第三章 王都暗躍
1. 王都到着
「ねぇねぇ。まさかあれって、王都の城壁……?」
「ご名答だよ」
私達を乗せた馬車は、道中些細なトラブルに遭遇したものの、目的地の王都に辿り着いた。
理想の王都とはいえ、学園都市で都会の華やかさに慣れたと思いこんでいた私だったけど、王都の全体像が少しずつ見えてくるにつれ、その思い込みは大変な誤りだとだと認識させられた。
「何だこれ」
「良いねぇその顔」
王都の入り口に当たる城門の前に到着してまず思ったのは、その荘厳さを兼ね備えた堅牢な街の造りだった。
見上げるほどの高さの城壁が、視界の端から端まで長く、天高くそびえ立っている光景は言葉を無くすには十分な迫力だった。
一体どれ程の時間と労力をかけて完成させたのか、皆目検討もつかない。呆気に取られていた私に、エルヴィンが解説してくれた。
「あの城壁はね、百年前の大戦からも王都を防いだ防御の要なんだよ。遥か昔の技術によって建てられたというけど、真相は定かじゃない。過去に敵国の侵入を拒み続けたこの城壁は、現存の武器では切り崩すことすら叶わないと言われてるんだ。言ってしまえば王都の歴史そのものさ」
(なるほど。道理で至るところに傷跡がついてるのね)
「上を見てごらん」
今度は上に目を凝らしてみると、巡回兵だろうか衛兵がこちらを監視している。
いつ何が起きても対応は出来るというわけか。
ただただ城壁を眺めていると、前方から声をかけられた。
「遅かったじゃないの。私を待たせないでくれる?」
私達を待ち構えていたのは、
そのお姉さんだけど、どうやらその視界に私は入っていないみたい。エルヴィンには話しかけてるけど、こちらを一切見ようとしないからだ。
「さぁ行くわよ。こちらの馬車に乗り換えなさい」
彼女は私には一切興味を示さず、
「ごめんねアリスちゃん。ちょっと面倒な人なんだ」
(面倒ねぇ。出来れば関わりたくない人かも)
「エルヴィン。あの人は誰なの?」
小声で正面のお姉さんのことを訊ねた。
「ああ。あの人は王城に勤めるメイドさんだよ。ちょっと特殊だけどね」
「やだ。エルヴィンの使用人ってあんな服装するの?」それなら私もあんな格好するのかなと想像してしまった……。うん。それだけは断固拒否したい。
「ちょっと。何コソコソ話してんのよ」
「いや、君の素晴らしいファションセンスについて語っていたんだよ」
「はぁ?くだらないこと話してんじゃないわよ」
王都に到着したとはいえ、王城はまだ遠くに見える。王城の特徴は、何よりその透き通るような白さで、あまりの美しさゆえ、戦争時に始めて見た兵士の
お城を見て戦意が無くなるとは思えないけど、確かに観光地にはなるほど美しいと思う。
馬車から見る風景は、存外楽しかった。人の活気に溢れ、立ち並ぶお店も綺麗ではないけど多種多様だった。あちらこちらでお客を呼び込もうとする掛け声が聞こえ、得体の知れない商品を売っているお店も見えた。
学園都市のほうが洗練されてるかもしれないけど、私はこの人の営みを肌で感じられるほうが好きだ。
「王都って聞くと身構えちゃうけど、案外良い街なのね」
そうエルヴィンに率直な感想を伝えると、彼は少し複雑な顔をして言った。
「そう見えるのは、ここが一番外側の三番街だからだよ。この王都は円形の形をしていて、外側から『三番街』『二番街』『一番街』『不可侵地区』と身分によって住むところが区分けされているんだ。よってそれぞれ町の雰囲気が変わるのさ」
それを聞いて、まさか街全体で身分によって住むところを分けられていることを始めて知った。
「それって、王都自体が差別を認めてるってことじゃないの?貴族達は認めているわけ?」
「差別を差別と認識しているのなら、まだ改善の余地がある。たちが悪いのは、この街の貴族や王族達以外の者も、それが差別でなく『区別』だと認識しているところなんだよ。奴らは下々の民を違う生き物なのだと思ってるんだ」
そう言うエルヴィンの顔は、苦虫を噛み潰したように難しい顔をしていた。
私が夢見ていた王都とは、この国の縮図と言っても過言ではなかったんだ。マルスが知ったら何て言うんだろ……。
馬車は目的地を目指し走り続ける。街は次第に様相を変え、目に映る街の作りも、そこに住む人の服装も豪華になっていく。
王都の現実を目の当たりにし、ショックを受けていた私の頭を、エルヴィンはぽんぽんと優しく叩いて元気付けてくれたことに、ちょっと嬉しく感じてしまったことは秘密にしておこう。
マリー先生にバレたら大変だし。
「これからあんた達には会ってもらう人がいるから、黙ってついてきなさい」
平民ではまず立ち入ることのない王城に足を踏み入れた。城内は壁も床も天井も見事に白一色で統一され、壁には著名な画家の名画、天井には巨大なシャンデリアが連なり、黙れと言われなくても息を飲んでしまうような
ヒール音を、必要以上にカツカツ鳴らせて歩くお姉さんに黙ってついていくと、私の背丈の倍以上ほどの重厚な扉の前に辿り着いた。
「命令通り連れてきたわよ」
なんの躊躇もなく扉を開けると、彼女は部屋の主にそう伝えた。ここまで流されるように連れてこられた私は、続けて部屋に入る。
すると、まさかの人物が目の前にいることに唖然とした。
「やっと辿り着いたか。このドニス=エルヴィンを待たせるとは相変わらずの度胸の持ち主だな」
(……え?どうしてここにいるの?だって今後ろにいるんじゃ)
私は後ろを振り返ると、そこには確かにエルヴィンが立っていた。心なしか表情が陰って見えるけど……。
「何を呆けておる。お前が見知った顔であろう」
目の前には、エルヴィンがもう一人いる。
「あんた一体誰よ!」
「……なんだ、聞いておらんのか。そんなに正体を隠しておきたかったのか?もう一人の俺よ」
今、私の正面にはエルヴィンと瓜二つの男が座っている。
「エルヴィン……どういうこと?」
状況が把握できない。私の友達のエルヴィンはここにいるのに、どうしてエルヴィンの名を騙る同じ顔の男が待ち構えているの?
「……黙っててごめん。僕は本当のエルヴィンではないんだよ。僕は影武者なんだ」
エルヴィンが影武者?なんでそんなことする必要があるの?それに――
まさかの返答に、アリスはどう理解していいのかわからなくなっていた。
「我こそがエリュシオン王国第二王子であるドニス=エルヴィンだ。今そいつが何者かなどどうでもよい。お前はこれから俺に付き従ってもらうが、よいな」
その肯定以外は認めぬという命令に、私は反論しようと一歩前に踏み込む――するとエルヴィンが私の肩を掴んで引き留めた。
「ダメだよ、アリスちゃん。兄に逆らってはいけない。命をドブに捨てることになる」
「そうだ。俺の言うことには是しか認めぬ。否定をするなら首を差し出す覚悟をしておけ」
エルヴィンと同じ顔で、恐ろしいことを言い放つこの男が第二王子なんて理解出来なかったし、こんな人間の下につくなんて、こちらから願い下げだとアリスは憤慨した。
でもエルヴィンが強く引き留めた手前、反抗するわけにもいかない。私はただ正面の男を睨み付けて抵抗の意思を示す他なかった。
「ふむ。どうやら長旅で疲弊しているようだな。正常な判断がつかないらしい。ミラ、部屋で休ませろ」
偽物エルヴィンは先程のお姉さんを呼びつけ、私を城内の一室に連れていくよう命じた。
「あんたさぁ、あのボンクラのことをエルヴィンエルヴィンって呼んでるけど、本来エルヴィンって名前は第二王子のものなんだから気安く呼ぶんじゃないよ」
ミラさんは、歩きながらこちらを鋭く睨み付けそう言った。でもエルヴィンはエルヴィンなんだ、私にはそれが事実だ。意地でも認めてやるものかと無視をしていると、
「はぁ、このガキンチョのどこに惹かれたんかねあの王子は」
そうぼそっと呟いた。惚れただって?ふざけんな!
「いいかい。ここから先が城内で働く使用人のスペースだ。本来なら見習いのメイドなんてここのボロ部屋からスタートするんだけど、あんたは運が良かったね。私と同じフロアで寝泊まり出来るよ」
そう不満そうに語るミラさんが指差す先は、同じ城内のはずなのに、床も壁も天井も木材で作られていて、明らかに異質なスペースとなっている。
「一時間後に迎えに行くらかね。ちゃんと休んでおきなよ」
お守りは終わったと言わんばかりに、彼女はその場を後にした。
どうやら城内も身分によって居住スペースが分けられているみたいだ。貴族とはいえ、位によっては通される部屋も変わってくるらしい。
(じゃあ私の部屋はどんだけ汚いんだろ)と、ミラさんに教えてもらった部屋に入るなりビックリした。
どこの豪邸の一室だとツっこみたくなるほどの、豪華な家具に囲まれた部屋だったのだ。間違ってもメイドに与えられる部屋ではないことは、田舎娘の私でも一目瞭然だった。
だって、ただのメイドが天蓋付きのベッドで寝ると思う?
きっと夜でもそわそわして寝れないだろうベッドの上には、私が着る予定の制服が綺麗に折り畳まれている。
(今日からこれを着て働くのね……)
エルヴィンには聞きたいことが山ほどあると言うのに、どこかに行ってしまうし、知り合いもいないしどうすれば良いのか、広すぎる部屋で一人悶々とするアリスだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます