1.少女との出逢い

 学園都市に通える一枚の切符を姉のアリスに譲り、置き手紙を残し一人アルバ村を去ったマルス。行商人に無理を言って弟子入りをし、一足早く新たな世界へ歩み始めたのだった。



 マルス達一行は、次の街に向けてろくに整備もされていない道を飛ばしていた。

「はぁ……アリスは今頃学園都市に到着した頃かなぁ」

「おい!危ないから身を乗り出しすぎるなよマルス!まったく田舎もんってのはすぐはしゃぐから困る」

「ジャンだってそう変わらないだろ?

「お前の村と一緒にするなよ」

「お前ら少し黙ってろ。口喧嘩続けるならここで落とすぞ」

「「すみません」」

 乗り心地の悪い使い古された馬車には、同い年のジャンと、二人の師匠に当たるドレークが乗車している。

 ジャンは二年前からドレークさんに弟子入りしていて、簡単な仕事を手伝っているみたい。

 ジャンにとって僕が初めての後輩みたいで、ことあるごとに先輩風を吹かすから困ってるんだ。いちいち突っかかってくるから、その都度ドレークさんに叱られている。

 というか、大砲の弾みたいな大きな拳で、鉄拳制裁を喰らうまでが一連の流れになりつつある。

 ドレークさんは二メートル程もある巨体の持ち主で、顔には斜めに走る傷痕があり、必要がなければ喋らないというコミュニケーションが非常に取りづらいお方だ。

 どこでそんな傷を負ったのか経緯いきさつは怖くて聞けないが、その傷のせいで正直商人には見えない。傭兵と言われた方がよっぽどしっくりくる。


「明日到着する予定の街はユーロポールだ」

 ドレークさんが僕達への小言以外で、久しぶりに口を開いた。

「ユーロポールって有名なんですか?」僕は外の街の事をまるで知らないので、わからないことは素直に聞くことにしている。ジャンには田舎者ってからかわれるけどね。

 するとドレークさんは、自ら話す必要が無いと感じたのか、ジャンに引き継がせた。

「ジャン」

「お任せください師匠。いいかマルス、よく聞けよ。ユーロポールって街はな……」


(うんうん。なるほど。つまり世界中から貿易船が集まる港湾都市ってことなんだね)

 ジャンの説明は長いので、自分なりに解釈した。だって説明が下手なんだもん。

「マルス。お前はまだ世界を知らなすぎる。明日は俺についてこい」

「えっ!マルスばかりズルいですよ。俺もそばで見させてくださいよ」

「ジャン。お前には別で頼みたい仕事がある」

 頼られたことに気分を良くしたのか、ジャンは「任せてくださいっス!頑張ります!」と上機嫌に答えた。チョロいなージャンは。


 翌日、正午くらいに目的地のユーロポールに辿り着いた。まず圧倒されたのは、見たこともない巨大な帆船はんせん(後でガレオン船と知った)が、見本市のようにずらっと港に横付けされている光景だった。

 港は迷子になりそうなほど人でごった返し、異国の地の匂いがそこかしこから漂っていた。

周りの空気に圧倒されふらふら歩いていると、気付くとドレークさんの姿が見えない。

しまった……迷子になってしまった。

 (不味いぞ。これじゃあ鉄拳制裁間違いない。いや、違う!それもこれもこんな人混みの中で僕を置いてさっさと行っちゃう師匠が悪いんだ)と姿なきドレークさんに責任転嫁をして、雑踏のなかに飛び込んでいった。


どこからか僕の嗅覚を刺激する香ばしい香りが漂ってくる。その香りの元を辿っていくと、ある屋台から漂ってくるのに気付いた。

「あっ、バラ芋だ!」

故郷のアルバ村で栽培していた芋が、その屋台で串焼きにされて売られていた。

毎日嫌ってほど食べていた芋なのに、その屋台のバラ芋は酷く食欲を刺激する匂いを漂わせている。

「おい坊主。バラ芋がそんなに珍しいか?」

 ジッと見つめていた事に気を悪くしたのか、店主が声をかけてきた。

「すみません。見慣れた芋が売られているのにビックリして……。それよりもこの匂いは何ですか?」

「バラ芋はどんな痩せ地でも栽培できるからな。特に珍しかねぇだろ。匂いはスパイスで味付けしてるが、それは企業秘密だ」

 スパイス一つでこんなにも変わるんだと驚いていると、目の前で火花が散った。


「マルス。俺についてこいと言っただろ」

 ドレークさんが背後に現れたかと思ったら、有無を言わさず拳骨を落としてきた。殴るならせめて事前通告があればいいのに……いや僕が悪いんだけどね。

「ごめんなさい師匠。つい匂いに釣られて……」

 これ以上鉄拳をもらうと頭が熟れたトマトみたいになりそうなので、素直に謝罪をして、危機を回避した。

「……オヤジ。その串を一本くれ」

「はいよー」

 口数少ないドレークさんは、一本買うと僕に手渡してさっさと歩き始めて、これからの予定を告げた。

「これから向かうのは、長年付き合いのある商人のところだ。そこでお前のことも紹介するから、仕事を見ておけ」

「はい!勉強させていただきます!」


 巨大な体で器用に人混みを掻き分け、辿り着いたのはレンガ造りの倉庫だった。

「ここで仕事があるんですか?」

 僕の問いが、聴こえてないのか無視してるのかわからないけど、返答をせずに軋む扉を開く。

すると薄暗い建物の中から快活な声が聞こえてきた。

「おお!兄弟ブラザー久しいじゃねぇか」

「ああ。最近はブラブラしていたからな」

 ドレークさんの巨体で相手が見えないので、脇から顔を覗かせた。

 見た目は師匠と同じくらいの巨体で、こちらも商人とは思えない迫力が漂っている。

「あん?お前、とうとうガキこさえたのか」

「ティーチ笑えない冗談はよせ。こいつは途中の村で拾ったガキで、マルスだ」

おーあのドレークさんがよく喋ってる。知り合いだと口数多くなるのかな?

「ほー。それじゃあ何か光るもんでもあるのか?おいマルス。俺はティーチってんだ。今は世界をまたいで商売をしている。長い付き合いになるだろうから、今後ともよろしくな」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 ティーチさんは、その熊みたいな手で僕の腕を握るとブンブン振った。

 ドレークさんといいティーチさんといい、どうしたらこんな巨大な手になるのか不思議だなぁ。やたらゴツゴツしてるし。


 世間話もそこそこに、ドレークさんは本題に入った。

「奴隷船は滞りなく到着したか?」

「ああ問題ない。最近はどこぞのバカ商会が、出来もしねぇ人身売買に手出してヤバそうだからな。飛び火しないようにカムフラージュして運んどいたぜ」

 それを聞いて、僕はドレークさんに確認した。

「師匠?奴隷船って……もしかして奴隷の売買も行っているんですか?」僕はこの世で一番許せないものがある――それは奴隷だ。

 なぜ同じ人間が物みたいに扱われなくちゃならないんだ。どうしてその制度を下支えするような真似をドレークさんがしているのか。まさか僕にその仕事を手伝えと言うのか?

「必要があるからするだけだ。奴隷達はこの奥の部屋にいる。今日から出荷までお前には面倒を見てもらう」

 この奥に……奴隷が?薄い扉一枚隔てた向こうにはとらわれの人達が?

「……それは断っても良いんですか?」

「それならジャンに頼むまでだ」

「……わかりました……」


 倉庫を出ると、僕は大通りを目的もなく歩いていた。よくよく観察すると、肌の色も、飛び交う言葉も全く違う。

 商人同士と思われる怒声が飛び交い、商品を片手に何やら熱く語る者や、向こうでは従者を連れて大量に品物を運んでいく者、鎖に繋がれ何処かに運ばれていく者もいた。

 人々の熱気でここだけ真夏の様相を呈している。ここでは誰もが必死に生きている。それなのに僕ときたら……。


 きっと僕は、命令を放棄したことでクビになるだろう。でも、あんな道徳に反するような仕事をやるつもりなんて毛頭ない。

 そうだ。これでいいんだ。人身売買に手を出すような人なんて、こっちからお断りだよ。

 でも……別の仕事を見つけないとなぁ。


「ねぇ君」

(さすがに仕事を見つけるの難しいよね)

「ねぇったら」

(今からドレークさんのもとに戻るのもな……)

「ねえぇ~ったら!」

(うーん。いっそ何処かの船に乗せてもらうとか)

「聞けコラッ!」

「うわっ!何だよ君は」

 急に大声で声をかけられ、ビックリして振り向くと、赤毛が特徴的な女の子が立っていた。なんだかアリスみたいな雰囲気の女の子だ。

「あなた耳が聴こえないのかと思ったよ。あれ?もしかして私、端から見たら恥ずかしい奴?って焦ったよ」

 そう言って機嫌を悪くする姿は、アリスと瓜二つだった。

「なに私のこと見つめてるの?もしかして惚れちゃった?」

「そんな訳ないじゃないか。それより何か用かい?」おっと、あんまりアリスに似てるからつい見すぎちゃった。惚れてるわけじゃないからね。

「用って訳じゃないけど、この辺りじゃ見ないような腑抜ふぬけた顔していたからさ。つい声かけちゃった」

(どこの誰かもわからない女の子に何でそんなこと言われなくちゃならないんだ!)

 今日は本当に良いことがないなぁ。

「わたし市場に買い物に来たんだけどさ、なんだかこの街に似合わない顔してたよ。現実に打ちのめされたみたいな?」

 うっ……なんだこの子は。ほんとアリスみたいで調子狂っちゃうよ。

「それで声を掛けたってことかい?君は物好きだね」皮肉のつもりで言ったけど、どうやら上手く伝わらなかったみたいで、

「そうね。確かに変わってるわね」と、薄い胸を張って自慢気に言う始末。変わってるっというか変人な気がするのは僕だけかな?

 

そういえば彼女の名前も聞いてなかった。

「「君の名は?」」

 二人同時に聞いちゃったよ。恥ずかしいなぁ。

「僕はマルスだよ。君は?」

「私はリャナンシーよ。買い物の途中だから歩きながら話しましょ」


 これが僕とリャナンシーの出逢いだった。


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