5. 働く意味

 時は遡り、アリスがメイド長から散々に扱き下ろされた後の話――

「アリス……大丈夫だったぁ?」

「……うん大丈夫よ」

 語尾が気だるそうに伸びるナージャが話しかけてきた。メイド長に呼び出されていた私を心配してくれたのか、私の顔を心配そうに覗きこんできた。

「えぇ~嘘よぉ。だってぇ今にも泣き出しそうじゃなぁい?」

「そ、そんなことないから!ほらっ、早く仕事に戻りなよ」

 ナージャはボケッとしてる癖に、どこか勘の鋭いところがある。変に隠し事をしても私の顔を覗きこむとすぐにバレてしまうのだ。

「アリス……どこか出掛けようとしてるぅ?」

(うっ……そこまでバレてるの?私隠し事出来なさすぎじゃない?)

「ちょっと気分転換に外に出掛けようと思ってね。そういうわけだから、じゃ」

 私は引っ付いてくるナージャを引き剥がして出掛けようとすると、「それなら私もついていく」なんて言って、メイド長から許可を得てしまった。

 ナージャは意外と行動力があるというか、強引というか……掴み所の無い同僚であることは間違いないとアリスは思った。


「ねぇアリスゥ」

「なに?」

「三番街まで行って何するのぉ?買い物でもしてぇストレス発散かしらぁ?」

 私達は馬車で三番街に向かっている道中、ナージャから的外れなことを言われた。先程勘が鋭いと言ったのは撤回しよう――やっぱ何考えてるかわからないわ。

「メイド長に三番街でも見てこいって言われてね。メイド長曰いわくどうやら私はやりたいことしかやらない我儘わがままな女らしいわよ。ちなみに……ナージャは私の事どう思う?」

 これまで他人にどう思われてもいいと思ってた私は、初めて他人に自分に対する評価を聞いてみた。ナージャの事だから、また素っ頓狂すっとんきょうな答えが返ってくることを予想した。

「う~ん。言っても良いけどぉ……怒らない~?」

「怒らないから言ってちょうだい」

 言いにくそうにもじもじするナージャ。これは余りいいイメージは持たれてないかと身構えたアリスに、怒らないと言質げんちを取ったナージャは、態度を変えて冷静に答えた。


「ぶっちゃけぇどう思うかって質問に答えるほどぉアリスちゃんの事知らないわぁ」

(な、何ですって!?さ、さすがに想定外の答えだった……)

 私は評価される以前の段階だっのかと肩を落とした。ちなみに私のナージャに対する評価は『未知数』である。


「私はぁメイド長の言ってることはぁ一理あると思うのぉ」

「ナージャも私をバカにするわけ?」

「それはアリスちゃんだよぉアリスちゃんはねぇ~きっと私達のようなぁメイドを~心のどこかでぇバカにしてるんだよぉ」

「そ、そんなこと……」

「たぶん~メイドの仕事を任されるのもぉ~それを言われた通りにやっている人たちもぉ~下に見てたはずだよぉ?」

 そんなとこないと反論したかった。だって言われたことしかしないなら誰でも出来るじゃないか。

 そんな仕事を私にあてがう必要がないし、そんなことをする為にわざわざ王都に来た訳じゃない。

 アリスは心に溜まった鬱憤を吐き出さずにはいられなかった。


「アリスちゃん。見てみなよ」

 ナージャは、いつの間にか三番街に入っていた街並みを指差して言った。

「あそこで野菜を売っている人、あそこで靴を磨いているる人、あそこで汲んできた水を売っている人、あの人たちの仕事をどう思う?」

 ナージャが訊ねてきた。別にありふれた仕事であろう――そう思ってアリスは質問に答えた。

「どうって言われても……どこにでもある仕事じゃない?それこそ誰にでもできる仕事だと思うけど」

「アリスちゃんはぁ~お仕事舐めてなぁい?」

「は?別に舐めてなんか」

「舐めてないならぁ嫌悪してるのかしらぁ」

「お嬢さん方。着きましたよ……喧嘩は降りてからにしてくだせぇ」

 御者の降車を促す声に遮られ、私はしぶしぶ従った。


 ナージャは後に降りた私の腕を掴むと、私を引っ張ってずんずんと歩いていく。そのあまりの強引さに反抗することもできず、されるがままに引っ張られていくとナージャは一人の花売りの女の子の前で止まった。

 その女の子は、通り行く人達に声をかけては断られ、声をかけては断られの繰り返しで、全く花が売れていないことが見てとれた。

 立ち止まってその様子を見ていた私達に気付いたその女の子は、途端に顔を輝かせて近づいてきた。

「ナージャお姉ちゃん久しぶりっ!」

「久しぶりねぇトーカ」

 トーカという女の子とナージャは知り合いなのだろうか、彼女はナージャに抱きついて嬉しそうに笑っている。

「ナージャお姉ちゃんが三番街まで来るなんて珍しいね!」

「今日はねぇお姉ちゃんの友達を案内しに来たのぉ。ついでにお花ぁ買ってあげるねぇ」

「本当に?今日は売れなくて困ってたんだ!ありがとうナージャお姉ちゃん!」

 年頃は十歳位だろうか……無垢な表情をして笑っているトーカちゃんの姿を見ると、心がチクリと痛むのはどうしてだろう?

 それから二人は他愛ない話をして、トーカちゃんは再び花売りの仕事に戻っていった。



「実はねぇ私もぉ昔は花売りをしてたのぉ」

 ナージャはポツリと語り始めた。

「そうだったの?」

「二年前までねぇ……その頃からぁトーカは花売りの仕事を続けているのよぉ」

 ということは、トーカちゃんは八歳の頃から……いや、それ以前から花売りの仕事をしているのか。

 つい先程まで満面の笑みを咲かせていたあの少女が、いかに苦労をしてきたか想像するのも苦しかった。

(さっきの痛みは、彼女に同情したから?)

「私はねぇたまたま王城のメイドにぃ仕えられたから良かったけどぉ……トーカはずっと病気の母親のために花売りの仕事を続けているのよぉ稼ぐしかないからぁ。でも他に仕事がないのよぉ」


 今も声をかけては断られ、それでも笑顔で花を売り続けるトーカちゃんに、何も出来ない自分がもどかしかった。声をかけて花を買ってあげるのは簡単だ。

 だけど、それじゃあ何も解決しない。


「アリスはぁあの子を見てもまだぁそんな仕事とバカにするぅ?」

「するわけないじゃん!あんな無理して笑って、必死に頑張ってる女の子を!」

「そうよぉ頑張ってるのぉ。この街のみんなぁ笑顔の裏でぇ辛い思いを隠しながら頑張ってるのよぉ。でも安っぽい同情はぁよしてねぇ。それがぁ何より辛いからぁ」

 その時わかった、ナージャは私にどんな仕事でも大変な事や辛いことがあることを、自らが望まなくともその仕事を懸命にこなしている人がいることを教えようとしてくれたんだ。

 たぶん一人で来ていたら、何も知ることが出来なかったかもしれない。するとこれまでの傲慢な考えが、とても愚かで恥ずかしいものだと気付いた。


「私……確かにバカだったわ」

「良かったじゃなぁい。自分がぁ無知だったことに気づけてぇ」

 そしてまた新たに気付いたことが一つあった。

「実はナージャって、なかなか性格してたのね」

「そうよぉ?やっとアリスのことぉ知れそうねぇ」


 それからちゃんと友達になれたナージャに、あちこちお店に案内されて、楽しい時間を過ごすことが出来たアリスは思った。


(理想の国を作るなら、誰もが自由に仕事を選べるような国にしたい)


 その願いが叶うかは、これからのアリスの行動次第だろう。

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