7.矛盾
「それで私に何の用ですか?アリスさん」
話しかけられたのがそんなに気に食わなかったのか、マリアテレス先生は、眼光鋭く私と対峙した。
昨日の一件を正直に話すなんて愚かなことはせずに、歴史について学びたいと装い訊ねることにした。
「実は今王国の歴史について学びたいと思っていまして、特に奴隷制度についてお詳しい先生に訪ねたんです。エルヴィンがマリーなら役に立ってくれるって言ってたもので」
ごめん。勝手に名前使ったわ。許せエルヴィン――
エルヴィンの名前が効いたのか、目を泳がせて聞き返してきた。
「エルヴィンが!?あのエルヴィンが『私が役に立つ』と言ったのね!?」
凄い剣幕……先程までの鋭い眼光とはうって変わり、まるで情念みたいなものを感じるのは気のせいだろうか……。
マリアテレス先生の振れ幅が凄いの一言につきる。
放課後なら時間が取れるというので、素直に従った。
心なしスキップをしているように見えた後ろ姿であった。
教室につくと、いつものようにダリルが話しかけてくる。
「よお。マリア先生には聞けたか?」
「いやー放課後なら時間が取れるって言うから、素直に従っといたわ。それよりも昨日はおごってもらって悪かったわね」
私は、なけなしのお金をダリルに渡そうとすると、「そんな
それならそれで懐が痛まなくて助かるんだけど、もうちょっと言い方ってもんを学習しないのかな。
「ダリルあなた平民とランチを共にしたの?」
そこで割り込んできたのが、クラスで一番のお嬢様のエレーナだ。そういえば、彼女は自己紹介をしたときに虫にビビってたな。
「いいんだよ。こいつは平民でも面白い平民だからな。特別に隣にいるのを許してやってるんだ」
はぁ?こいつ何を言ってんだ?言うに事欠いて、隣にいるのを許してやってるんだ?
あ、ダメだマジでキレる五秒前――
「あんたね。誰があんたの許可をもらって隣にいなきゃならないんだよ。いちいち貴族の地位をかざさなきゃまともに人付き合いも出来ないのかよ」
啖呵を切ってダリルの襟を掴んだ結果、「や、やめろ……くる……しい」彼は危うく窒息するところだった。
「ゴホッ……お前こんなことして、」
「あら、平民何か落としましたよ」
エレーナに指摘され、足元に懐中時計が落ちたことに初めて気づいた。そういえば、懐中時計って人気があるんだっけ?すっかり忘れてたな。
「あなたそれ懐中時計じゃありませんか。どこで手に入れたんですか?――ん?ちょっとそれ見せなさい!」
エレーナは私からひったくるように時計を奪い、まじまじと観察している。なんだろう……あまりべたべた触らないでほしいんだけど。
「ア、」
ア?
「ア、ア、」
なんだって?
「アリス様ぁーーーー!申し訳ございません!」
はい?何で急にエレーナは土下座をしているんだ?あまりの豹変ぶりに、クラス内がどよめいてるよ?
(おい。あの高慢ちきなエレーナが謝罪なんてしてるぞ)
(お前、それを通り越して平民に土下座ってヤバくねぇか?)
(エレーナ様おいたわしや……きっと平民に脅されたんですわ)
「お、おいエレーナ……お前どうしちまったんだよ」
「あんたも土下座なさい!タメ口利けるような御方じゃないわよ!」
――ちょっともう恐怖すら感じるよ。何が彼女をそこまでの恐慌に陥らせたのか。
「ちよっとエレーナ。いつもの上から目線はどうしちゃったのよ」
「誠に申し訳ございませんっ!これまでの私の失礼極まる言動と態度をどうかお許しください!どうか後生ですから!」
ちょっと誰か今の状況説明してくれないかしら。
目の前で同級生を泣かせて土下座させてる鬼畜にしか見えないわよ私。
ルーシーが私の懐中時計を改めて確認すると、爆弾発言を投下していった。「これ、王族が認めた人にしか渡さない王国最上級の懐中時計だよ」
――そして今のこの状況である。ルーシーを除く全員が土下座という地獄のような空間が出来上がった。
あともうちょっとで授業が始まるんですけど……
こうして、私の望まぬ形で貴族と平民の問題が解決したのでした。
エルヴィン覚えていろ。
放課後になるまで、ひたすらクラスメイトの接待を受け続け、気持ち悪いから普通に接してくれと必死に頼み込んだ結果、なんとか対等に話せるようになった。
エレーナとダリルは相変わらず怯えてるけど。
役に立つどころか厄介事が増えたじゃないか。
放課後はマリー先生の事務室で話を聞く予定だったので、普段は歩かない教職員棟に向かった。
「アリスです。失礼します」
やたら重い扉を開くと、そこは壁一面に大量の本が陳列されていて、貴族にありがちな趣味の悪そうな調度品は見られなかった。
仕事に生きる女って感じが部屋の雰囲気からも漂っているわね。そんな分析をされているとは露知らず、マリアテレスはアリスににこやかに声をかけた。
「ちょっとお話があるんだけど、ヨロシイカシラ?」
はて、どこか様子がおかしいぞ?
なんでよ……なんでこの子ばっか彼に目をかけてもらえるのよ……。
生徒が騒いでるから何かと思ったら、よりにもよって……あの懐中時計を私以外の!よりにもよってこの子にあげるなんて!
もう……私のことなんて興味ないのかしら。
「先生?」
(あの頃と比べたら……そりゃ年取ったけど)
「あの先生?」
(それでもまだまだイケてると思うんだけど……)
「おーい先生」
(はっ!やっぱり
「あ、エルヴィンだ」
「えっ!?どこどこ?エルヴィンどこ?」
「すみません。冗談です」
この子……!私をおちょくってるの?
「あの、話ってなんですか?」
落ち着け私。こんなとこで、エルヴィンにどうして貰ったかなんて問いただすなんて、私のプライドが許さないわ。
本人は冷静のつもりだが、第三者から見れば、既にメッキは剥がれていることに本人だけが気づいていなかった――
「いえ。話は置いておきましょう。奴隷制度について聞きたいんですよね?」
「はい。お願いします」やっと本題に入れる。マリー先生は
「まず言っておきますが、エリュシオン王国では奴隷は認められていません」
それは知っている。
「もし奴隷を所有しているとどうなるんですか?」
「そうですね。仮に所有が発覚した場合、領地没収もしくは資産の半分を国庫に返納、又は最大禁固十年に処されます。これは奴隷規制法で定められています。奴隷の密輸に携わったものは、最低でも無期懲役、最高で死刑に処される重犯罪に当たります」
それだとおかしくないか?そんな罰があるっていうのに、足下では奴隷の売買が平然と行われているなんて全然意味無い法律じゃないの。
灯台下暗しとはよく言ったものね。全く目が行き届いていないわね。
「その奴隷規制法って抜け穴とかないんですか?」
「抜け穴ですって?あなたがおっしゃっているのが特例という意味でなら存在しますよ」
「それは?」
『王族の認可が下りし者はその限りではない』
ん~なんだか分かりにくいわね。
「それは王族が認めた人間や商会なら、人身売買が行えるということですか?」
「口を慎みなさい。確かにそのまま解釈すればそうなりますけど、現国王が反奴隷の立場ですからね、 表だってする王族はいないでしょう。自らの王位継承権を捨てるようなものですから」
「えっと、それだと先程の所有してはいけないという条文と矛盾しませんか?その法律ってちゃんと運用されてるんですか?」
「……どうでしょうかね。私は法律家ではないので詳細は存じ上げませんが、数字上ではゼロになっています。きっと犯罪を犯してるものが存在しないということなのでしょう」
なんだよそれ……。それじゃあ法律は形だけのアピールで、むしろ王族が認めた奴は好き勝手出来るってことじゃないか……。
エルヴィンはこの事を知ってて当然だよね。だとしたらなんで
先生にお礼を言い事務室を後にすると、いつの間にか外は薄暗くなっていて、どこかで
夕食に間に合わないかとお腹を減らせて
(そうか、ずっと彼等はお腹を空かしてるんでしょうね……)
いつの間にか恵まれた環境に馴れていたアリスは、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます