8. 思惑と決意
先日の第二王子が暗殺されるという衝撃的な事件の一報は、瞬く間に王都内を駆け巡り、王都全域に拡大するにはさして時間を必要としなかった。
これまで長い間、理不尽な扱いを受け続けていた平民以下の層は、王族の突然の死という悲報を称賛をもって歓迎した。
この一件が王国の行く末を憂う義賊の仕業と好き勝手に
国民にとっては歴史が変わるかもしれないと期待させる朗報だったが、しかし帝国との戦争が始まるという情報を耳にするやいなや、それまでの浮かれていた心持ちを一変させることになった。
あまり信用はしてなかったけど、第二王子が生前言っていたように、万が一戦争が起きようとも、多くの国民は王国の勝利は確実と信じてやまなかっただろう。
いつか言っていた――国民の大半は支配されることを決して望まないが、支配者がいなければ生きてもいけない矛盾を抱えているということも、あながち間違いではなかった。
ただし、それは無知であり続けるがゆえの考えであって、もしパンドラの箱を開いたら、帝国の実力を知ったらどうなるか。
それは初めてこの国が存亡の危機にあると理解してしまうということでもあり、知恵あるものは実行に移すだろう。この国から一刻も早く逃げようと。
王城内 国王謁見の間
大広間を見下ろす玉座に腰掛ける王は、療養中のベッドから起き上がるだけでも難しい容態なはずなのに、そこには以前と変わらぬ威厳を漂わせ、召集を受けた貴族諸侯を牽制するように鋭い目付きで
私は一介のメイドだけど、王様の特別な配慮により、参加者の末席に加えてもらうことができ、最後尾から会議の行く末を見守っている。
「さて……国民の様子はどうなっておる」
「はっ!現在王都全域に『写真』なるものがバラ撒かれておりまして……その写真には……そのですね」
歯切れの悪い物言いにその先を促した。
「はっきり言わぬか」
「は!つまり……その、帝都の暮らしぶりが描かれていまして……わが国民は精神的に揺さぶりをかけられているもようです」
「その写真とやらは、よっぽどの代物なのだろうな」
臣下が現物を王に手渡し、その写真を確認した王の表情は険しくなったように見えた。
「また同時に、どこで入手したのか王国と帝国の詳細な兵力差を記した書類が王都全域に散らばっておりまして、国民の間では動揺が拡がっております……」
「それでこのような騒動になっているのか……ゴホッ……」
「陛下!あまり御無理をなされずに」
「何を言う……これが最後の仕事になるのなら、無理を通さずにはおれんよ」
そう臣下に伝える王の目は、弱ってもなお風格を失ってはいない。
「王よ!帝国など所詮弱者が集まった寄せ集めに過ぎませぬ!こちらに無い武器を持ち合わせていたところで、王国の誇りを胸に突き進む我らの覇道を止めることなど、天から落ちる雷を受け止めるような愚かな真似ですぞ!」
「全くもってその通り!それに加え……エルヴィン様まで
そう言って立ち上がったのは、第二王子派に属していた貴族達だった。恐らく頭に来ているのは確かなんだろうけど、王子の弔い合戦をするほど忠義心に溢れてるとは思えない。
王子の生前は利権のおこぼれを頂戴して、犯罪行為もその権力でうやむやにされてきた小判鮫ような男達なんだから。
だけど、いざ寄生していた存在がこの世から消えてしまえば、次に考えるのは自らの保身であり、また別の誰かにすがりつくのは目に見えている。それが誰になるのかは、まぁ想像できるけどね。
「お前達はこの写真を見てもなお、帝国の方が劣るというのか?」
血気盛んに立ち上がった貴族の足下に帝国を写した写真を投げ捨てた。ここからでは確認できないのが残念だ。
「平民レベルで既に我ら王国と天と地ほどの差があるのが目に入らぬか。よいか、我らは戦う前から負けておるのじゃ」
「お、王よ!敗けを認めろと仰るのですか!?」
先程まで気炎を吐いていた貴族達は、王の一言に狼狽してしまい、本当にこの国はダメなのでは?と疑心暗鬼にとらわれ始めた。
そんなざわつきが収まらない場で、見慣れぬ若者が畏れ多くも王に直接訊ねる。
「王に問います……この度の戦をどのように収めるおつもりなのですか?」
若き武官は額に汗を浮かべ、緊張した面持ちで王に訊ねる。本来なら王に直接具申することなど厳罰に相当する到底許されぬ行いなのだが、誰も咎めることはしなかった。
「戦争責任か……王国はもちろんだが、諸外国でもほとんど適用されぬ形骸化した条文だが……この度はその適用を素直に受け入れるつもりだ」
「「「………………!!」」」
議場全体から息を飲むような気配が感じられたが、私はあいにくその条文とやらを知らず、たまたま隣にいた若者に声をかけた。
「あの、戦争責任ってどんな罰があるんですか?」
回りに気を配ってコソノソと話しかけた。そのくらいの気遣いは私にだって出来るんだからね。
「ああ?知らないのかよ」
バカにするように、私とそう変わらない年代の若者は話始めた。
「責任って一言で言ってもよ、そのケジメのつけ方ってのはしでかした失敗に比例するんだよ。わかるか?」
「あのおっさ、ごほん。王様は責任をとるって言ったが、帝国との戦争を直前で回避するような奥の手なんてそうそうありゃしない。何故なら向こうに取っては勝ち戦をみすみす逃す手はないからな。つまり約束なんて守らなくてもいいわけだ」
「でも、国同士の約束を破るとなると、他の国もさすがに黙ってはいないんじゃ」
「そう、いくら帝国とはいえ、外を向きゃ強大な国はいくらでもある。だから王が最大のケジメをつけりゃ帝国も無理に攻め混んでくることは不可能になるはずだな。今後のデメリットが大きすぎるし」
「そっか……ならさ、ってあれ?」
気がつくと、たった今まで話していた男が姿を消していた。まるで白昼夢を見ていたかのように――私の隣には一人分スペースが空いていただけだった。
(あれ?私独り言喋ってたの?それとも起きながら夢見てた?)
「父上よ。そう悲観されるな」
大広間にこだまするほどの声量で、私の意識は声の主へと切り替わった。王に対して父上呼ばわりできる存在はもはや一人のみ――その人こそエルランド第一王子であった。
私の位置からの背中しか見えないけど、
細身であった第二王子とは正反対に、遠目からでも確認できるほど筋骨隆々であり、その声からも自信が満ち溢れていて、自らが統治者ということを微塵も疑っていない者特有の気配が彼の存在を大きく見せているのかもしれない。
第二王子が目の上のたんこぶとさんざん
皆が皆、私とマルスのような関係を築けるわけではないんだ。
「父上はだいぶ悲観主義のようですな。一国の王ともあろう御方がそのようではほとほと困る。しかし安心してください。私の得意先の商会から最先端の武器を調達して見せましょう。それもあの帝国製の武器をね」
その既に成功を手中に納めたとでもゆうような余裕の態度で、機密情報の塊である帝国製武器を入手するという余りにも荒唐無稽な提案を示したのだ。
これが普通の人間なら一笑に付されて終わるのだろうが、エルランドは王国の四大商会であるディアマン連合と一度は手離したサフィール商会を傘下に置いていると王から聞いたことがある。
つまり資金面では潤沢ということだ。
そして資金面以上に、大商会から得られる情報は国としても喉から手が出るほどの価値をもつだろう。
どこかで聞いた、『彼が一声命じれば、例え地獄の業火の中であっても、手に入れられないものは無い』という逸話もあながち嘘ではなさそうだ。
「それと、もう一つ提案があります」
「なんだ……申してみよ」
「王の位を暫定的で宜しいので、私に委任してください」
「な、なんじゃと!?エルランド!貴様血迷ったか?」
「いえいえ至極正常ですよ。そうしなければ帝国と交渉も出来なければ軍もまともに動かせませんからね。それに加え父上が反対したところで、お前ら」
エルランドがおもむろに片手を挙げると――目測でその場にいた三分の二ほどの貴族や議員が立ち上り、王に無言で退任を要求したのだ。
(どうなってるの?これってクーデターってやつじゃない!?)
エルランドがしでかした行為は、王位を
(ということは……つまりエルランドは戦争を回避するつもりは毛頭ないということか)
そのやり取りを離れたところから見ていると、エルランドがこちらを向いた気がした。というより目が合ったような……。
とにかく戦争を回避させないと、王国は大変なことになる。強力な武器を持った王国と帝国が戦争なんて起こしたら――その時、かつて夢に見たあの悪夢のような光景を思い出した。
街中に火の手が回り、逃げ惑う人々を次々と殺すあの惨たらしい光景が現実になる?
夢の中であの男は言っていた。
『君だけは選択肢を間違えないでくれ』と。
でもどうすれば戦争を回避できるかなんてわかるわけがない。王の頼みを聞いたとしても、全く現実的ではないし、エルランドの勢力が大半を占めるこの場において、小娘に何が出来る?
ただ戦争へと突入していくのを黙ってみているしかないのかと、自らの無力さに打ちひしがれていると、ポケットから時計がコトリと落ちた。
いつかエルヴィンから貰った大事な懐中時計。
そういえばこの時計が私を守ってくれるって言ってたっけ……。時計を握りしめると、あの頃の騒がしくてイライラさせられてでも楽しかった日々が思い出された。
なんだか心が暖かくなり、根拠のない自信に満ち溢れてくる。
(このまま戦争が始まれば、もうあの日のような日常は取り戻せないよね)
腐敗した政治を間近で見て腐っていた自分に活を入れ直したアリスは、今だ喋り続けているエルランドを無視して、高々と宣言をした。
『私!王様になります!』
戦争まで、あと『一ヶ月』
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