2.弱者のままか

 あーどうしよう。まさか入学すら受け入れられなかったなんて思ってもみなかったわ……。

 村長になんて詫びればいいのやら……。

 謎の女に入学を拒否された翌日、食堂でパンとスープをもしゃもしゃ食べていると、(トーマスさんが私の落ち込みように見るに見かねて出してくれた)いつの間にか黄昏亭ヴァンジョーヌに来ていたエルヴィンが声を掛けてきた。


「落ち込んでるみたいだけど、どうしたんだい?」

「実は、昨日入学手続きをしに学校に行ったんだけどね、そこの職員の女に平民はお断りだー!って難癖つけられて断られちゃったの。平民は何もかも認められないんだってさ」

「ふーん。マリーもまだそんな事言ってんだ。これからは特権主義なんて流行らないのに」

(あの女はマリーって言うんだ。覚えてろマリー)

「エルヴィンもおかしいと思うよね。平民だって学校に通う権利はあるのが当たり前だと思うでしょ?」

「……当たり前かぁ。僕に言わせると、その『アタリマエ』という言葉は、弱者の幻想だと指摘するよ」

「――え?」

「弱者を守るのは強者の義務だ。それに異論はない。しかし全てを欲する貪欲な弱者を守るほど、強者は愚かではない」

「ちょ、ちょっと待って。それはさすがに暴論過ぎやしない?」

エルヴィンの言うこともわからなくはないけど、そこまで言いきっちゃうと見も蓋もない気がした。

「与えてもらうのが当たり前と考え、自らは何も変わろうとしない生物の環境だけを変えたところで、何の意味も成さないし、何にも成れない。学校とパンを与えたところで、醜く太った豚の出来上がりさ」

「そ、そんなことない!確かにそういう人もいるのは否定できないけど……でもやっぱり環境が整ってない人には、与えられるべきだと思う」

 私の精一杯の反論にエルヴィンは微笑む。

「不公平を嘆くな。不平等を呪うな。全ては君の選択次第でいくらでも変わる」


『――私が見た世界。君が見る世界。君が選べば、いくらでも可能性はある。だから君は間違えないでくれ、いつか再会するその日まで――――』


そういえば夢でもそんな事言われたっけ……すっかり忘れてた。

いつだって世界は理不尽なんだ。昨日の事だって私が見たかった世界の一部に過ぎないし、これから何をするのかが大事だよね。

「エルヴィンさん。わたし被害者ぶってただけだった。もう一度学園に行って、土下座でもなんでもして直談判してくる。それでも無理なら別の街の学校に通うよ」

「ほんと貴族の奴らぶっ飛ばしてやりてぇよ。こんな嬢ちゃんをのけ者扱いしやがって」

 トーマスさんはまた泣いている。でも味方がいると思うと少し嬉しいな。鼻水は垂らさないで欲しいけどね。

「そこまで覚悟があるなら、僕も一緒に学園に着いてってあげるよ。一応あそこの卒業生だしね」

 まさかエルヴィンがランスター学園の卒業生だったの!?

学園の卒業生っていったら、各分野でエリート街道まっしぐらが約束されているはずだけど……どうみても軽い遊び人にしか見えないんだよなぁ。それなのにさっきみたいな急に人が変わったような雰囲気にもなるし……謎だらけの男だな。

 でも着いてきてくれるというなら心強いし、私もあのマリーという女に立ち向かえる気がする。

「それじゃあ行こっか。アリスちゃん」

「うん!」


 同時刻~理事長室

「理事長……先程の生徒への対応はアレで良かったんでしょうか」

「マリアテレス先生。それは言わない約束ですよ。私だってこのような意図が解らぬ命令は初めてなのですから」

 見事にバランスが取れていない、選りすぐりの調度品がところ狭しと飾られ、部屋の奥にふんぞり返っているのはこの部屋と似たような、でっぷりと醜く太ったアルスター学園理事長。

 富と成功の象徴とも呼べる、金貨数十枚に値する執務机を挟んで、正面に立つのはマリアテレス。

貴族とはいえ、一介の教師がこの部屋に訪れるのは異例とも言える。

「通例上、学園は何者にも侵害されない。それが例え王族だとしても。そうですよね理事長」

「ふむ。その通りであるね。ただしこの世には人脈というものがある。それは互いにウィンウィンの関係を築かなければいけないものなのだよ。それくらい一端いっぱしの貴族ならお分かりいただけるでしょ?」

「……はい。最後に一つ宜しいでしょうか」

「なんですか」

「今回の判断は、学園にとって――いえ理事長にとって利益があるという理解でよろしいですか?」

今まで草食動物のような目をしていた目の前の男が、その質問を聞くや否や、獲物を見据える肉食動物のそれになった。

「利益など、立場によって大きく変わるものですよ。私の利益があなたの想像しうる利益だとは限らない。軽々しくそのようなことを口にするんじゃありませんよ」

 その質問を最後に私は理事長室を後にした。

(ほんとあの子には申し訳ないことをした)

 マリアテレスは、一昔前の貴族絶対主義というわけではない。もちろん区別は必要だが、極端な差別は行わない主義だった。だが、一昨日急な指示が理事長から下ったのだ。

 これから訪れるアリスとう平民の女の子の入学手続きを拒否しろという内容だった。それはマリアテレスの主義に反するものであって、到底受け入れられないものだった。

しかし断れば実家に迷惑がかかると判断し、苦渋の決断でその指示に従ったのだった。


「あっ!昨日の人ですよね。また入学手続きしに来ました」

(この子、懲りずにまた来たの?)

 さすがに、あんな否定をされたら来ることはないと思っていたマリアテレスだったが、そこで折れるほど弱いアリスではなかった。

「……懲りずにまた来た度胸は買いましょう。ですがそれだけの事です。所詮平民の子には不相応な夢なのですから、お帰りなさい」

 自分で言ってて呵責かしゃくの念に苦しくなる。

(お願いだからもう諦めて――)

「確かに私はど田舎の平民です。それはひっくり返っても覆らない事実です。だけど、こんなところで諦めていられないんです。新しい知識を学びたいし、新しい世界を見てみたいという思いは誰にも負けません。それに弟に託されてるんです。僕の分まで頑張ってこいって。ですから――どうか入学を認めてもらえないでしょうか!」

 彼女はそう言うと、目の前で土下座までした。

(こんなことまでされて、私はまた拒否することが出きるのか――)

マリアテレスは胸のうちで葛藤していると、背後の壁から一人の男が姿を表した。

「マリー。アリスちゃんの熱意を汲んであげてもいいんじゃないかな?」

「っ!貴方は!?わ、わかりました……それでは特別に許可を出しましょう……」

「本当ですか!?やったぁ!」

 彼女は初めて年相応の笑顔を見せた。(なんだ可愛らしい顔もあるんじゃない)


 宿に戻ってトーマスさんに経緯を説明すると、また泣いて喜んでくれた。なんだかこっちまで嬉しくなるね。

その日の夕食はご馳走を用意してくれて、盛大に入学祝いをしてくれた。

 お酒をしこたま飲んで早々に酔いつぶれてしまったトーマスさんを横目に、私とエルヴィンは二人で話していた。

「トーマスはな。ちょうどアリスちゃんくらいの娘がいたんだ」

「いたんだって……亡くなってるんですか?」

「ああ。流行り病にかかってね。母親は娘を生んですぐに亡くなってな、トーマスは男手一つで娘を育てていたんだが、仕事に熱中するあまり気付いたときには手遅れだったんだよ」

 ――そうだったんだ。もしかしたら亡くなった娘さんを私に重ねているのかも……。


 夜も遅くなってエルヴィンは帰っていった。トーマスさんはそのままにしとけと言い残して。

 疲れた私は、部屋に戻ってベッドにダイヴする。

(やっぱ卒業生の影響力って凄いんだな)

まさかエルヴィンの鶴の一声で認められちゃうなんて――なんて能天気に考えるほど私はおバカじゃないよ。

 どうみたってマリーって人の挙動がおかしかったもん。エルヴィンはきっと学園の方針に口を出せるくらいの立場の人間なんだ。

 でも、そうだとして、一平民の小娘に肩入れするのが理解できないよね……。

どのみち今は判断材料が少なすぎるから保留にしときましょう。

 あとらマルスに入学できたって教えてあげたいな……。


「まずは第一段階成功おめでとうと言っておきましょうか」

「フッ。心にもないことを言うでない。お前には関心が無いことだろう?」

「ええ。私には全くもってどうもいいこと。アイツがやることなんて何の興味もない。だけどアナタの意思なら私は賛成よ」

「相変わらず面倒な女だな」

「何言ってるのよ。世の殿方のほうが面倒よ。さっさと仲間に勧誘すればいいのに」

「それが出来たら苦労しないわ。今派手に動いてみろ。即座に首を跳ねられるに決まっておる。だから仲間は少ない方がいい。わかったか」

「はいはいわかりましたよ。王子様」

 まこと女とは扱いにくい生き物だ。それに引き換え……アリスは見たことのないタイプであるな。あいつを上手く利用すればゆくゆくは――

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