8.それぞれの思惑
あれから私は、どうやったら奴隷の人達を救えるか考えていた。もちろん授業はちゃんと受けている。
高等部に進学するためにも、まずは成績トップにならなくちゃならないしね。
こないだの学力試験も成績上位に食い込めはした。食い込めたけど一位ではなかった。それが現実だ。
(マルスと一位を取るって約束したんだから、抜かっちゃダメよね)
私の頭では、いくら考えても奴隷をどうしたら解放できるかなんて思い浮かぶわけでもなく、頭は無理な並列思考を続けた結果、オーバーヒートしてしまった。
ちょうどその頃季節は進み、エリュシオン王国の北からは冬の到来が迫っていた。
「アリスちゃん。これ風邪だよ」
学園から帰宅したルーシーは、私のおでこに手を添えると、そう診断した。
「ぇえっ?生まれてこのかた風邪なんて引いたことない私が風邪?」
アルバ村のような貧しい村で育った私は、無条件に丈夫だと思い込んでいたけど、そんなことはなかった。
ちょっと無理すると体調を崩す町娘と、なんら変わりはなかったのだ。ちょっとショック……。
「わたしね、トーマスさんに頼んで、蜂蜜を用意してもらったの。ほら紅茶に淹れると喉にも優しいって言うでしょ?」
そう言って、
そんなことは露知らず、私の冷えた手に温かいカップを手渡してくれた。
「はい。どうぞ」
「ありがと」
受け取ったカップからは、湯気が立っている。それを見ながら私はボソッと呟いた。
「ねぇルーシー」
「なぁに?」
「ルーシーは奴隷についてどう思う?」
「奴隷?……うーん。難しいことはわからないけど、苦しんでいる人がいるなら、私は無くなった方がいいかな」
「ん……そうよね」
優しいルーシーならそういうと思った。
蜂蜜入り紅茶でリラックスしたのか、私は心地よい眠りにつくことが出来た。
――その夜、アリスは夢を見た。どこかで見たことのある夢だった。あの日見た男に手を引かれて歩いている夢だ――
「また貴方ですか。貴方は誰なんですか?」
…………
「今度は何処に連れていくつもりなんですか?」
…………
あのときと同じで、いくら訊ねてみても返事をしない。ただまっすぐ前を向いて歩いている。少し違うのは、歩くスピードが若干早いことくらいか。
しばらくついていくと、暗い世界が白い光に包まれ、目の前に知らない街を映し出した。
そこは埃っぽい空気に満ちた世界だった。街の作りからして、一目見て学園都市より優れた技術が集まった街だと理解したが、通りを歩く住人達は皆一様に暗い表情をし、うつむき加減で歩いている。
向こうでは、信じられないことに豪奢な馬車から貴族が引きずり落とされ、4~5人に袋叩きにされていた。
私の常識では考えられない光景だった。
ふと、どこかで言い争っている声が聞こえる。耳を澄ませ街を探索する。すると声の主が見つかった。
あれは……私とエルヴィン?私の面影がある少女、というより私が大きくなったような女性と、少し老けたエルヴィンが何やら言い争いをしている。声は聴こえないが、剣呑な雰囲気だ。
何がどうなってるのかわからないけど、あの日夢見た世界とは、まるでなにもかも違う。
『君達の選択が、この世界を滅ぼす』
男が口を開いた。
――パチン――
指をならすと、先程の街が火の海と化していた。
街中の建物には火の手が回り、至るところで悲鳴と怨嗟が飛び交う。
恐怖から逃げ惑う住人を、貴族も、平民も、大人も、子供も、男も、女も、躊躇なく背中から切り刻み、腹から突き刺し、射撃ゲームでも楽しむように視界に映る物を蜂の巣にし、殺戮と
その死体の山の頂点には……私の無惨な
丘のような高さほど積まれた死体から流れる血は、一筋だったものが、幾つも合流し、次第に大河に変り、私も男もあっけなくも飲み込んでいった――
『これが、これから起こりうる世界だよ』
「ちょっと待って!あなたはこんな夢を見せて、私にどうしてほしいわけ?目的を言いなさいよ!」
『私は行かなくてはならない。君の前にも当分現れないだろう』
『私が見た世界。君が見る世界。君が選べば、いくらでも可能性はある。他の者が選べば、また別の可能性もある。せめて君は間違えないでくれ。私の願いが叶うその日まで――――』
――夢から目が覚めた。
「――はぁっ!……はぁ……はぁ」
「大丈夫?アリスちゃん」
どうやらだいぶうなされていたらしい。パジャマが寝汗でグチョグチョだ。
「大丈夫かい?アリスちゃん」
ルーシーの横にはエルヴィンもいた。珍しく心配したような顔で私の顔を覗きこんでいる。
「うん。大丈夫。ちょっと嫌な夢見てただけだから」
「そうかい?ここ最近アリスちゃんは気を張ってたからね。少し疲れてたんだよ」
気遣いなんて珍しい……。エルヴィンこそ体調悪いんじゃないかしら。私が大丈夫だとわかったのだろう。エルヴィンはさっさと帰っていった。
「エルヴィンさんね、嫌な予感がするって夜遅くなのに急に訪れたんだよ?なんだか運命みたいなもの感じるよね」
そんなロマンチックなことを言ってルーシーは顔を赤くしていたけど、ごめん。それどころじゃない。
どうしてあの夢の中にエルヴィンが出てきたのか。
どうして争いが起きていたのか。
どうして私が死んでいたのか。
……それにあの集団の中にいたのは……
またもや正体不明の男と話す機会はなかったが、二度あることは三度あるだろうとアリスは前向きに考えた。
その時に今度こそ聞き出せばいい。
そう――夢が現実になるなど、アリスは夢にも思っていなかった。
「嬢ちゃん。アリス嬢の様子はどうだったかい」
「はい。今はすっかり寝ていますよ」
「そりゃ良かった。しかしアイツもあんな顔するんだな。あんな焦った顔初めて見たぜ」
「私もです。あのお父様と対峙しているときでさえ、余裕がありましたのに」
ルーシーはつい先程、エルヴィンがアリスの部屋で話していた内容を思い出す。
彼女がすやすや眠っている頃、ドタドタと何者かが二階に上がってくる音に飛び起き、何事かと様子を窺うと、エルヴィンがアリスの部屋に侵入するのが見えた。
(まさか、夜這い!?)と、一人で盛り上がったが、よくよく見てみるとアリスの手を握って何か呟いているではないか。
〈僕は……正しい道を選んでいるのだろうか……〉
何のことを言っているのかわからなかったが、エルヴィンはエルヴィンなりに悩みを抱えているのだろう。そうルーシーは理解したのだった。
「ねぇ。さっき弟が威勢良く飛び出していったたけど大丈夫かしら?」
豪奢なソファに腰かける彼に、一際目立つ深紅のドレスを身にまとった女が垂れかかる。男性なら誰もが振り替えるような蠱惑的なスタイルの持ち主の彼女は、エルヴィン直属の諜報部隊の一員だった。
任務にはもちろん暗殺も含まれる。
「ふっ、好きにさせておけ。どうせ女のところだろう」
「どうかしらねぇ。もし子供なんて出来たらどうなるのかしら」
「……なるほど。お前はだいぶ暇なようだな。そのような馬鹿げた仮定の話をしにわざわざやって来たのか」
「じょ、冗談よ冗談。報連相〈ホウ・レン・ソウ〉は基本でしょ?ちゃんと依頼はこなしてきたわよ」
その圧倒的な殺意には歴戦のスパイもたじろぐしかなかった。
(やっぱこっちのエルヴィンは最高ね。ついてきて正解だったわ)
「さっさと話さんか」
「はいはい……せっかちさんなんだからぁ。国王の容態だけどはっきり言って重い病気を患っているみたいよ。長くて一年……早けりゃあと半年ってところね。お兄さんは足しげくお見舞いに行ってるみたいだけど」
「そうかそうか。我に一切の面会を許さず、情報すら入ってこなかったのはその事実を秘匿しておきたかったからか」
その報告を受けたエルヴィン第二王子はクツクツ笑い、次なる指令を出した。
彼にとっては目の前の女もただの駒だった。ちょっと値が張る程度の駒なので失ってもなんら痛くも痒くもない。
彼女の方は信頼されていると思い込んでいるが。
「よし。次はそうだな……。現国王にはご退場頂こうか」
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