5.ルーシー救出作戦

「アリスちゃんって、本当に人使い悪いよね」

「いいでしょ? 渡した情報はエルヴィンにも役立つみたいだし。むしろお礼を言ってほしいくらいよ」

「それはちょっと厚かましくないかい?でもそういうところ好きだよ」

「ちょっと!さっきから気持ち悪いこと言わないでよ。ただでさえ慣れない馬車で気持ち悪くなってるんだから、これ以上気持ち悪くなること言わないで」

「え~これでもモテてるんだけどなぁ……」

 寝言は寝て言え。ばーか。……うぇ。


 まだ薄暗い闇に包まれている街中を、一台の馬車が疾走していた。荷台には揺れに未だに慣れないアリスとエルヴィンの二人。

 二人の目的地は、ルーシーの実家であるサフィール家である。昨日エルヴィンに無理を言って調べてもらった結果、サフィール家の闇の部分が判明したのだ。

 そのエルヴィンは、朝食替わりのパンを目の前でむしゃむしゃ食べてる……未だに何者なのか掴み所のない男だ。

「あ、食べる?食べかけだけど」

食べかけのパンを渡すな。

「気持ち悪いって言ってるでしょ。仕返しのつもり?」

 そうこうしてる間にサフィール家が見えてきた。

「ちょっと不味いね。もう出立しようとしてる」

「間に合ってないじゃない。御者さんあの馬車の正面に停めて!」

 今から立ち向かわなくてはいけないのは、あの天下のサフィール商会の頭領ドンだ。あのオヤジの威圧的でいかにも人を見下す態度は、本当に気にくわない。

ルーシーが苦しむのも無理はない。私だってあんな親がいたら、きっと息が詰まってどうにかなってたと思う。

そう考えると、ルーシーって思った以上に強いのかも知れない。

 私一人じゃルーシーを助けるのは厳しいけれど、今はエルヴィンが隣にいるしなんとかなるわよね。


 一台のボロボロな馬車の前に、行く手を阻むように私達は立ち塞がった。

 何事かと降りてくる執事風の男を押し退け、クソオヤジが降り立つ。

 こちらも地面に降り立ち、互いの視線がぶつかり合う。先に口を開いたのはサフィールのオヤジだった。

「早朝からこのような蛮行をしでかして、小娘、さては頭がおかしいのではないか?」

「頭のおかしさなら、あんたも負けてないでしょ。オンボロ馬車に乗って……まるで身を隠しながら何処かに逃げようとするなんて」

「……貴様何を知っている」

「さぁ~どこぞの商会に弱味でも握られて、実の娘を質屋に売り飛ばすような真似をする愚か者のことくらいしか知らないわね」

「……ふん。そのような小娘の戯れ言を誰が信じると言うのか?大商会の頭領ドンであるワシと、平民の小娘の貴様とでどちらが信用を得るかなど、愚か者でもわかりきったことであろう」

 さすがに切った張ったの世界を渡り歩いてきただけあって、ちょっとの牽制じゃびくともしないわね。

 でも『沈黙は金』というけど、今の間は『沈黙は銅』だった。そこに付け入る隙があるってもんよ。

「エルヴィン。出番だよ」未だにほろの中に身を潜めているエルヴィンを呼んで、この隙をついて王手チェックメイトをかける。


「はいはい。お呼びでございますかアリスお嬢様」

「むぅ。貴様は――いや、貴方様は!何故このような所にいらっしゃるのでございますか!?」

「そんなことは俺の勝手だろうが。それにアリスになんて口の聞き方をするんだ」

「も、申し訳ございません。しかし!無礼を承知で申し上げますが、そこな小娘は一平民ではございませぬか。何故貴方のような尊き方がへりくだっておられるのですか」

「貴様が知る必要はない。それより彼女が言ったことは真であるのか。サフィール商会と言えば、エリュシオン王国の四大商会の一角を為す大商会。それがまさか禁制品の密輸入に、非公認の奴隷の売買まで行う始末。挙げ句の果てにはライバル商会にゆすられ、実の娘を売りに出すとは……。あの天下のサフィール家も地に落ちたものよ」

「くっ!他所よそに流れぬよう箝口令かんこうれいをしいたというのに……!」


「好き勝手言ってんじゃないよ!この老害が!」


 私は、自分の背丈より遥かに巨大な男に掴みかかった。この男の発言が何より許せなかった。

「……あんたが好き勝手やったせいで、娘のルーシーがどれだけ傷付いてきたと思ってるの!実の娘をいないように扱って、いざ自分が困ったら生贄いけにえのように差し出すなんて……。それでもあんた血の通った人間かよ!あんたにとっちゃ、娘さえ蜥蜴とかげの尻尾だって言うのかよ!」

 後で振り替えると、あの時が人生で初めてキレた瞬間かもしれない。 初めて出来た友達が傷つき、周囲の環境に振り回される姿は見ていられなかったから。

まだまだ青かったね。


「き、貴様ごとき平民の小娘が、誰に向かって口を利いておるっ!お前達。コイツらを引っ捕らえろ!」

 サフィールは、部下に命じこの場を納めようとしたが、そこでエルヴィンが動いた。

「良いのだな?それは悪手中の悪手だ。この私の前でそのような暴挙を起こすというのであれば、さすがの私も看過できぬが」

「くそっ、こうなっては仕方ない。……いいですよ。私は第一王子エルランド様の庇護下にあるので、あなたが私に手出しなど出来るはずがありません」

 サフィールは己の発言に自信を取り戻したのか、憎たらしい笑みを浮かべている。ただそれもエルヴィンには折り込み済みだったのだろう――

「愚か者のお前はそう言うと思ってな、事前に、嫌々、不承不承、物凄く嫌だったんだが、第一王子にはこの件を具申しておいた。貴方様のお抱え商人が下手を打ちましたよ。とな。これで貴様は誰の庇護下にも属さないただの平民だ。どうだ?お前が貶していた身分に身をやつした気持ちは」

 エルヴィンが……あーきっとエルヴィンって名前も偽名なんだろうけど、この国の次期王様に報告したのか。それなら確かに大きな貸しが出来ただろう。エルヴィンにとって計り知れない恩恵を受けるだろうな。

「さて。そんな地べたでへたりこんでる場合ではないぞ。これからじっくり話を聞かないといけないのでな。アリスは彼女を介抱してやれ」

 エルヴィンはサフィールを立たせると、馬車に乗せて何処かに去っていった。……あいつ私のこと置いていきやがったな。


「アリス……」

「ルーシー!大丈夫だった?」

「うん。私は大丈夫だよ」

 ルーシーの目には真っ黒な隈が出来ていた。きっと昨夜は一睡も出来なかったんだろう。よく頑張ったよ。私がもっとしっかりしていれば助けてあげられたかもしれないのに……。

「アリスちゃん……。この前別れ際に……酷い態度しちゃってごめんね」

 彼女は彼女で後悔していた。それでも彼女は父親に反抗しようと試みていたのだ。

 実の父親が違法行為をしていることを知り、問い詰めたのだが、口封じも兼ねてルビーノ商会に売り飛ばされる寸前だったのだ。

「私ね。つい最近まで自分には親がいないと思っていたの。なのに突然生きているかもしれないって聞かされて、正直動揺したんだけどさ。あんな親を見ると家族って何なんだろうなって思っちゃうよね」

「そうだね……昔はお父様も優しかったんだけどね……」

 私はルーシーを連れて、一度黄昏亭ヴァンジョーヌに戻った。馬車がないせいで歩くはめになって、到着したのは一時間ほど経った後だった。

「おかえり嬢ちゃん達。お腹減ったろ?昼食にはちと早いが、これでも食っときな」

「あ、えっと、不束ふつつかものですがよろしくお願いします!」

「アンジュ。また言い間違えてるって」

「ガハハ。それは将来別の男に言ってやんな」


「お坊っちゃま。本日は随分機嫌がよろしいですね」

「……そうだな。面倒事に厄介事のオンパレードだったが、サフィールを手中に出来た利益を考えれば、それも許容出来る範囲だろう」

「いえ。純粋にアリスと関わっておられるのを、楽しんでいるように見受けられましたよ」

「……沈黙は銅か。ならあいつには雄弁は金と送ってやろう」


 いつからサフィール家の秘密に感づいてたかって?

 ふふ。それはね、ルーシーの服からほーんの少しだけど、香辛料の匂いがしてたからよ。それはあくまできっかけだけど、なんだったかなーって必死に思い出したら、授業中に教わった『サフラン』の匂いだったわけ。

 サフランはこの世で一番高価なスパイスでしょ?王国では商会が売りさばくことを禁止にしてるし、破れば重罪に当たるじゃん。

 そのサフランの欠片が、ルーシーの顔に着いていたのよ。調べたらサフィール商会はサフランを取り扱ってないのにだよ。

 それでなんとなくだけど、怪しいなとは思ってた。

 おおかた密売に関わっている使用人の手から移ったんでしょうね。身のまわりの面倒を見てくれるメイドとかが怪しいんじゃないかしら。


「ふーん。そんな些細なことでね。ちなみにルーシーちゃん付きのメイドは、監視の目的でも雇われていたみたいだよ。それにしてもよく真相に届いたもんだ」

「ところでさ、いい加減エルヴィンの正体教えてくれない?王子に具申出来るって、あんた一体何者なのよ」

「……聞いたら僕の言うこと聞いてもらうことになるけどいいの?」

 エルヴィンはまたあの冷たい目で私を見つめる。それでも何も知らずにこき使われるよりましだろう。

「構わないよ。エルヴィンはエルヴィンだもの」

「僕は僕か。そうだね……実は、僕はこの国の第二王子なんだよ」

「は?エルヴィンが?」


 背中を冷たい汗が流れ落ちた。

 アリスは今更ながら聞いてしまったことを後悔するのだった。

 エリュシオン王国は、短い秋を迎える。

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