3.騒動勃発

 村人同士のトラブルから一週間経った夜に事件が起きた。

 真夏の夜の蒸し暑さに目が覚めてしまった私は、外から声が聴こえるのに気付いた。こんな深夜に夜遊びかと外を覗いてみると、松明たいまつを持った数人の男が歩いているのがぼんやりと見えた。

 背格好からして……普段ほっつき歩いてるバカ三人衆じゃなかろうか。それにあの方向は村長の家?

 嫌な予感がして、急いで寝ているマルスを起こす。

「ねえマルス起きて。起きてってば。」

「ん~~なぁに?まだ夜じゃないか」

 こんな夜中に起こして申し訳ないけど、寝ぼけ眼の弟に伝えると、重そうにしていたまぶたが一気に開いた。

「こんな時間に村長の家に向かうなんて、非常識にも程があるでしょ」

「さすがバカ三人衆といったところね。急いで後をつけるわよ」

 私達は急いで支度をして、暗闇に浮かぶ灯りを目指し走っていった。


 アリス達が家を出る少し前、三人の男達が村長の自宅に向かっていた。

 村でも腫れ物扱いされていたバカ三人衆は、普段畑仕事などそっちのけで、村の女性達にちょっかいを出す厄介者として有名だった。

 その三人が自分達が知らない間に、村長が溜め込んでいた金を、よりにもよって年下のガキに与えるという話を聞き、時間などお構い無しに村長の自宅に向かっていたのだった。


「なんであの頭でっかちのクソガキどもに金を恵んでやるんだよ。意味わからねぇ」

「あー全くだ。年だしボケちまったんじゃねえか?」

「違いねえや。なんなら代わりに金と一緒に村長の座も貰ってやろうか」

 バカな会話で盛り上がってるのはグリフとケイ。こいつらとはガキの頃からつるんでるが、ここ最近は楽しいと感じることが少なくなった。

 俺らもいい加減大人だし、今のままでいられないのはわかってるが、腐れ縁ってやつなのかこの関係がずるずる続いてるわけだ。

「ガラハドもそう思うだろ」

「ん?ああそうだな」

 本当はこんなことする気もなかったが、仕方なく付き合うことにしたんだっけか。(俺も人のこと言えねえな)

 村長宅に着き、グリフが遠慮なく扉を叩くと、ジジイが迷惑そうなつらして出てきた。こんな夜中だから我ながら迷惑この上ないな。

「なぁ村長さんよ。悪いことは言わねぇ。ここに蓄えられてる金は俺らに分ちゃくれないか」

「何も寄越せとは言わねぇよ。俺達三人に平等に分配してくれって話さ」

(強盗まがいに、はいそうですかって差し出す訳無いだろ。自警団につき出されるリスク考えてるのか)


 この村には治安を取り締まる衛兵の詰め所が無いかわりに、村人が有志で取り締まりを行う自警団が存在する。

 逮捕する権限はないが、仮に自警団に身柄を拘束されたら、すぐさま近隣の街の裁判にかけられることになっている。

辺鄙へんぴな田舎の治安を守る為だ。

 そうなると懲役刑か罰金刑になるのだが、たいていのやつは罰金を支払う能力もなく、牢屋の中で文字通り臭い飯を食う破目になる。

 きっとこのバカ達は、先のことなど一切考えてないんだろう。俺達がバカにしてたガキどもの方がよっぽどしっかりしてる。ムカつくがな。


「こんな時間に人を叩き起こしといて、何を寝惚けたことを言っておるのだ。そんな話に付き合ってやるつもりはないわ。今なら自警団に知らせずにおいてやるからさっさと自宅に帰るんだ」

「おい。あんまりふざけたこと言ってんじゃねぇぞ」

「おい。さすがに手出すのは不味いって」

 グリフが村長の胸倉を掴み、凄み始めた。やつは短気ですぐにキレるのがいけない。このままだと洒落じゃすまなくなる。

「ふん。殴れるなら殴ってみい。じゃがお前達にはそれ相応の処分が待っているからな」

 そしてジジイもジジイで余計な一言を言うなよ。収拾がつかなくなるぞ。

「んなのは上等だよ!」

 ほら見ろ言わんこっちゃない。これであんたも俺達も無事じゃいられないな。

 これからすぐ先の未来に起きることと、その後の自分達の未来がそう明るくないと俺は悟った――もうどうでもいい。

そうなげやりになったとき、何者かがキムを突き飛ばした。


「っ!何すんだっ」

「それはこっちの台詞よ。年寄り相手に何してくれてんのよ」

 まったくもうと言いながら汚れた膝を叩くと、アリスはオール達をまっすぐ見据えて言った。

「お前には関係ねぇよ!」

「そうだ。ガキはすっこんでろ」

「バカ三人衆よりは大人だと思うけどね。それに私達だって関係してる話なんだ。ガキ扱いしてると痛い目見るよ。ねぇマルス」

「はぁ……はぁ……アリスは相変わらず足が早いね」

 マルスまでやって来たじゃねぇか。知らない間に後つけられてたのかよ、ダサすぎるな。だがガキが二人来ても力じゃ勝てねぇだろ。

 どうせ何か考えでもあるのかと思ったら、「どうせ何も出来やしないと思ってるんでしょうけど、残念ね。マルスに自警団を呼んでもらったの。これで何があったか説明すれば、あんた達は実刑になるわね」なんてほざきやがった。

 やはり先回りして手を打ってたようだ。相変わらず可愛くないガキだな。

「く、クソガキがっ」

「グリフやめろって!」

 さすがに事の重大さに気付いたのか、慌てふためいているがそれも遅い。

「あんた達ね。よってたかって老人をいたぶるのが趣味なわけ?殴ろうとするわ金を巻き上げようとするわ。どうしてそういう生き方しか出来ないの?なんで何も考えないの?あんた達の人生ってただ生きる為だけの人生なの?私はそんな人生認めないんだから」

「……なんだと」

「……ぶっ殺す」

 はぁ……アホが、少しは言葉選べよ……二人ともキレたぞ。


「ふざけんなクソガキがっ」

「やめろお前達」

「なんだよガラハド!お前こんなガキに好き放題言われて悔しくねぇのかよ」

 悔しいと思えるような生き方してこなかっただろ――とはさすがに言えなかった。反射的にキレた二人を擁護するわけでもないが、ガキの言葉は『正論』過ぎた。正論過ぎるゆえに、その刃は容赦なく心を抉る。俺の心も。

 だが間違ったことは言っちゃいない。不満だけ垂れて、大人になろうともしなかったガキの俺達より、はるかにマシだ。そもそも生きる意味なんて考えてこなかった。


「なぁアリス」

「何よ」

「お前に『夢』ってやつはあるのか?」

「私の夢?そんなの決まってるわよ。この世の知らないことを全部知ることよ。知らないことを知って、この世界の事も知って、そしたら誰もが夢見る理想の国でも作って、あとはーそうね。マルスと一緒に暮らすわ」

 はは。笑っちまうような夢物語だな。そんなの叶いっこないのに。

 ちくしょう。でも羨ましいな。俺は夢なんて持ったことあったか?

「今からでも……夢探すの遅くねぇかな」

「そんなの知らないわよ。でも、死ぬときに後悔するよりはマシじゃない?」

 あっけらかんとアリスは言うが、俺はそんな言葉にハっとさせられた。

(どうせ生きるなら後悔するな……か)

 じいさん。俺もガキどもに金をやるのに賛成だ。こいつらには外の世界を見て来て欲しい。

「お、おいガラハド」

「お前らもいい加減にしろ。これ以上見苦しい真似したら俺が許さねぇからな」

「なんじゃ急に塩らしくなりおって」

「ふん。ただ俺らみたいになってほしくないんだよ。宝の持ち腐れだろ」

 いくつもの松明たいまつの灯りが近付いてくる。

 ――しばらくは責任を取らないといけないな。


「話がある。こっちに来い」

 さて帰ろうかと思って歩き始めると、なんと村長の自宅に招かれた。いつも雷が落とされる時くらいしか呼ばれないので、また何かしたかしらとマルスとおっかなびっくりお邪魔した。

 相変わらず質素な生活ぶりをしているのが、室内の物の少なさで窺い知ることができる。

 村長は神妙な面持ちで語り始めた。

「ワシがお前達に隠していた財産をやるつもりでおったことは知ってるおるな?」

 それは予想していたが、正直使い道に困る。村人の反感も買うだろうしね。

「それがこれじゃ」

 戸棚の奥から、両手で抱えるほどの大きさ袋を取り出し私達の前に置いた。

(うわー凄い量だな)目の前の硬貨の量に素直に驚いた。これが長年稼い銅貨だとしたら、この村の数家族が、相当余裕を持って暮らせるくらいの額になるはずだから。

 しかしさらに驚かされることになるとは――

 は?一緒頭が真っ白になった。白というか金色かな。だって袋の中には銅貨でなく、銀貨でもなく、なんとがぎっしり入っていたのだから。

 金貨?なにそれ?美味しいの?と二人で混乱していると、村長が「さといお前達なら察しがつくだろうが、これはワシが貯めたものではない」それから一呼吸置いて、改めて語り始めた。

「それは、お前達の両親から預かっていた金貨だ」

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