9.学園都市出発

「ようアリス」

「ごきげんようアリス」

 まだぎこちなさは残ってるけど、ダリルとエレーナはやっと普通に話せるようになった。

 無駄な努力というか、労力というか……。本当はエルヴィンに文句の一つや二つでも言ってやりたいんだけど、あの夜から姿を見せない。

もう一週間経つけど、そんなに長い間顔も見せないのはこれまで無かったから、なんだかモヤモヤする……。

 お昼休みにルーシーとエレーナにそのことを話したら、「それはきっと春が来たんですわ!」なんてエレーナが目を輝かせて叫んだ。春?これから冬がやってくるというのに、何言ってるんだか。

 ルーシーはルーシーで、「それはきっと特別な感情だよ」なんて頬を染めて言ってくるし。特別も何もただの友達だけどね?それもだいぶ年上の。

 そんな女子だけの会話をしていると、横からダリルが会話に割り込んできた。


「な、なぁアリス」

「ん?なによ」

「その男って……か、か、彼氏なのか?」

 ……はぁ?彼氏だと?言うに事欠いて、エルヴィンが私の彼氏だと?こいつ何言ってんのかしら。

 アリスはそんな質問をしたダリルに呆れた視線をよこしたが、当のダリルは、(嘘であってくれ!)と神に祈っていた。

「んなわけないでしょ。友達よ友達」

「お、おぅ。そうかそうか。まぁアリスに男なんて出来るわけないよな!」

何が良かったのかわからないけど、ダリルは気分を良くして自らの席に戻っていった。


「アリスさん。いらっしゃいますか」

 昼休みの教室にマリー先生が訪れた。昼休みにわざわざ訪れるなんて珍しいなと思ったら、まさかの呼び出し?

 アリスは何かやらかしたかと、凄まじい回転数で可能性を吟味したが、呼びだしを食らうほどの面倒事は起こしていないはずと、その可能性をゼロ判定とした。

 ちなみに些細なことは考慮していない。


「なんですか?私なにもやっていません」

「それはやましい人間が言う台詞ですよ。ちなみにあなたはいろいろしてますけどね」

 ちょっとしたことはバレてるみたい。

「あなたのことを理事長が呼んでるんですよ。一介の生徒を呼び出すなんて前代未聞ですよまったく……」

 あらら……なんだか雲行きがだいぶ怪しいわね。私の勘は当たるからなぁ。まるで売られていく山羊のようにとぼとぼついていくと、マリー先生の事務室とは比べ物にならない豪華な扉の正面に辿り着いた。

(うわぁ。いかにも金に物を言わして作りましたって感じの趣味の悪さね。これを作らせた人間の品性が知れるわ)

「ここにいる人が上司に当たるわけですね」

「ええ。そうよ」

「……先生も大変そうですね」

(きっと先生もいろいろ無理難題を吹っ掛けられてんだろな)

(おもにあなたのせいですけどね!)

「こほん。マリアテレスです。アリスを連れて参りました」

「入りたまえ」


 先生が扉を開くと、そこは想像以上の……趣味の悪さだった。

 どこを向いても統一感がなく、幾らかけたのか知るよしはないが、金銀やたらめったら光輝いているものだから、目がチカチカしてしょうがないったらありゃしない。

 何を勘違いしたのか、「おッホッホ。平民には一生拝む機会など無い調度品の数々に、目が眩んでいるようですねぇ」なんてお門違いなことを正面のおっさんは言った。

 眩んでるのは、そういうことじゃないんだけど。とつっこみたい自分を自制したの誉めてほしい。

「私がこのランスター学園の理事長であるアイキュロスです。平民に消費する時間がもったいないので簡潔に話しますね」

 いちいち感情を逆撫さかなでするおっさんだなぁ。私もさっさと用事済ませたいんだけど。

 しかし、理事長おっさんがさらっと告げた一言は、予想だにもしなかった指令だった。

「あなたには、これから王都に出向いてもらいます。そこで第二王子付の使用人見習いをしてください。以上です」


「――なんてことがあったの。なんで私がそんな命令受けなきゃならないのよ!」

「なんでだろうね……使用人なんてそれこそ山のようにいるはずだし、外部から指名するなんて聞いたことないよ?」

「私にもわかりませんわ……。ですが使用人となると、王城に向かうことになりますわよね。……そうなるとせっかく仲良くなれましたのに、私悲しいですわ……ぐすん」

 そんな健気なことを言ってくれるエレーナだけど、泣いてる振りして涙出てないじゃないの。

「私も寂しいよ……。だっていつ帰ってくるかわからないし、もしかしたら二度と会えないかもしれないし……」

「うん……私もいつまでとは聞いてないからわからないんだ。でもいつか帰ってくるよ。だからその時はまた一緒に遊びに行こうよ」

 私だって、急に離ればなれになるのは寂しいよ。

 でもエルヴィンには謎の行動が多すぎる。それを解明するにはチャンスだと思う。


 その日の夜は、王都に出向く私の為にトーマスさんが送迎会を催してくれた。

 ルーシーはもちろん。エレーナやダリルと取り巻きたち、それに一部だけどクラスメイトも訪れてくれた。

 付き合いは長くはないし、憎たらしい貴族の子供達だけだど、実は心根はそこまで悪くなかったりする。

 腹を割って付き合えば、案外平民と貴族の垣根なんて簡単に乗り越えられるものなのかもね。

 宴もたけなわになり送迎会もお開きになる頃、ダリルが話しかけてきた。なにやら外で話があると言われ、私は外に連れ出された。

「なによダリル。この時間は外は冷えるわよ?」

「え、え、えっとよ、」

 奥歯になにか挟まったかのように、歯切れの悪いダリル。

「後片付けのお手伝いしたいから早くしてくんない?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!あ、あのな」

「なによ」

「だぁ~~っ!何でもねぇ!さっさと王都に行ってイジメられてこい!」

 そんな捨て台詞を吐いてダリルは夜道を駆けていった。

 取り巻きたちも影で見ていたのか、

「そりゃないよ~ダリル~」

「置いてかないでよ~」

 なんて言って一緒に闇に消えていった。

「あちゃぁ……やっぱりダメだったみたいだね」

 ルーシーも見ていたのか?

「何がダメだって?」

 キョトンとしている私を見て、ルーシーは「ダリルに、少し同情するかな」なんて言った。一体何がいけなかったの?

 最後の夜は、ルーシーと一緒のベッドで寝ることにした。

 なんだか恥ずかしかったけど、お互いとりとめもない話題に花を咲かせた。

 思えば、ルーシーとは学園都市に来てから、一番仲良くした友達だった。

 最初はなよなよした弱い子かと馬鹿にしてたけど、とんでもない。彼女は私と違う強さを持っていた。実家での酷い扱いに何年も耐えていたのだ。

 ダリルだってエレーナだって……まぁどこか良いとこがあるだろう。

 この街で出逢った人達は、みなそれぞれ良いとこはあった。良いとこを持ち寄れば、この世界だってもっと良い世界になるはずだ。

 マルスも……同じように考えてくれると嬉しいな……。



「それじゃあ行ってくるね」

 翌朝、迎えに来た王都行きの馬車に乗り、最後の挨拶を交わした。

「いつでも帰ってくるんだぞ!お嬢の部屋はいつだって開けておくからな」

 トーマスさんはまた泣いてる。昨日あれだけ泣いてたのに。

「アリスちゃん気を付けてね。向こうについたら手紙ちょうだい」

 ルーシーは別れ際も惚れ惚れするほど可愛いわね。目の下の隈が目立つけど。

「頑張ってきてくださいね。みなさんアリスの帰りを待ってますから」

 エレーナも初めて出逢った頃より、だいぶ可愛らしくなったわね。そんな顔出来るなら、ルーシーにだって負けないでしょうに。

「あれ?ダリルは?」そういえばダリルの姿が見えない。

 最後の最後に寝坊でもしたかなアイツ。

「それじゃあ行こうか」

 御者はその一言を合図に、馬車を進めた。

「じゃあね!また帰ってくるから!」

 見送りに来たみんなの姿が、視界から消えていく――良かった。寂しい顔をみせずにすんだ。

「久しぶりだね。アリスちゃん」

 アリスの正面には、久しぶりに顔をみせたエルヴィンが座っている。彼がアリスを王都まで送り届ける役を申し出たらしい。

「ほんとあんたの企みは底知れないわね。私に何をさせようって言うのよ」

「それは言えない。だけど先に謝っておく。こんなことに巻き込んで申し訳無い」

 そう言うと、アリスに向い深々と頭を下げたのだ。

 王族が頭を下げる――しかも平民に。その意味はエリュシオン王国で暮らしている者ならば、誰だってわかるあり得ぬ行為。

 その行為を、どこにでもありそうな馬車の中で行われていると誰が想像できるか。

 しばらく頭を下げていたエルヴィンは、頭を上げると「君は僕が守る。だから僕の事を信じてくれないか」そう真っ直ぐな瞳で、私に誓った。

 守ると言う言葉に少し動揺したけど、アリスの返答は決まっていた。


「もちろん信じるわよ」


 果たしてその返答が信用しての答えか、はたまた、別の感情がそう答えさせたのか、この時のアリスにはわからずじまいだった。


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