4.別れの旅立ち

 ――乗りなれない馬車に揺られながら、アリスは生まれ育った村を遠くに見つめる。

 ついこの前まで、あれほど抜け出したいと望んでいたはずなのに、いざ離れてみると形容しがたい複雑な心境に襲われた。

 隣が一人分空いているから、余計にそう感じさせるのか定かではないが――

 それでも託された想いはちゃんと背負わなくてはいけない。

「あなたの分も頑張ってくるからね」


 村長の自宅で、長年隠されてきた過去を知ることになった。

「お前達の両親はな、この村の出身ではないんだよ」

「え?お父さんもお母さんも、この村の出身じゃなかったの?」

「違うんだ。そもそも何処の生まれかは、最後まで言ってはくれなかったのだ。お前たちは別の土地で生まれ、幼いお前達を連れてこの村に辿り着いたとき、既に夫婦揃ってボロボロだったんだ……」

「それで、お父さんとお母さんは――」

「それから一ヶ月後に、お前達とその金貨をワシに託してこの村を去っていった。金貨はお前達が必要なときに渡してくれと言い残してな」

 ――お父さんもお母さんも、この村の出身じゃない?それにお金を村長に託してた?死んでいなかった?思ってもいなかった事実に頭が混乱する。


「あの金貨なんぞ、まともに働いてたら手に入る額ではない……当時は犯罪に巻き込まれたくないと思い断っておったが、夫婦共々必死に頼み込んできたからの……。無下には出来なかったんだよ」

「村長さん。両親はなんでこの村を去っていったのか、理由は言ってなかったんですか?」

「王都に行かなければならないと言っておったが、詳しいことは教えてくれなんだ。幼い子供を置いて出ていくなんぞ許されぬことだと、なんべんと言ったんじゃが、聞く耳を持たなかったがな」


 死んでたと思ってた両親が、私達を出ていったって?

 私が本を通じて感じてた両親とは、我が子を捨てていくような存在だったのか。衝撃の事実に、私の視界が揺れて、世界が揺れて、 息が出来なくなった――。

「……アリス。ねぇアリスったら」

「――あ、なにマルス」

「急に苦しそうにするから焦ったよ」

 あまりの事実に過呼吸になっていたみたい。私は醜態しゅうたいをさらしてるっていうのに、マルスはちゃんと受け止めている。姉として恥ずかしい。

「突然告げる形になって申し訳ない。だがこの機会を逃すと話せなくなってしまうと思ってな」

 やっと呼吸も落ち着いたので聞く。

「この機会って何よ村長」

「お前達は学園都市へ行け。その金貨があれば入学料も授業料もまかなえるだろう。ここから先は外の世界を見てこい。きっと両親もその為にその金貨を託したんだ」

 私達が……あの学園都市で学べる?あまりの驚きにさすがのマルスも隣で固まってる。ちょっと面白い。

 両親の事は知りたいけど、とりあえず置いておこう。それよりも最高の学校で学べるのが今は何より嬉しい。

 だけど、その後の村長の言葉に、私もマルスもまたもや固まってしまった。

「ただ……これほどの金貨をもってしても、通わせられるのはだけなんだ」

「……それって、つまりどちらか選べと?」

「悔しいが、この数年で入学料が高騰してしまったんだ。私の力不足で申し訳ない」

 村長はそう言うと、土下座までした。

 別に村長に怒ってるわけじゃない。むしろ私達がこれまで酷い態度をしていたのに、それでも約束を守り続けてくれたことを嬉しく思う。

 ただ――弟と一緒に通えなくなるのが辛くて、悲しい。何をするのも二人一緒が当たり前だったから、今さら離れるなんて、考えられない

「村長。少し考えさせてもらってもいい?」

 すぐに答えが出ず、私とマルスは自宅へ帰った。

 その日は特に喋ることもなく、寝るときに二人の間に少し溝が生れた。生まれて初めての溝が、とても遠く感じた夜だった。


 あの日から、しばらくは何事も無かったようにマルスは接してくるけど、どこかよそよそしいなと思ってしまう。私が考えすぎなのか?

 笑顔もどこか作ってるように見えてしまうし、そんな風に疑ってしまう自分が嫌だった。

 一人で水を汲みに行ってると、オールから声を掛けられた。

「なぁ。お前達ケンカしてんのか?」

「はあ?ケンカなんかするわけないじゃん」

「なんかギスギスしてるっつうか、腹割って話せてないんじゃないか?」

 あの夜の事件以来、こいつはすっかり丸くなったようだ。今では村長の手伝いをして、日々こき使われてるらしい。興味はないけど。

「思ったことはちゃんと伝えた方が良い。後悔するよりマシだろ?」

「それ私の台詞じゃん。パクらないでよ」

 気を遣ってるのかよくわからないけど、少しは楽になったかな。ちゃんとマルスと話さないといけないな――


 村に到着すると、村長が血相を変えてこちらに向かってくる。

「た、大変だ。マルスの置き手紙が」

 その言葉は、私を奈落の底に突き落とした。

 村長が休憩をとるために自宅に戻ると、一枚の便箋が置かれており、それを読んだあと村中を探し回ったが、何処にもオムの姿が見当たらないらしい。

 村長から手渡された便箋には、《村長さん。勝手に村を出ていく決断をして申し訳ございません。僕は行商人の方に着いていって、僕なりに世界を見てきます。孤児の僕と姉を救ってくれて、本当にありがとうございます。それでは》と簡潔に書かれていた。

 なんで勝手に出てっちゃったの……?私達二人だけの家族じゃなかったの?こんな簡単な手紙を残して勝手に出てっちゃうなんて……。

 涙も鼻水も止まらず、色んな人に心配される始末。それから幽鬼のように家に戻ると、自宅にも便箋が一枚置いてあるのに気付いた。

(もしかしてマルスからの手紙の続き?)そう思って、便箋を手に取り確認した。

《この手紙を読んでるってことは、もう村長から話は聞いているかな。改めて言うけど、黙っていなくなったりしてごめんね。

 実はこの村によく訪れる行商人に弟子入りをお願いしたんだ。最初は断られたんだけど、必死に頼み込んだらなんとかなったんだ。凄いでしょ!

 アリスはさ、どちらが学園都市へ行くかで凄く悩んでいたのはわかっていたよ。そして、最後に僕に権利を譲ろうとしたことも。

 隠そうとしたって二人しかいない家族なんだからバレバレだよ。でもね、僕はアリスこそが学校に通うべきだと思ってるんだ。

 お姉ちゃんの新しい知識に貪欲で、知らない世界を知ろうとする探求心には、僕なんてとても敵わないから。

 なにより村長さんの話を聞いていたときに、目も顔もすごく輝いてたしね。だから僕の代わりにたくさん勉強してきてよ。僕は僕なりに勉強してくるからさ。

 そうだね。まずは学校で一番でも目指してみたら?僕の憧れのお姉ちゃんなら、きっと簡単になれるよ。

 名残惜しいけど、そろそろ出ないと間に合わなくなるからこのへんにしとくね。

 ではまた再会の時まで》

 ――ほんと私より出来た弟だよ。私にはもったいないくらいだよ。本当に……。

 その日は、人生で一番泣き明かした一日になった。


 それから諸々もろもろの準備も整い、遂に旅立ちの日となった。

「体には気をつけるんだぞ」

 村長を始め、村の人達が見送りに駆けつけてくれた。後ろの方にガラハドとその取り巻きの姿も見える。手を振ると、恥ずかしいのか軽く手を振って応えてくれた。

 馬車が出発し、一人思い返す。

(いつか村を出て行くことを夢見てた頃は、こんな想いになるなんて想像もしてなかったなぁ)

 マルスが隣にいるのが当たり前だと思ってたし、離れ離れになるなんて考えもしなかった。私の知らない間に、弟は一足先に大人になってたんだ――なら姉の私も負けてられないな。

 お父さんもお母さんもどこかで生きている可能性もあるし、そっちも探し出す目標が出来た。

「待ってろよ学園都市!」私の気合いの雄叫おたけびに、御者は迷惑そうに振り向く。

 私と希望を共に乗せた馬車は、目の前に広がる荒野をまっすぐ駆け抜けていった。



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