第二章 学園都市

1.学園都市到着

 世界中から珍品、名品がところ狭しと集まる学園都市の表街道メインストリートを、辺境のアルバ村から訪れたアリスは、まるで指名手配犯のようにうつむき、顔を真っ赤にさせ歩いていた。

 左右に目を凝らせば、豪奢ごうしゃな造りの店舗が連なり、普段のアリスなら目を輝かせて飛び付くだろうが、現在のアリスは、ここから一刻も早く立ち去りたいというように肩を怒らせて歩き、通行人は触らぬ神に祟りなしといった感じで、避けて歩いていた。

(……なんでこんな目に合わなきゃいけないのよ)


 遡ること一時間前。アリスが三日の旅を終え、念願の学園都市に着いたところから問題は発生した――

「おい、そこの女待て。お前はアルスター学園の入学希望者か?」

 衛兵だろうか?なにやら武装した連中に声をかけられた。ここは素直に答えといた方がいいかな。

「はい。学園都市に勉学を学びに訪れました」

「ははぁ。やはり田舎者だな。身形みなりを見ればわかるってもんだ。あのな、この街に立ち入る際は、まず身体検査を受けなきゃならねえ。そんで必要以上の金を持ってる場合は、一度検問所に預けなきゃならない。お前はまだ検査が終了してないから、勝手に街に入るのは不法入国扱いされるぞ」

 ずいぶん人様を舐めた言い方だが、確かにそんな規則があるなら無知だった私にも非があるか。

 でもこの大量の金貨を知らない人間に預けるのも防犯上どうなんだ?

不安が表情に出ていたのか、「お前の心配もわかる。大事な金貨だからな。だが審査が完了すればすぐ返してやるから心配するな」と、そう言って気持ち悪い笑顔を向けた。(本人にとってはイケてるつもりなんだろう)

 だが、ここで私の頭の中の警報装置が盛大にに鳴り響いた。


「あなた――なんで私がことを知ってるんですか?」

「……は?そりゃお前……何かあったときの為に金貨を持ち歩いてたっておかしくはないだろ?」

「金貨の価値を考えると、その方が危険性は可能性は高いと思いますけど。それにあなた先ほどなんておっしゃっていましたか?」

「は?お、覚えてねぇよ」

 明らかに動揺している。これは完全にクロ確定だな。

「覚えてないなら教えてあげますよ。先程あなたは、開口一番、私がかどうか尋ねました」

「そ、そ、それがおかしいって言うのかよ」

「もちろん。だってそのあと私の身形を見てと決めつけてましたよね」

「おかしくないですか?学園都市のランスター学園と言えば最高の教育を受けられる学舎まなびやですよ。まず授業料すら払えるわけがありません。それなのに私がだと知った上で声をかけ、も把握していた」

「なに言ってやがるんだてめぇ!衛兵に着き出すぞ!」

「衛兵はあなたなのでは?」

「くっ……お、覚えてやがれー!」

(はぁ……まさか到着した瞬間に犯罪に巻き込まれるとは。これも田舎者の宿命なのか)

 ガラハドに譲って貰ったこの服も、学園都市じゃイケてないのかなと不安に思ったが、服装のセンスにはどのみち自信がないので思考を放棄した。

 さっきのやからは、きっと私を運んできた御者とグルだったんだろ。案の定御者はその場を立ち去っているし。どうせ田舎者を騙して有り金を頂こうという算段だったんだろな。

 私を相手にしたことが運の尽きね。

 さてさて、とりあえず寝床だけは確保しないと――

 天性の前向きさを発揮して、表街道メインストリートを進むアリシアだった。


 その後姿を見つめて、ニタリと笑う男が一人。道行く女性から熱い視線を送られても一向に気にも留めなることはない。

今現在関心があるのは、己に注がれる羨望の眼差しではなく、一人の少女だった。

「なんだ。思ってた以上に面白そうな子じゃないか」

 新しいを見つけた子供のように、男の目は爛々らんらんと輝いていた。


 アリスはすれ違う人達に、安い宿はどこにあるかとひたすら訪ねて回った。

不足の事態に備えて出来れば所持金は減らしたくないし、かといって治安が悪い地域の宿は御免被りたいし――出来れば人通りのある通りの、食事付きのお店がいいなぁ。と、なかなか要望は多かったアリスだった。

 十数人に聞いて回って、やっとお勧めの宿を聞くことができ、目的の宿に向かうことにした。


「いらっしゃませ」

「すみません。一泊したいんですけど」

「……申し訳ございません。只今満室でございまして」

「え。そうですか……わかりました」

 仕方ない。切り替えて次を探そう。

「そ、そんな……どこも空いてないなんて……」複数回って、どこも満室なんてあるか?それに全員が全員私のこと下から上まで舐めるように視てきて気持ち悪かったし。

 あーやっぱり田舎者と思われて、足元見られたのかしら。そんなに私って変な格好してる?

 門前払いを受け続け、心中穏やかにはいられず見知らぬ土地で今日の宿すら見つからない状態に、早急に計画を練り直さねばと立ち止まって考えていると、私の肩を叩いてくる男がいた。

「ねぇ君。今暇かな」

なんなんだ……何かの勧誘か?

 詐欺師の次は誰かと振り向くと、……まぁ美形なのかな。そういう審美眼しんびがんが疎い私には判断しかねるが、なにやら周囲から嫌なの視線を感じる……。

「もしかして宿探してた?僕良い店知ってるよ」

そう言うと有無を言わせず私の手を引っ張っていく。

「あ、あの。急に困るんですけど」男の強引さに、さすがに身の危険を感じた。まさか、到着早々貞操の危機を迎えるとは、波瀾万丈過ぎると我が身を呪うアリスだった。

「大丈夫。俺の知り合いがやってる店だから、安全だし、朝夜の飯付きだよ」

「よし。案内よろしく」朝夜の飯付きに私は折れた。


表通り《メインストリート》から一本横道に入り、目的の宿に到着したようだ。

「閑古鳥鳴いてるんじゃないか?トーマス」

「おおエルヴィン。早速女の子連れてきたんか。うちは連れ込み宿じゃねぇって言ってんだろ」

 この宿のオーナーだろうか。190センチはありそうな大男だった。そして聞いてなかったが、この男はエルヴィンっていうのか。すっかり聞きそびれてた。

ところで連れ込み宿ってなんだ?

「違うって。ほら、こんな小さい子さすがに守備尾範囲外だって」

 二人は私の頭越しになにやら失礼な会話をしているし。

「小さいって言うけど、これでも十四歳ですから!立派なレディだから」

「はは。あと二年経ったら呼んでやるよ」

 どうやらこの喋り方が素のようだ。それにしてもなんでここに案内してくれたのか。

「それはな、こいつは困ってる旅行客を見つけると、手当たり次第にここに案内するからさ。うちとしてはお客が来てくれるなら万々歳だからな」

「そうそう。表街道メインストリートは気取った宿ばっかで、中身が伴っていないからな。それに引き換え、この黄昏亭ヴァンジョーヌはこの裏街道バックストリートでも安さ・安全・満足をモットーにしてるからな。マジでお勧めだよ」

 そう白い歯を覗かせて褒め称えていた。(同じ笑顔でもさっきの詐欺師とはずいぶん違うなぁ)


 エルヴィンさんに、これ以上安いとこだと安全が保証できないと言われ、私は代金を支払って空いている部屋に案内された。

「この部屋だ。外に出掛けるのもいいが、食事は十八時までだからそれまでに食堂に来るんだぞ」

トーマスさんはそう言って仕事に戻ろうとすると、思い出したように言った。

「そうだった。猫街道沿キャットストリートだけは近寄るんじゃねぇぞ」

 はて。可愛らしい名前だけど何かあるのかな?

 ちょっと好奇心が沸いたが、壁に掛けられた時計は十七時半を指していたので、今日は宿で大人しくすることにした。


「トーマスさん!この料理美味しいですね!なんて言うんですか?」

「おおわかってくれるか。それはな。《ガレット》って言うんだ。今日ここに連れてきてくれた兄ちゃんいるだろ?あいつが教えてくれたんだよ」

 へぇーあの軽い人間性の男がこんな美味しい料理を知ってるなんて、腐っても学園都市の人間なんだな。人は見かけによらないものだ。

「それと、このスープも旨いだろ」

「はい。今までこんな美味しい食事を頂いたことありませんので、お腹も心もいっぱいです」

素直に思ったことを言ったら、トーマスさんは何故か涙ぐんじゃった。

「ぐすっ……。お前も大変な生活を送ってきたんだな……。どうやってお金を手に入れたかは聞きゃしないから、好きなだけ泊まっていけ」と涙声で言われた。

まさかの申し出だが、なんだろ。このモヤモヤは……私悪いことしてないからね?



「坊ちゃん。まことによろしいのですか?」

「ああ。問題ない。理事長には根回ししておけ」

「……畏まりました。そのように手配しておきます」

「なんだ。珍しく文句でもあるのか」

「いえいえ。第二王子であられるエルヴィン様に文句などございません。ただ、あの娘には酷な仕打ちかと愚考した次第です」

「……それも俺の野望の為だ。出来る手は全て打つ。それが例え反則手でもな」



 生まれて初めてのベッドに興奮した翌日、目的のランスター学園に向かった。

「ここが天下のランスター学園ね!」

到着した私は、入学手続きを済ますために窓口を探して広い校内をうろうろしていると、長い廊下の向こうから、いかにも仕事が出来るオーラを発している女性が歩いてきた。

全身隙がなく、アルバ村にはいるような人間ではないことは人目でわかった。こういう人は正直苦手。

(うわ……私のことまるで虫けらでも見るような目で見てるよ)

「あなた。この学園の生徒ではありませんね」

その声色も明らかに私を見下している。

「は、はい。入学の手続きをしようと思って窓口を探していたんですが、どこにも見当たらなくて」

「……名前は?」

「あ、はい。アリスです」私の名前を聞くと、「そのような話は聞いておりません。また現在入学希望は受け付けておりませんので、お帰りください」と、無感情に、事務作業でもこなすように冷たく言い放った。

「ちょっと!そんなはずないわ!うちの村長が手続きしてるはずだもの」

「どうせ片田舎の村長程度でしょう?何かの手違いで受け付けなかったんだと思いますよ。それに平民に支払える授業料ではないですからね」

 ……なんだ?この女は。いちいち私のことをバカにして。いや私のことはいい――村長のことやアルバ村のことをバカにするのが許せない。

「平民だからって、田舎だからって、何だって言うのよ。お金を払えば同じ生徒でしょうが!」

黙って聞いた女は、その鉄面皮を変えることもなく言い返す。

「違います。仮にあなたが授業料を納めようが、我が学園の生徒はあなたを認めないでしょう。何せ平民なんですから」

――え?平民だから?そんな理由で?

「まだわからないですか?ならわかりやすく言いましょう」

ちょっと待って

「今すぐここから立ち去りなさい」


 ――それからの記憶がない。気付いたら表街道メインストリートを歩いていた。

「……なんでこんな目に合わなきゃいけないのよ」

 理不尽には慣れてたつもりだけど、今日体験したのは、全く質の違う陰湿な理不尽だった。

 この世にはまだまだ知らないことがある。それが人の冷酷さであっても。

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