組織に限られ、シャンドラは事前にその実態を掴んでいたのだ。



「さて、それじゃあ参りましょうかい」

「うん行こうか」

 地下へと続く階段は螺旋状になっていて、壁には蝋燭が灯されているものの、足元が薄暗く用心しないと踏み外しかねなかった。

 冷たい風が地上へと吹きぬけ、蝋燭の火を揺らめかせている。


「旦那ぁ……一つ約束してくだせぇ」

「なんだい?約束って」

 いつもマルスを前にしても飄々と語る大詐欺師が、この時は声を震わせていた。

「この闇オークション会場を牛耳る立場につくのは、私とマルス様がいれば造作もないことですがね。さらに上の御方……この会場のオーナーの存在については、その素性を調べることは最大のタブーとされてるんでさぁ。これまでも好奇心や功名心に駆られた愚か者たちが、その実体に近づこうとした結果……姿を消しています」

「ふーん。まぁ覚えておくよ」

 マルスにしてみれば、シャンドラの忠告などどうでも良かった。

 それは虎の尾を踏まないよう、危険なら触れないでおこうという危機管理から来るものではなく、己の企てを邪魔をしなければどうでもいいという至極単純な解であった。

 マルスは容赦はしない――裏の世界では誰もがしる事実だから。



「さ、着きましたよ」

「ここが本拠地か。ずいぶんと趣味のいいことだね」

 そこは、地上の会場よりいくぶん狭く、照明も低く落とされていた。シャンドラ曰く、本番は更に照明が落とされ、席につくと隣の人間の顔も判別できない程度には暗くなるらしい。

 天井も床も、血よりも濃い深紅を基調として、会場そのものがその色に似合う香りを漂わせていた。

「マルス……あれって」

「なんだい?片目だとよく見えないんだよ」

 メイヴが震える指で指した先にはステージが拡がっていた。オークションの商品を陳列する用途に違いはないが、決定的に違うのは人一人が入れるくらいの鉄の檻と、木製の机に置かれた数々の工具類、それに大量の血液がこびりついているところだった。

「……うっ」

「ヒッヒ、こりゃなかなかの趣味をお持ちの客が参加してるみたいだな」

「これが闇オークションの実態!」

「ライデンさん。ここではお静かに、なにより静寂を好む方々が何処で見ておられるかわかりませんので……」

 怒りで怒鳴ったライデンを、脂汗を流したシャンドラが小声で制止する。それほど恐ろしい連中なのかと、マルスは少し興味を持った。


「ねぇシャンドラ、次の闇オークションはいつなの?」

「次ですかい?確か十日後ですが、それがなにか?」

「ここ気に入ったから奪っちゃおうか」

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