6.猫街道へ

 ルーシーを助け出してから一ヶ月ほど経った。

 禁制品の密輸や奴隷の売買などのサフィール家の罪は、エルヴィンが手を回し表沙汰にはならず、真実は闇へと葬られたのだった。

 エルヴィンいわく、「ただ罰を与えるよりも、有効な使いみちはいくらでもある」とのこと。

 本当に腹黒いというかなんと言うか……。

 普段のすっとぼけたキャラは演技なのか問いただした時なんて、「それも僕の一面さ。ギャップがあって良いだろ?」なんてすかして言ってた。

 誰がエルヴィンなんかに魅力を感じるのか、と思いきや、街中を彼と歩いていると婦女子達の視線を感じることが多かった。

 そう言えば、初めて会ったときも周囲から妙な視線を感じたな……。

いつかエルヴィンも私も、変な女に刺されたりしないかしら――等の本人は、今日も正面の椅子に座ってこちらをニヤニヤ眺めている。



 彼の頼みは、「僕が困っていたら、助けてくれないか」だった。つまり『友達』になってくれないかと――



「アリスちゃん。おはよう」

「おはようルーシー」

 寝ぼけ眼で二階からルーシーが降りてきた。

 ルーシーはあの一件以来、黄昏亭ヴァンジョーヌに泊まっている。本当は貴族や大商人の子弟してい用の寮があるらしいんだけど、そちらを選ばずに私と同じ宿を選んでくれた。

 トーマスさんは商魂逞たくましく、お金持ちも泊まる宿と宣伝を打ち、そこそこに収益が上がっているらしい。

 泊めて貰わせてる身として、役に立てるなら私も嬉しいな。

 ちなみに父親とは手紙でやり取りをしている。エルヴィンが直接会うことを禁じ、父親として更生したと判断されれば、エルランドの会うことが許される。

 個人的にはゆるされるべきではないと思うけど、そこまで他人が口出すのも野暮だと思い、この問題はルーシーに任せようと割りきっていた。


 パンとスープをペロリと平らげた私を、ルーシーは休日のお出掛けに誘った。

「今日さ。一緒にリボン買いに行かない?」

 一瞬リボンを身に付けている自分を想像して、食べたばかりのパンとスープを戻しそうになってしまった。そんなのまるで興味ないんだもん。リボンより本をくれないか。

「行くのは構わないけど、私は余計なものは買わないわよ?」

「うん。もしアリスちゃんにお似合いなのあったら、今までのお礼にプレゼントしてあげる」

 そんな満面の笑みで言われたら、さすがに断れないなぁ。

 そう言えば、同い年の女の子からプレゼントなんてもらったことないや。やっぱお金に余裕があると、考え方にも余裕が生まれるのかな。


 遅めの朝食もそこそこに、それからルーシーと表街道メインストリートを見て回った。まだちゃんとお店を見たことがなかったから、これが私の初めてのウィンドウショッピングになった。

 表街道メインストリート沿いの店舗は噂通りの品揃えで、私が喉から手が出るほど欲しいと思った専門書もそこにはあった――いや、さすがに専門書を買ってもらおうなんて思ってないからね。思ってないったら。

 とてもじゃないけど高価な装丁本そうていぼんには手が出ず、ルーシーと一緒にアクセサリーショップに向かうことにした。

 彼女ははピンクが好きで、私にもお揃いのピンクのリボンを執拗に勧めてきたけど、私みたいな田舎娘に似合うと思うか?

 ……思ってるんだろうな。基本良い子だから。


 それから、押しの強さを見せたルーシーに根負けして、お揃いのリボンをつけ通りを歩いていると、エルヴィンらしき人物が、裏街道バックストリートに入っていくのが見えた。

(黄昏亭に用でもあるのかな?)

そう思って、ルーシーを連れて後をついていくと、知らない小路こみちに曲がっていくではないか。

(なんか怪しい……)

さらに後をつけようとすると、アンジュに襟を引っ張られて、「ぐえ」なんてカエルみたいな声を出しちゃった。

 何すんのさとルーシーに抗議すると、「あそこからは猫街道キャットストリートになるから危ないよ……」と忠告してきた。

 そう言えば以前トーマスさんが行ってはいけないって言ってたような――でも大丈夫だろう。まだ明るいし、すぐ帰ってこれる。

 そう楽観的に考えて、私達は狭い小路に足を踏み入れた。


 猫の街道とはよく言ったもので、建物も建物の隙間に無理矢理拵こしらえたような細道しかなく、猫の道と言うのもまんざら嘘ではなさそうだ。

 そこかしこに見ただけで卑猥な店だとわかる看板が吊り下げられている。さすがに夜に訪れるのは止めておこう。

 きっと猫のような盛り声があちらこちらから聞こえるんだろうから。この前エルヴィンが立ち寄ってた愛猫館ラヴキャットなんて健全な方だったんだな。

 今更だけど、小娘二人の場違い感を痛感させられた。


「ねぇルーシー。猫街道キャットストリートって何があるの?」

「えっと……エ、エ、エッチなお店とか……」

 ねぇルーシー。そんな顔を赤らめさせて言われると、私もこっ恥ずかしくなるんだけど。

「じゃあエルヴィンも発散しに来たのかな」

「は、発散って……アリスは恥ずかしくないの?」

「恥ずかしくはないかな。だって男性の生理現象でしょ?それに授業でも習ってるじゃない」

「そうだけどさぁ……アリスは大人だね」

 おっと、そんなこと言ってる間に見失ってしまったぞ。

「あらら。見失っちゃったわね」

「あそこの曲がり角を曲がってったよ」

 ルーシーの指差した曲がり角を右に曲がり、お次は左に曲がり、しばらくエルヴィンの影を追って後をつけていると、貧民窟ワークハウスという看板が吊り下げられている掲げられた建物の正面に出た。


 もしかして、エルヴィンはここに来たのかな?あいつの姿は見失ったけど、ここが行きつけのお店だったり……。でもこんないところに第二王子がわざわざ来るかしら?

 ルーシーは躊躇ためらっていたけど、ここまで来たんだからと、私は興味本位で扉を開けようとした。

 すると誰かが私の腕を掴み振り替えると、「お前こんなとこで何してんだよ!」と、私を引き留めるダリルと取巻き達がそこにいた。

「あんたこそこんなとこで何してんのよ」

「ダリルが猫街道キャットストリートに入っていくお前達を見かけたから後をつけたんだよ」

「ちょっ黙っとけ。あのなぁ、ここはお前みたいな奴が勝手に入っちゃいけないんだよ」

「何でなのさ」

「いいか……ここはな。無許可の奴隷商の店だからだ」

「無許可の奴隷商?奴隷っているの?」

 話には聞いたことあるけど、まさか奴隷商がこの街にいるなんて思ってもみなかった。確かこの国では奴隷自体が認められていないのではなかったか?

 ここに無許可の奴隷商の店があるなら、どうして摘発されない?

「あーもう!とりあえずここから離れる」

 そう言うと、考え込んでる私達を引っ張って、さんざ苦労してきた道を難なく進んで表街道メインストリートまで戻ってきた。

 ダリルいわく、小さい頃から猫街道キャットストリートは庭みたいなものらしい。話し半分に聞いてたけどね。そんな度胸無さそうだし。



「ところでさ、何であんたが奴隷商の店なんて知ってるわけ?」

 ちょうどお昼の時間が近づいていたので、私とルーシー、それとダリルは喫茶店に入って、昼食ついでに先程見た奴隷商の店について訊ねた。

「……この事は誰にも話さないと誓えるか?」

「約束はちゃんと守るわよ」

「……あれは四年位前だったかな。親父に一度だけ連れていかれたことがあるんだよ。その時親父は酔っぱらってて、『お前に良いものを見せてやる』って言って連れていったんだ」

「それで中に入ったの?」

「ああ。今でも覚えてるが、彼処あそこは肥溜めみたいな環境だったよ。地下に降りていくんだが、真っ暗でじめじめして糞尿の臭いが酷いのなんのって……それを俺に見せてゲラゲラ笑ってる親父の姿は、当時は薄気味悪かったよ」

「そもそも奴隷自体が認められてないでしょ?国は取り締まらないの?」

「そんなの俺が知ったことかよ。お前は知らないだけで、この国の貴族や大金持ちどもは、奴隷を所有しているのが普通だからな」

 奴隷を持つのが普通?そうだとしたら、法律で禁止しているのに何の意味もないじゃない。

「奴隷について詳しいことを知りたきゃ、マリア先生に聞いてみろよ。高等部で歴史も教えてるからな」

(ダリルにしては珍しく役に立つ情報を教えてくれたじゃない)

お礼に「ありがと」と伝えると、顔を赤くしてそっぽを向いちゃった。

帰りがけに「平民には払えない金額だろ」と捨て台詞を残して、お会計も済ませてくれた。助かるけど、その性格なんとかならないのかな。


 さて、休み明けの明日はマリアテレス先生に聞いてみよう――嫌な顔されるだろうけど。

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