1. 少年の想い
目的地の港に到着すると、僕は大きく背伸びをした。
今回は少し長旅だったので、陸地に降りると体だけが揺れた。長く海上にいると起こる目眩みたいなものだ。
大小様々な船から下ろされる荷物目当てか、あちらこちらから隠れていた野良猫がやってきて、猫撫で声で物乞いをしてくる。
この仕事を始めて思ったことは、どの町に行っても、足元で腹を見せてアピールしているこの猫より、酷い生活を送っている人間が多く存在するということだ。
どんなに頑張っても救えない人がいる。その反面、富を蓄え続ける者もいるこの世界に、僕は歯痒さを感じていた。
「近頃、物価が上がってしょうがねぇや!」
「んだな。こう吊り上げられちゃ商売上がったりだな」
荷物を港に下ろしていると、どこかからそんな会話が耳に入ってきた。
「この街も物価が上がってるんですか?」
街の酒場で昼から飲んだくれてる二人組に声をかけた。
「ああん?なんだガキンチョ。あっちに行け」
「ここはお前みたいなガキが来るとこじゃねぇぞ」
突然子供に話しかけられたのが気に食わなかったのか、剣呑な目をさせた彼らは僕を追い払おうとした。
いい加減子供扱いされるのも慣れたけど、慣れたからといってすごすごと退散するのは流儀じゃない。
そこで僕はある提案をした。
「何か詳しいこと知ってるのなら、その情報買うよ?」
「情報を買うだって?馬鹿かこのガキ!良いぜ金貨一枚で売ってやるよ!」
「ギャハハ!そりゃ可哀想だろ!せめて金貨二枚にしてやろうぜ」
(やっぱり舐められてるなぁ。こんなんだから早く大きくなりたいのに……)
どうしたもんかと頭を掻いてると、後ろから荷下ろしを終えたばかりのライドウが声をかけてきた。
「ボス終わったぞ……ってなんだテメェら。ボスに何か用かよ」
「えっ?い、いやいや、なんもありやせんぜ!な、なぁ?」
「あ、ああ!ちょっと世間話してただけだぜ!」
まぁたじろぐのも無理はない。なんせ身体中、刀傷がついてる大男だからね。いかにも人を殺してますって目で睨まれたら、大の大人だって怯むのはしょうがない。
僕だって初対面はチビりそうになったんだから。それは内緒にしてるけど。
「本当か?ボス」
心配そうに僕を見てくる。
「ライドウが心配するようなことじゃないよ。ただ聴きたいことがあっただけさ」
「おい。ボスが聞きたいことがあるみたいだ。さっさと話せ」
「「は、はいぃ~!」」
別に脅す意図はなかったんだけど、結果的にそうなってしまった。
「実はですね、エリュシオン王国では近々大きな戦が起きると言われてるんですよ」
「戦だって?そりゃ本当の話なの?」
「へぇ。その筋に詳しい奴に聞きましたので、信憑性は高いかと」
「その相手国はどこなんだい?」
男は辺りをキョロキョロし、自らの声が漏れないよう小声で語り始めた。
「……聞いて驚かないでくださいよ。あの『ダルタロス』らしいです」
「だ、ダルタロスだって!?」
「ちょっと!静かにしてくだせぇ!こんなこと話してるのがバレたら、首が飛んでしまいまさぁ」
「なるほどね……それで税率を上げているのだとしたら、軍資金確保の為というのもあり得るね」
何やら王国はキナ臭くなってきてるみたいだ。彼らは有益な情報を教えてくれたので、金貨は無理だけど銀貨ならと財布に手を伸ばすと、「「結構です!」」と全力で断られた。解せない。
それより、もしも戦争なんて起きたら、アリスは大丈夫かな……。
僕はユーロポールでドレークさんに仕事を任されて以来、ティーチさんと共に、各地で不遇の立場にある人を救う仕事を手伝っている。
行商で訪れた町で奴隷として売られている人達を、荷物と一緒に船に載せ、ドレークさんのもとに届けている。その後はドレークさんの領分だ。
その活動の中でライドウさんと出会い、今は一緒に仕事を手伝ってもらっているんだけど、ライドウさんは僕をボス扱いしてくるのが目下の悩みの種だ。僕は対等だといたいと常々思っているんだけど、彼は認めてくれない。
「ボス。ダルタロスと戦争となると、いくらエリュシオン王国といえども勝機ははないぞ」
「それは確かかい?」
「ああ……あいつらの非常さは身に染みてわかっているからな」
「そうだったね。ライドウさんは故郷を……」
「そうだ。王国も許せないが、帝国も許せるもんか。だがあの武力は脅威と言わざるを得ない」
帝国は圧倒的な武力を誇り、現在、周囲の小国を次々と
石炭を動力とするその輸送機関を使えば、陸上で荷物の大量輸送が可能となる夢のような乗り物だ。
一行商人としては、仕事の幅が広がると喜ぶべきだけど、その技術力が戦争に使われたりしたら……その時はきっと王国が焦土と化すだろう。
空いた席に腰掛け僕達は早めのお昼にした。
「ねえ、ライドウさん」
「なんだボス」
「ライドウさんは帝国に行ったことあるんだよね?一体どんな街なの?」
彼に過去は聞いているけど、それでも帝国の内情を知りたかった。彼は少し間を開けて答えた。
「……あぁ、胸糞悪い思い出だが、帝国はどの国とも根底から違う。街道沿いには夜でも煌々と闇夜を照らすランプが連なり、馬車とは似ても似つかぬ乗り物が走っていた。地面は土ではなくもっと固い何かで舗装され、空は常に煤煙で覆われ日中でも暗かった。とにかく目に写るもの全てが恐ろしかったが、一番異様だったのは、帝王に対する国民の忠誠心が異常なほどだったところだ」
「そんな凄い国なんだ……」
「ああ。王国も帝国も見てきた俺だから判る。もし戦争が始まれば帝国の勝利は確実だ。その前に被害を受けない土地まで逃げた方がいい」
「僕は……帝国に行きたい」
「はっ!?何言ってるんだよボス!これから戦争が始まるんだぞ」
僕の発言に、強面のライデンさんが飲んでた水を吹き出した。
「ちょっと……ライデンさん」
正面に座っていた僕はびしょ濡れなった。
「す、すまん。だけどボスが突拍子もないこと言うから悪いんだぜ?」
「いや、本気で言ってるよ。帝国は戦争捕虜を大量に産み出しているからね。一度この目でどんな国なのか見ておきたいんだよ」
「だからって時期ってもんがあるだろ」
「そうだ。そんな勝手な真似は許さねぇぞマルス」
会話に話って入ってきたのは、難しい顔をしたティーチさん。
これまでティーチさんの指示にしたがって業務をこなしてきた。何も知らない僕を、厳しくも暖かく見守ってくれた恩人の一人である。そのティーチさんが反対を表明した。
「これから危なくなることがわかってる土地に連れていかせられるかよ。ドレークに何て言われるかわかったもんじゃねぇ」
「どうしてもダメですか?」
「お前がこの仕事を続けたいなら指示にしたがってくれ」
「……わかりました」
出来れば帝国に行きたかったけど、我儘を言うわけにもいかず、ティーチさんの提案を受け入れた。
このまま戦争が始まってしまったら、一体どれ程の被害が出るのか想像もできない。
きっと王国は甚大な被害を被り、恐ろしい数の戦争捕虜が生まれ、そしてまた新たな奴隷が生まれる。
この悪循環はいつになったら無くなるのだろう。どうしたら平和な世の中になるのだろう。
答えの無い問いに、自分なりの答えが出る日は来るのだろうか。
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