3. 運命の悪戯 前編
そこの兄さん、ウチに寄ってかなぁい?安くしとくよぉ」
「初々しいじゃない。私が優しく筆下ろししてあげようかい?」
肌が透ける服を着たけばけばしい女達の、
かしましい嬌声があちこちで飛び交う人種の
なにも大人の階段を昇るためではなく、当分の間の仮宿と、革命団の団員を探すために訪れたにすぎない。
これからお尋ね者になるであろう人間を隠すなら、これ以上都合の良い街はなかったからである。
しかし、都合が良いとはいえ、この街の欲望渦巻く空気がマルスには合わなかった。
「悪いな、嬢ちゃん達。まだまだこのお坊っちゃんには早いみたいだから――よっ!」
ガキィィィン――
「ちっ、仕留められなかったか」
刃と刃がぶつかり合う不協和音が辺りに響き、その異質な共鳴は、それまで辺りにこだましていた嬌声を掻き消す形になった。
客を連れ込もうとしていた娼婦達は、少年が手にした大型ナイフを見るや否や、ナイフに負けない金切り声で蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
建物内に逃げ扉を固く閉じる者もいれば、隙間から二人の様子を窺っている者もいた。
これでは目立ちすぎて借宿を見つけることさえままならないと判断したライデンは、後先考えない二人を引き連れて、別の
(まさか俺がお守りの真似事するとはなぁ)
先頭を歩きながら、ライデンは先程の暴挙を回想していた――
(腰に隠し持っていた大型ナイフを取り出し、ジャックの首元へと刃を振るったが、ジャックは涼しい顔で受け流した。しかし、並の相手なら首は飛んでいたはず……)
その洗練された殺しの技に、ライデンは肝を冷やした。ライデンも犯罪者に身をやつしたとはいえ、
にも関わらず、マルスの動きが一瞬捉えられなかったのだ。
(つまり、これまで争いとは無縁だった非力な少年が、日夜血煙のなかに身を置いていた自分を、瞬間的とはいえ凌駕する力を身につけているということなのか――)
そのあり得ない理由もわかっていた。
(ジャックの常軌を逸した訓練と、それについていくほどの憎しみが、ほんの数週間でお前をそこまで強くしたんだな……)
己の全てを殺してまで力を手に入れようとするマルスを見て、ライデンの胸中は複雑に絡み合っていた。
――果たして、ドレークに頼まれた指名を果たせるだろうか。それとも、俺もいつかは刃の錆と成り果てるのか。いずれにしろ俺も強くならねばならないな。
ライデンのあとをついて歩みを進めながらも、いまだに小競り合いは続いていた。
「ガキ扱いするなと言っただろう」
「事実なんだからしょうがねぇだろ。あんな街中で刃物振り回すなんざ正気の沙汰じゃねぇよ。殺人鬼の方がまだ理性があるぜ?」
「挑発するお前が悪いんだよ」
「マルスよー。お前がどうなろうが別になんとも思わねぇが。どうかそのぶっ壊れた理性のせいでつまらねぇ死に方だけはしてくれんなよ?」
「……ふん」
「二人とも、目的を忘れてないか?ここに何をしに来たんだ。拠点と仲間を確保するためだろ。違うか?」
「あーそうだ。誰かさんが暴れるから」
「ジャックもマルスを刺激するな」
「へいへい」
その時、マルスはというと、明後日の方を向いて心ここにあらずといった風に見えた。
「……二人は適当に宿を見つけといて」
「ああ?どうしたんだよ。……なんだ、抜きたくなったのかぁ?」
「ちょっと野暮用だよ。あとで合流しよう」
マルスはそういうと、突然二人を置いて去っていった――
なにがなんだかわからない二人は、止めることもできずただその背中を見送るのみだった。
「まぁ……あいつも男ってことだな」
「帰ってきても絶対におちょくるなよ」
ライデンのフォローに終わりはない。
お香の
(さっき見かけたのは、あれは、見間違いじゃない!)
三人で歩いている際に、たまたま視界に写りこんだ人影に、マルスの目は釘付けとなった。
何故なら、もう二度と会えない女の子の髪色と一緒だったから――珍しい赤毛だった。
死人が蘇ることはない。そんなことは悪魔に魂を売った狂人だってわかること。
それなのに、マルスの足は止まらなかった。
きっとリャナは生きてるんだと、信じてやまなかった。そこまで、現実と妄想が区別できないところまで落ちてしまったとも言える。
そして、走り続けること五分。十数メートル先に、遠目からでもはっきりとわかる赤髪の女性が歩いているのを見つけた。
「ちょっと、そこの女の子!リャナだよね?リャナンシーだよね!?」
周囲の通行人は、突然大声を上げるマルスに不振な眼を向けたが、それも興味を失えばすぐに自らの欲望を満たすために離れていった。
そのなかで、年若い赤髪の女の子だけはこちらを振り向いていた。
息を切らせて彼女のもとに辿り着くと、リャナとまるで瓜二つの女性は、不振な眼差しでマルスを見つめている。
「あなた……なんで姉さんの名前知ってるの?」
まるで名前を知られると困るような、警戒感を丸出しにして訊ねてきた。
「姉さん?リャナは君のお姉さんなのかい?」
「そうよ。あたしとリャナは双子なの。まさかこんなところで姉さんの知り合いと会うとはね」
まさかはマルスの方だった。このような色街で、彼女の妹と遭遇するとは思わなかった。双子だから当然なのだが、リャナと一緒の顔の彼女を見ると、自然と涙が溢れてきた。
「ちょ、なに泣いてんのよ。これじゃあアタシが泣かしたみたいじゃん」
「……ごめんね。とても、懐かしくてね」
「はぁ~ん。だいぶ姉さんにご執心のようね。君、名前は?」
「僕はマルスだよ」
「マルスね。私のことは、そうね……メイヴとでも呼んでちょうだい」
「メイヴね、よろしく」
マルスは思い出していた。リャナとはじめて会った日を――こうして人混みのなかで会話して、お互い自己紹介しあった日のことを。
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