部活動を始めてみた 中編

「先生!私達の部活動の顧問になってもらえませんか?」

「私がですか?申し訳ありませんが、日々の業務で忙しく、」

「もし受けてくださったら、私ので、イケメンを手配してもよろしいですわよ」

「……ええわかりました。教師なら生徒の頼みを聞くのも仕事の一貫ですよね。……そうよ、私に一向に見向きもしないエルヴィンが悪いのよ。私は悪くない悪くない悪くない――」

(先生、チョロすぎだろ……)

(しっ!先生が良ければそれでいいではありませんか)

(見てて辛くなる……)


「ではここに署名をお願いします」

 エレーナにしれっと手渡された用紙に、なんの疑いもなくサインをするマリー先生を見て、三人は思った――こうなってはいけないと。正に反面教師。

 マリー先生のチョロさは既に周知の事実であり、何か頼み事がある生徒は、イケメンをまるで貢ぎ物のように捧げれば、大抵のことは許されることを熟知している。

 本人は本気で婚期を逃すことを恐れているので、エルヴィンの事が頭によぎりながらも、甘い密に惹かれていく。

 要はウィンウィンの関係なのだが、結局はどの男とも二回目以降に繋がらないので、彼女になにかしら問題があるのだろう。

 今回もそのチョロさを利用され、詳しく聞かされていないにも関わらず、顧問になることを了承してしまったことに後々後悔するのだが――


「ありがとうございます!お引き留めして申し訳ございませんでした」

「いいのですよ。……コホン。あの話、よろしくお願いしますね」

「はい。お気に召すイケメンを用意しておきますわ」

 その返答に気分をよくしたのか、鼻唄を歌いながら去っていく先生の後姿が見えなくなると、四人は多い喜んだ。


「これで晴れて部活動が行えますね!」

「やったな!それじゃあさっそく始めるか」

「そういえば、どうやって問題を探すおつもりですか?」

「……あ」

 三人は、先の事を考えていなかった。

「あの、」

 おずおずとクロエが喋りだす。

「何かしら?」

「学園の外とか……どうですか?外にいけば、困っている人だってたくさんいるだろうし……」

「ああ?」

「ひっ……生意気なこといってごめんなさい」

「いえいえ、良い着眼点だと思いますわよ!私達は学園内のことしか考えていませんでしたからね。ルーシーも賛成ですわよね?」

「うん。アリスと下宿しているときも、色々見てたけど、問題が山ほどあるもの」

「それなら、早速行こうぜ!」

「「「おー!」」」


 かくして、やっとまともなクラブ活動を始められる四人であった。



「それにしても、馬車を使わずの移動なんて、私始めてですわ」

「お金がない人からしたら、移動するのにいちいちお金を払ってられないもの。一応王都は乗り合い馬車があるけれど、それだって特別で、アリスはここにくるまで、馬車に乗ったことないって言ってたよ」

 考えらんねぇなと漏らすダリルと、特になにもいわないクロエも、黙ってついてきてはいるが、一番街、二番街と、過ぎてゆくたびに、額に汗を流していた。

 平民からみたら超がつくほどのお金持ちであるランスター学園の生徒らは、基本的には蝶よ華よと育てられてきた温室育ちの子供である。

 なので、自らの足で歩くという経験がそもそも少ない。三番街に辿り着く頃には、体力の大半を消耗していた。

 そんな彼らをあざけるように、彼らの周りを、子供達が駆け回って遊んでいる。

 その中の一人が、自分達とは違う服装の四人組を不気味そうに眺めると、距離をとるように離れていき、残りの子供達もついていくように消えていった。


「なぁ……俺らダサくねぇか」

「そうですわね。まさか三番街に来るだけで疲れてしまうなど、計算外でしたわ」

「私は慣れてるけど、クロエちゃんは大丈夫?」

「はい……私はどちらかというと、あの子供達に近いですから……」

「??」


 四人は、自分達の制服が浮いていることに気付き、近くにあった洋服店で、それっぽい服に着替えることにした。

「これで怪しまれることはないだろ」

「着心地は悪いですけど、動きやすいですわね」

「着替えたまではいいけど、これからどうしようか」

 四人は、再び頭を悩ませた。彼らは気付いていないが、計画性というものが無かったのだ。


「あの……」

「どうしたの?」

「どこからか、悲鳴が聴こえた……」

「お!やっと俺達の出番か。悲鳴が聴こえた方に行こうぜ」

「ちょっと待ってよ!ダリルって!」

 一人勝手に走っていくダリルの後を、三人はついていく――


「悲鳴が聴こえたのは……たぶんこっち」

「おい、本当にこっちか?」

 声が聞こえたと思われる場所は、まだ日が傾いていないにも関わらず、そこだけ一足先に夜がやって来たような、そんな不気味な小道だった。

 嫌な空気が漂い、来るものを拒絶するような、粘度の高い空気が肌にまとわりついてくる。

「ここを通りますの?」

「これは、ちょっと勇気がいるね」

「でも……確かに悲鳴が聴こえたの……」

「それなら俺が先に行くから、お前らは後ろついてこいよ」

「アリスにもその調子で告白できればよろしかったですのに」

「いちいち蒸し返すな!」


 ダリルが先頭を歩き、エレーヌ、ルーシー、クロエの順で一列に歩く。

想像はしていたが、そこはまるでゴミの掃溜めといった具合の汚さで、散らばるゴミの間を縦横無尽にネズミが走り抜けていく劣悪な環境だった。

 そんな不衛生な所にも関わらず、地べたに座り込んでは虚空を眺めている人や、力無く横たわっている人もちらほら見かけた。なかにはネズミに噛られてるにも関わらず、まるで気づいていない人もいた。

 ネズミがチューチュー鳴く声と、横たわる人のうめき声にいちいち驚きながら、一行は道なりに歩いていく。

 すると、突き当りにぶつかり、そこが行き止まりとなっていた。


「おい、行き止まりじゃねぇか……本当にこっちから悲鳴が聴こえたのか?」

「う、うん……。私、耳は良いから……」

「だけど……何もないですわよ?」

 四方を壁に囲まれた空き地のような場所で、そこだけはゴミが落ちていなかったが、特に隠れ場もなく、子供が身を隠せるような場所はなかった。ルーシー達は、声の主も見つけられず途方にくれていると、クロエが何か気付いたらしく、地面に膝をつき、耳を当ててなにかをし始めた。


「おい、なにしてん」

「しっ!」

 クロエは、ダリルの発言を遮るように人差し指を立てて黙らせると、その場に妙な緊張感が漂い始めた。

「ねぇ、クロエちゃん……どうしたの?」

 なるべく小声で彼女に話しかけると、思いもしなかったことを口にした――


「この下から……子供の鳴き声が聞こえます……」

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